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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第23話 動員 その2

 翌朝、雨が上がったアールスの街の中心に異様な一団が群れを成していた。

 日頃往来を征く街の住民ではなく、普段は街の外延部の安宿で暮らす荒事稼業の面々。


 それぞれ仲間内でまとまりつつ、時に火花を散らし合い、時に情報交換を行いつつ、

 今日の主役である『金竜亭』の言葉を待つ。

 オレ達『緑の小鹿亭』の面々も例外ではない。


 ……それにしても、遠巻きにこちらを見つめる街の皆様の視線が痛い。

 まあ、完全武装の戦闘集団が街のど真ん中にたむろしてたら、いったい何事かと驚くだろうけど。


――そういえば、リデルがまた居ないな。


 最近顔を合わせることが少なくなったハーフエルフの先輩の面影に思いをはせていると、

『金竜亭』の豪華なドアが開き、中から『金竜亭』に宿泊する奴らと、

 彼らに続いて普段は受付カウンターにいる眼鏡の女性――アニタ――が姿を現す。


「皆さん、お待たせしました。本日はご協力いただきありがとうございます」


 よく通る声を張り上げて挨拶し、説明を始めるアニタを遠目に見つつ、

『あいつも大変だな』と他人事のように呟く。


 今回集まった面々の大半は、昨日のうちの連中同様『金竜亭』にあまりいい印象を抱いていない。

 多かれ少なかれ、自分たちが普段世話になっている宿の顔を立てるためにここにいるわけで。

 そんな消極的な連中相手にゴブリン退治なんて仕事を振らなきゃならない、

 お上と『金竜亭』側の都合があるとはいえ、矢面に立たされるのが受付嬢の一人というのは……


「どうなんかね、そういうのは」


 その小声は、幸か不幸か誰の耳にも入らなかった様子。



 ☆



「しっかしまあ、今さらゴブリン退治とはなぁ」


 隣を歩く剣士がぼやく。

 顔に見覚えがないから、どこか異なる界隈からの参加者だろう。

 同じ街を拠点とする同業者でも、顔を合わせたこともない連中は少なくない。


『金竜亭』前――アールス中央広場――で行われた説明は、おやっさんから聞いていた話を補完するものだった。

 報酬はゴブリンの討伐を確認するための身体の一部と交換の後払い。これはいつもどおり。

 期限は一定数のゴブリンの駆除が確認されるまで。これもまあ、いつもと変わらないわけだけど……


 街道周辺の安全確保が目的のため北と東は今回は無視。

 集まった連中は常宿ごとに西と南に振り分けられた。

 オレ達は南担当。


「シケてますしねぇ、実際」


 どこかでほかの誰かが吐き捨てる。

 街中を巻き込んだ特別依頼だというのに、

 相場は普段のゴブリン退治と変わらず、しかも数をこなさないと脚抜けもできない。

 いつもはもっと高額の案件を中心に回している面々からすると、時間の無駄と言っても過言ではない有様。

 誰だって不満を持つのは仕方がない。


「んでよ、ポラリス。この辺か?」


「ああ、さっきの木がなぎ倒されてたとこがドラゴンとの遭遇地点だから、この辺のはず」


 先日ゴブリンと遭遇した地点までの案内役として抜擢されたので、

 記憶と無残に破壊された街道筋の様子とを照らし合わせて場所を確認する。


「ドラゴンねぇ……」


『緑の小鹿亭』の常連に応えると、胡乱げな声を漏らす。


「俺ぁ……生まれてこの方、そんな大物には出会ったことねぇんだが、やっぱ凄かったのか?」


 問われて思い出す、あの日の光景。

 翠竜エオルディアと呼ばれていたその雄姿は、今でも目に焼き付いている。


「……凄いね。正直死ぬかと思った」


 ほーう、そんなに凄いか。

 オレの素直な感想に、棒読みの返事を返し、


「で、その凄いドラゴンの坊ちゃんはどうしてるんだっけか?」


『金竜亭』の腕利きたちに話が振られる。

 彼らは顔をこわばらせたり、俯いたり。

 中には歯ぎしりをしているものまでいる。


「……貴族だからな。ゴブリン退治なんて興味ないそうだ」


 ケッ!

