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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第27話 アールスの戦い その3


「他愛ない」


 混乱を極めるアールスの街、とある家の屋根の上で独り言ちる。

 全身を灰色のマントで覆い、顔を白面で隠した人影。

 凹凸のない仮面から漏れる、いまだ年若い女の声。


 大陸南東部有数の都市アールス。

 つい先ほどまでは、住まう人々の自らの営みによって繁栄を謳歌していたこの街が、

 ほんのわずかな時間のうちに、怒号と喧騒、血と涙、略奪と凌辱にまみれた地獄へと変貌した。

 

「……いい街だったけれど」


 そう呟く内心はいかばかりか。

 仮面の下の表情を窺い知ることはできない。


 ときおり大気を震わせる衝撃。

『金竜亭』と呼ばれる宿の周辺から鳴り響く、凄まじい轟音と爆炎。

 

――アレが、この街を守るためのものであれば、途轍もない脅威となっていただろうに。


「想定外の僥倖、とでも言うところか」


 声に若干の呆れが含まれる。

 先ほどから断続的に発生する破壊は、

 しかしこの騒動の張本人である自分とは全くの無関係。

 

「まあ、触らぬ神に何とやら。精々好きなだけ暴れまわるがいい……うん?」


 ふと見上げた南の空に、黒い染み。

 左右に大きな翼を広げた、新たな魔物の影。


「ふふ。とことん運がないな、この街は」


 遠目にはいかなる魔物か視認することは叶わないが、

 あまりの事態に思わず笑みが零れる。

 襲撃に次ぐ襲撃に、さらなる魔物の出現。


「アールスは、今日終わる」



 ☆



「ぐはっ」


 背後から強烈な石斧の一撃を受け膝をつく。


「おとうさん!」


「あなた!」


 隠し部屋に息を潜めていた妻と娘が悲鳴を上げる。


「バカ、隠れていろ!」


 周りを囲むゴブリンから目を切って二人に向かって叫ぶが、時すでに遅し。

『緑の小鹿亭』に入り込んだゴブリンは二十を超えて以降、数えるのを止めた。

 当初は即席の武装でゴブリンどもの侵略を阻止していたものの、

 あとからあとから乗り込んでくる小鬼の群れにじりじりと取り囲まれ、ついに背後を取られ一撃を貰う。

 十年のブランクにより弱体化した身体は言うことを聞かず、

 頭を辛うじて持ち上げると、最愛の妻と娘がゴブリンに引きずり出される現場を目撃。


「うぅおおおぉおおおおおおおお!!」


 頭の中の何かが切れた。

 もう何も考えられず、ただひたすらに両手を――武器を失った両手を――振り回す。

 しかし、その手は空を切り、代わりに右の腿に激痛。

 見下ろせば、錆びた剣が自分の足から生えているではないか。


「あ……」


 キシキシと笑う声が周囲からひしめく。


「おとうさん、おとうさーん!」


「あなた……ダメ、パメラだけは……おねがい、助けて!」


 床に引き倒される二人。

 目の前で服を引き裂かれ、叫び声を上げる娘と、娘の命乞いをする妻。

 

――地獄だ。この世の地獄だ。


 ゴブリンによって破られた扉から差し込む光が消え、部屋が闇に包まれる。

 同時に視界が曇り、心が折れる。


「ガハッ……やめろ、やめてくれ……」


 膝をついての必死の懇願に対する返答は、耳障りな哄笑。

 当たり前だ。

 ゴブリンに負けた人間の末路なんて、飽きるほど見てきたではないか。

 それでも、尊厳をかなぐり捨ててでも、護らなければならないものがあるのだ。


「助けてくれ、どうか二人だけは……殺すなら、俺を殺せ」


 その願いには馬鹿馬鹿しくなるほど意味がない。

 人間の言葉はゴブリンに通じないし、どの道ゴブリンは自分を殺す。

 そのあとで二人をいいように嬲り者にする。

 ただ、それだけの話。

 こんなことは、どこにでもある悲劇――のはずだった。


――誰でもいい、誰か――


 信心深くもない身の上で、神に奇跡を()い願う。

 誰の耳にも届かない祈りは、しかし――



 刹那、闇が(はし)った。



 妻と娘にのし掛かっていたゴブリンが纏めて吹き飛ばされる。

 何がなんだか訳がわからなかった。

 奇跡が起きたということ以外は。


 いつの間にか、宿の中に光が差している。

 

――なんだこの気配は。


 全身に鳥肌が立つ。

 光の反対側。

 ゴブリンを吹き飛ばした影が宿の奥にわだかまっている。

 唸り声と、かすかな燐光を身にまとったその姿は、

 

