第24話 動員 その3
「…………ぇか」
オレ達の見込みが甘かったということなのだろうか、この惨状は。
空に輝く太陽とは正反対に、地を這う面々の顔は陰鬱に曇っている。
「いねえじゃねぇか……」
力無く草むらに座り込んだ髭男の声に応える者はいない。
「なあ、ゴブリンってのは、もっとこうウジャウジャそこら中にいるもんじゃねぇのか?」
あん?
恨みがましい表情で同意を求められても、何とも答えようがない。
――オレのせいじゃねぇだろうが!
遠方にアールスの街の壁を臨む南の街道筋。
ちょうど前に馬車がゴブリンに襲われた、あの場所の間近で、
腕自慢達が疲れたように座り込み、ブチブチと愚痴を垂れ流すこの光景。
非生産的で、不愉快で、返事をする気力もわかない。
初めて『金竜亭』に街中の荒くれ者が集結してから、すでに一週間が経過していた。
進捗は、ない。
ゴブリンが、いない。
どこにもいない。
一匹もいない。
一日目は、まあそういう日もあるかと街に帰還し、アニタに冷ややかな視線で迎えられた。
だったらさっさと片付けて、上の方々に目にもの見せてやろうと奮起した男たちが、
本腰を入れてそこら中を根こそぎ探し回ること一週間。
徒労と疲労から日に日にやつれていくオレ達と、街の中で成果を求める『金竜亭』の受付連中、
そして毎日のように不穏げにこちらを見つめる住人たちの関係が、目に見えて悪化してきている。
元々住民との関係は良好とまでは言えないけれど、ここ数日は最悪に近い。
こちらにだって言い分がある。
いつもなら騎士団が受け持っている任務なんだからそっちでやれ、とか。
本来『金竜亭』が行政府から受けた依頼なのだから、自分たちだけで片付けろ、とか。
オレ達が働けない分、仕事が溜まって宿の大将も困っている、だとか。
そもそもゴブリンが姿を現さないのが悪いのだ、とか。
文句は口に出すことができないけれど、態度には表れてしまうものだから、
ますます挙動不審が重なり、悪循環が加速してしまう。
わかっているのに止められない、どうにもならないこの状況。
「おう、若いの。本当にこの辺りなんだろうな?」
「嘘じゃないって。御者に確認してもらってもいい」
この問答も、もう何度繰り返されたことか。
初日は微笑ましいところもあったライルとベテランの言い争いも、
日を過ぎるにつれ徐々に厳しいモノへと変化して。
まるでオレ達が最初から嘘をついているとでもいうかのごとき扱いをする奴も。
森の中を歩き回ろうが南下してボーゲンの手前まで向かおうが、ゴブリンはいない。
西街道を探索している方も同じで、やはりゴブリンは姿を見せないとのこと。
危険を冒して夜間に森に入った連中もいるが、一匹たりとも見つからない。
足跡さえ見つけることができないこの有様では、討伐なんて夢のまた夢。
「くそっ、どうなってやがる」
怒りに任せて拳を木の幹にたたきつける音に、眉をしかめるエルフの弓手。
森を愛する妖精族にとって、木々への暴力は許しがたい。
たちまちのうちに喧嘩が始まるも、止める者は誰もいない。
誰もがフラストレーションを溜め込んでいるし、他人に関わる余裕もなくなっている。
「ねね、ゴブリンってこんなに出てこないもんだったっけ?」
疲れて座り込んでいるところにシャリが尋ねてくる。
快活な彼女の表情にも、疲れが見え始めている。
「まあ、時と場合によるとは思うけど」
ゴブリンなんて、いつでもどこにでもいるもんだと思ってたわ。
流れ落ちる汗をぬぐいつつ応える。
別にオレに限った話じゃないだろうけど、正直舐めてたという他ない。
一匹見れば数十匹。
討伐依頼は初心者卒業のの登竜門。
新しく村を開拓する際には、まず第一にゴブリン避けの策で村を囲むのが常套策とされるくらいには、
人間の活動領域にあっては出現頻度が高い魔物のはずなのだが。
「最後にゴブリンを見たのはいつだったかニャ~」