『金竜亭』連中の言葉に、唾を吐き捨てる男たち。


「貴族だったら貴族らしく、最初から塀の中にいろっての」


 その言葉に周囲の人間が同調し、場の空気が重くなる。

 クライトス一行は『金竜亭』の客人として仕事を受けて街の人々の喝采を浴びる一方で、

 こうした面倒事は貴族の特権を振りかざして避けている。

 ほかの宿の人間からすれば、腹立たしいことこの上ないというわけだ。


「お坊ちゃんには、ドサ周りなんてさせられんとさ」


「あ~やだやだ」


『金竜亭』に同情するべき点がなくもないけれども、

 オレもまた心のどこかで反感を抱いていることは否定できない。

 だから何も言わない。言えない。


「……ポラリス、なんか空気悪いね」


 偶然同じ方角に振り分けられたライル一行の斥候シャリがこっそりと告げてくる。

 周囲の雰囲気を慮って、聞こえるか聞こえないかギリギリの声で。


「ま~な~」


 同じくヒソヒソ声で返事して、互いに肩をすくめる。

 オレ達外様よりも、『金竜亭』の連中の方が内に溜めているものは多かろう。

 アニタだけでなく、本当は『金竜亭』の奴らも被害者なんじゃないか。


 内心で彼らに憐憫の情を抱いていると、

 何を思ったか、となりでシャリが突然大きな声を張り上げる。


「でも、ウチ等からしてみれば、ゴブリン退治の経験を積むいい機会なんだよね」


「だな」


 呼応して前向きな考えを披露するライル達。

 以前ゴブリン討伐の依頼に苦戦した新人たちに、周りを固めていた連中が破顔する。


「そうだぞ、若いの。わかってるじゃねぇか」


「オレらの仕事っぷりをよく見ておけよ」


 息苦しかった行進に、サラリとした風が吹いたような笑い声。

 空気の読めるいい奴だなぁ。

 素直に感心する。


「は~い、よろしくお願いします。先輩方!」


 悪戯っぽく微笑み、わざとらしいくらい大げさに頭を下げるシャリ。

 そして年若い乙女に頭を下げられてヤニ下がる男たち。

 ちょっとアレな光景だけれども、男のやる気を出させるにはいい機転だ。


「お前にもあれくらいの可愛らしさがあればなぁ」


 そんな初々しさ満点の彼女と、おそらくブスっとしているであろうオレの顔を見比べて、

 大いに肩をすくめて聞こえよがしに語る『緑の小鹿亭』の面々ときたら……


「あ~あ~、聞こえな~い」


 なんでそんなに残念そうな顔をするかなあ、皆の衆。

 わざわざこっち見やがってさ。



 ☆



「とりあえず、何人かごとにまとまって森に入ってみるか」


 一行のまとめ役になっていた年長者の言葉に従い、

 それぞれにグループで集まりだす一行。

 大抵は同じ宿の人間でひとまとまりになっているが、

 中には出遅れて取り残されたものもいるようで。


――他人事ながら悲しくなるねぇ。


 元々頭数が少ない『緑の小鹿亭』の面々はそのままで固まれてよかったと胸をなでおろす。


「んじゃ、ポラリスは真ん中な」


「んだんだ」


 勝手に決められるのは癪に障るけども、

 少人数編成の場合、魔術士ってのは大抵真ん中で護られるものと相場が決まっている。

 斥候のグレッグが少し先を歩き、前後を男たちが固め、足元にはクロが帯同する。

 横を歩くのは神官のオッサンだ。


「こうしてみると、うちは結構うまくまとまってんなぁ」


 誰となく呟き、言葉少なに森の中を進む。

 前にクロと二人で足を踏み入れたときは歩きにくさ全開だったけれども、今回はそうでもない。

 斥候が進むべき道を定め、前衛が障害物を排除する。

 それぞれが己の役目を的確に果たしていれば、こうもスムーズに進むものなのか。


「で、ニャンコ。何か聞こえるか?」


 人間よりもはるかに聴覚に優れたケットシーに尋ねる声があがるも、


「にゃ~んにも」


 残念ながら満足できそうな反応はない。

 鳥や小動物の声はともかく、魔物や大型獣の気配はなしとのこと。


「あえて言うなら普通過ぎるかにゃ~」


 戻ってきた斥候のグレッグも似たようなことを言う。


「普通過ぎる、か……」


 前回ドラゴンが突っ込んできたときは、森の中は重苦しいほどの静寂に包まれていた。

 あれほどの異常なプレッシャーを与える存在がいないということは安心要因だけど、

 ゴブリンという奴は基本的に頭が悪いので、自分たちの声にせよ痕跡にせよ隠すことはできないもの。

 そっちの方も見つからないというのは、普段はありがたいけれど今は厄介だ。


「ま、これからっしょ」


 グレッグはそう言って、また静かに歩みを進め、一行はその後ろについていく。


「ほかのところはどうなんかねぇ」


「争ってる音はしねぇぞ」


「ってことは見つけてない?」


「……だろうなぁ」


 いつもなら獲物の取り合いに精を出す状況だが、

 めんどくさい仕事を早く終わらせたい今回の案件では、

 むしろ誰でもいいからさっさと片付けてくれと言いたいところなのだが。


 長期戦になるかもしれん。

 宿で一番のベテランの戦士が、背後で重々しく呟いた。

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