「お犬さん?」


 呆けたようなパメラの声。

 そう、犬だ。

 否、ただの犬ではない。あるはずがない。


 成人男性に匹敵する黒い巨体。

 垂れた耳に大きく裂けた口。

 乱食いの牙が生えた口の端から漏れるは、ゴブリンの体液と、炎。

 血のように紅い瞳。


――あれは、あいつは……


「ヘルハウンド……」


 魔物だ。

 地獄の猟犬と呼ばれ恐れられる、危険極まりない肉食獣。

 獰猛にして狡猾。巨大な体躯と俊敏な動作、そして吐き出す炎は熟練の腕利きさえ恐れを抱く脅威。

 宿に溢れるゴブリンをまとめても、その恐ろしさでは比較にもならない。


「何をやってやがる」


 光の中から声が(とお)る。

 聞き覚えのある声だった。

 凛としたと形容するには幼い、まだ子供といっても差支えのない声。

 日頃は春を思わせるその声には、温度がなかった。

 まるで冬の吹雪のように。


「……何をやってやがる」


 声は開け放たれた扉から。

 光を背負う人影は小柄な少女のソレ。

 その小さな姿から発する声の圧に、

 暴虐を為していたゴブリンが硬直する。


「…………何をやってやがるつってんだろうがッ!!」


 声が怒りに震え、激情が噴火する。

 奥の闇が咆え、そして奔る。

 そして、光を従えた影の横に立つもう一つの影。


 ゴブリンよりもさらに低い背丈。

 ずんぐりむっくりした体を覆うふさふさの毛。

 普段はにこにこ笑っている目は大きく見開かれ、そして吊り上がって黄金色に輝いて。

 首に巻かれた真っ赤なマフラーが、僅かに吹く風にたなびいて燃えさかる炎を思わせる。


「ご主人……吾輩、この怒りをどう抑えていいかわからんニャ!」


「……行けッ!」


 一匹も生かして返すな。

 荒れ狂う心のままに放たれた声に応じ、大きな黒と小さな黒が薄暗い部屋の中を乱舞する。

 あれほど部屋を埋め尽くしていた絶望のカタチが、瞬く間に蹴散らされてゆく。


「キィィイイ!」


 二つの黒の嵐を縫って這い出たゴブリンが、入り口の小さな影に向かって跳躍。

 しかし――


「『雷撃』」


 少女の手から放たれた紫電に貫かれ落下。

 自由にならない緑灰色の身体を、なおもピクピクと動かしていたが、


「さっさと死ね」


 その喉が鉄のかかとに踏み砕かれ、

 奇怪な声と汚液を吐き出して息絶える。


「おねぇちゃん?」


「ポラリス……なのか?」


 記憶の中にある声の持ち主。

 桃色髪の魔術士。

 たった一人でダンジョンに挑む変人。

 しかし、今、その手には――


「それは……『万象の書』?」


「ばんしょうのしょ?」


 金と銀の縁取りと複雑な意匠が編まれた一冊の書物。

 薄暗い宿の中で、ぼんやりと光り輝く本。

 ゴブリンを掃討し終えたヘルハウンドが、姫にかしずく騎士のように付き従うその姿は……


 噂を思い出した。

 若くして家を出た、帝国貴族のお嬢様。

 まだ十代半ばの桃色髪の少女。

 彼女は確か――


「召喚術士……」


「……まあ、そういうこと」


 黙っててごめん。

 ポラリスと名乗る少女、ステラ=アルハザートは悲しそうに微笑んだ。



 ☆



 部屋の中を見回してみると、クロとヘルハウンドが潰したほかにも、

 かなりの数のゴブリンの死体が転がっている。

 実戦を離れて十年以上たつはずの親父さんがこれをやったというのは驚異の一言。


――怒らせるのは止めよう。


 足に刺さっていた剣を抜いて治癒の魔術をかけながら心に誓った。

 包丁と鍋でゴブリンと戦うとか、ちょっと半端ない豪傑っぷり。

 服を引き裂かれた二人に替えの衣装を着せてやり、おやっさんの足と背中の傷を癒す。


「治癒魔術まで使えるのですか……」


 命の恩人でもあるおやっさんの言葉が心を穿つ。

 聖教を国教とする聖王国の人間にとって、召喚術士は聖人に匹敵する存在。


――オレはそんな立派な人間じゃない。 


 オレは、ここが、『緑の小鹿亭』が大好きだ。

 自分の家のように思っているし、おやっさんたちは家族同然。

 だから、そういう態度を取られることが……悲しかった。


「敬語は止めてくれ、鳥肌が立つ」


「いや、しかし……わかった。お前が言うのなら、そうしよう」


 入り口にはここまでオレ達を運んできたグリフォン。

 ヘルハウンドは……戻しても意味がないので待機のまま。

 巨体を小さく折り曲げて……ってオイ、パメラ!