オレにもたれかかるクロが頭を左右の指でかき回し始める。
元気が取り柄のこの黒猫すら疲労感を隠せないようで、いつもは艶やかな黒毛もボサボサ気味。
心が荒れると身なりも荒れるもの。
――最後に見たのは……か……
「……やっぱ馬車の時じゃね?」
その前には、薬草採取の時にリデルが遭遇したとか言ってたけど。
リデルが見た方にいるのなら、もう一方の組が発見してるだろう。
こちらが知る限りの最新の目撃情報は、先日のこの辺りでの一件になる。
「オレ達の後に見た奴はいねーのかよ?」
ためしに話を振ってみても、答える者は誰もいない。
なまじベテランに足を突っ込んでしまうと、ゴブリンなんて雑魚にわざわざ関わろうなんて気にもならないという習慣が、
もろにマイナスに出てしまった状態。
新人だって一刻も早く儲からない仕事とはおさらばしたいわけで、ゴブリンに興味を持つ奴は殆どいない。
――誰にも興味を持たれなかった奴らが、ある日唐突に消えてしまった、か……
何やらうすら寒いものを感じる。
大切なことを忘れているような、もやもやとした違和感。
あるいは、喉のあたりまで答えが出かかっているのに口にすることができない、この感覚。
――気持ち悪いな。
「よし、そろそろ体力も戻ったろう。もう一度森に入るぞ」
まとめ役が出発の音頭を取ろうとするけれども、誰しもなかなか身体が動かない。
成果の上がらない探索ほど、気の乗らない仕事もないのだから。
「うん、あれは……」
ダラダラとくだを巻いていた一人が、不意に何かに気付いたかのような声を上げる。
その男は、北を向いていた。
「何だ、何か見つかったか?」
いつもと違う声色に微かな期待感を胸に抱いた男たちが、方々から声をかけている。
しかし――
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど」
なんだよ……と浮かしかけた腰が沈み込む。
「じゃぁ、何なんだ一体?」
苛立たしげに問われて、男は北を指さしながら、
「ほら、あっちから黒い煙が上がってて……」
そう言って指さす先には――アールスの街!
「ん、煙?」
「なんか燃えてんのか?」
「え、なんで? 街から煙?」
「お前ら、この中で何か話を聞いてる奴はいるか?」
首を振る一同。
それじゃ、これは一体?
遠くの光景に呆然とする一行。
アールスは交易都市だけにあまり製造業が発達しておらず、日常的に煙を上げるような施設は存在しない。
街から上がる煙なんてのは精々炊煙がいいところで、
それはたった今街から立ち上っているような、もうもうとしたドス黒い色はしていない。
そう、あれではまるで大きな火事でも起こったような。
「街が襲われている?」
自分の口から漏れた言葉に現実味が無い。
アールスは聖王国の辺境の街。
古戦場あとに近いとはいえ、少なくともここ数年は戦とは縁がないし、
周辺の魔物が石壁を破って突入したという記録もない。
だけど、現実に街からは煙が――みるみる間に数が増えていく――上がっていて。
いつもはそこら中に蔓延っているはずのゴブリンの姿が見えなくて。
いつもなら安全に守られているはずの街が突然襲撃されていて。
頭の中に存在するいくつかの歯車が、唐突にカチリと音を立ててはまり込んだような感覚。
――嫌な予感がする。
首筋が、刃を差し込まれたようにヒヤリとする。
髪の生え際がチリチリと音を立てるような不快感。
――急いで戻らないと、手遅れになるッ!
ひと際大きな爆音――ここまで聞こえるほどの凄まじさ――を耳にしたその瞬間、
左手に光が集まり一冊の本が姿を現し、そして――
「記されし万象の欠片よ、我ステラ=アルハザートの声を聴け!」
オレは自らに課した禁忌を破っていた。
引き抜かれた一枚の『証』から光が漏れ、虚空に真円と三角形を組み合わせた図形を描く。
「出でよ――」
次回より「アールスの戦い」始まります。