「待て、パメラ、あぶな――」


「ありがとう、お犬さん」


 その場の誰かが制止するよりも早く、身をかがめた魔犬に近づいて頭を下げるパメラ。

 元同業者のおやっさんから見たら、娘がヘルハウンドに食われる姿しか想像がつかないだろう。

 てゆーか、ヘルハウンドを召喚したオレもビビってるよ!


「?」


 当のヘルハウンドはといえば困った風にこちらを見つめ、ぺたりと床に頭をつける。

 ……何だコイツ。

 巨体を撫でるパメラになすが儘にされながら、やたら嬉しそうにこちらを横目で見て、嗤う。

 何故、契約主であるオレよりもパメラに従順なのか、それがわからない。

 なんかムカツク。


「んん、まあいいか。ところで状況はどうなってる?」


「すまん、全くわからん。情けない話だが、連中に踏み込まれるまでずっと立て籠もっていた」


 ただ、街の中に突然ゴブリンが現れた、と。


「ポラリス、これは……」


 言いにくそうなおやっさん。

 その心情は察するに余りある。


「召喚術士だな。多分オレと同じ」


「そんな、バカな……」


 オレの答えに絶句する。


 気持ちは分かる。

 聖王国において、召喚術士は聖人と同格。

 それほどの人物が、ゴブリンを使役し街を襲う。

 この国では本来ありえない話なのだ。


 無論、帝国でもない。

 さすがにあっちは聖人扱いしないものの、召喚術士は貴重な戦力。

 こんな無駄遣いはしない。代替の利かない存在を仮想敵国とはいえ辺境で暴れさせる意味がない。


「アールスの周辺からゴブリンが消えて、突然街に現れた」


 この状況を一番簡単に説明できるのが、召喚術。


「それはそうだが、しかし……」


「ゴブリンが穴を掘って壁を潜ったか、空を飛んで街に降りたか。どちらでもなければ、犯人は召喚術士で決まりだ」


 親父さんの傷が塞がったのを確認して、立ち上がる。


「ポラリス、一体何を?」


「街中のゴブリンの数が減っていないのなら、今もなお召喚中ってこと」


 同業者として断言できる。

 ゴブリンは数を頼んで襲撃させるには都合のいい魔物だが、

 その一方で決して戦闘力は高くない。

 アールスの街にだって独自の戦力は存在する。

 街への襲撃が目的なら、その正否を見定めるまで犯人は召喚を止めるわけにはいかないはず。


「ヘルハウンドはここに置いていくから」


「ウォン!」

 

 オレの声に応えて頷く魔犬。

 いつもよりうれしそうなのがちょっと気になるけど、

 契約主であるオレに対する敵意の類は感じられない。


「ポラリスッ」


「おねぇちゃん!」


 パメラの瞳が揺れている。

 しっかりしているようでも、まだ八歳の子どもだ。

 魔物に襲われ殺されかけて、救われてまた放り出されそうになっている。

 ごくわずかな時間で生死の境界を何度もまたいだ結果、不安定になっているのだろう。


「パメラ、オレは行かなきゃならねぇ」


「おねぇちゃん……でも……」


「大丈夫。お前のおねぇちゃんを信じろ!」


「うん、うん……うわあぁあああぁん」


 堪えていた感情が限界に達し、涙の堰が決壊する。

 その小さな身体を抱きしめて、頭を撫でてやる。

 しばしの嗚咽の後、


「そう、だね……おねぇちゃんが行かないと、皆が襲われるんだね」


「……ああ。ほかの奴らもすぐ帰ってきてくれるけどな。


 おねぇちゃんもう少し頑張ってくるから。


「うん、おねぇちゃん……絶対、絶対帰ってきてね!」


「約束する。絶対帰ってくる。何せパメラにゃまだ教えることが山ほどあるからな!」


「うん、うぇうぇぇ~」

 

 内心でパメラに頭を下げる。

 おそらく――その機会はもう訪れない。


「ハハハ……それじゃ行ってくる」


「行ってらっしゃい、おねぇちゃん!」


 それでも応援してくれる妹分に不安を感じさせるような真似はしない。

 日頃は情けないところばかり見せているけれども、

 これでもオレはパメラの姉のつもりでいるのだから。

 姉ってのは、妹の前では見栄を張るものだから。

やっとルビの使い方を憶えました!

魔術の名称もそのうち何とか……

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