若き公爵
よろしくお願いします
「引きこもり姫と呼ばれていた王女がこれほどまでの弁舌を振るうとは」
影に溶け込むように立っていた一人の青年が低く心地よい声を漏らした。
漆黒の軍服に身を包み 冷徹な氷の瞳を持つ男。カイル・ヴァン ・デートリッヒ公爵だ。
彼は私が前世で最も信頼しともに戦場を駆け抜けた「鉄血公」の直系子孫にあたる。
「カイル公爵ちょうどいいところに。 この無礼な娘を連れ出せ!」
狼狽した父( 現国王)が叫ぶ。 カイルはゆっくり歩みより 私の前で足を止めた。
「エセル王女 あなたは建国の法典を暗記しているのですか?」
見上げるほど高い背、鋭い眼差し、 かつての戦友によく似ている。
普通なら 彼の圧に腰を抜かすだろう。けれど 私は不敵に微笑み返し彼の胸板を扇で軽く叩いた。
「暗記?冗談はやめてちょうだい。 あれは…いえ私にとっては子守歌のようなものよ。 あなたのお祖父様ならもっと骨のある質問をしてきたはず」
その瞬間 カイルの瞳が大きく揺れた。 祖父を知るものは多いが その口調、 不遜なまでの自信そして…彼を見抜くような視線。
「貴女は一体……」
彼の手が無意識に私の腕を掴んだ。
手袋越しでも伝わる 熱い 体温。 かつての戦友を思い出し 懐かしさとエセル としての若い体が感じるときめきが混ざり合い 、私の胸が少しだけざわめきだす。
「離してくださる ?殿方と手をつなぐのはダンスの時だけと決めておりますの」
「…ならば 次の曲を 。貴女をこのまま離すわけにはいかなくなった」
強引に引き寄せられた先は ダンスホールの中心。 音楽が 鳴り響く中彼は私の耳元で誰にも聞こえないほど低い声で囁いた。
「エセル王女の中にいるのは誰だ」
かつての王女を導いた鉄血の一族が今度は孫娘としての私を逃さないと決めたらしい。
音楽のテンポが速くなり華やかなワルツがホールを支配する。
カイル公爵の大きな手が私の腰に添えられくいと引き寄せられた。 近すぎる。 彼の軍服のボタンが 私のドレスに触れるほどに。
「エセル王女……いや貴女をそう呼ぶのはひどく 違和感がある。そのステップその視線の配り方まるで かつての…」
「あら公爵、淑女の耳元で別の女性のことを考えるのはあまり感心しませんわ」
私はわざと首を傾け彼の 鎖骨のあたりに吐息がかかる距離で囁いた。
エセルとしての若い体は彼の清涼感のある香りに心拍数を跳ね上げた。
「ごまかさないでいただきたい。 あの方(建国の母)は踊る時に決まって祖父の足を踏んでいたと聞く。今あなたが私の 足を踏んだように」
私は思わずクスリと笑った。 ばれていたのかしら。
「それは リードが下手な殿方への私なりの合図ですのよ。カイルあなたはお祖父様より少し強引すぎるみたいだけれど…」
ダンスの最中、 周囲からは優雅な旋律に紛れて見えない絶妙な角度で彼は私を柱の影へ追い詰めた。
「貴女は一体……」
彼の瞳に 冷徹な公爵らしからぬ 熱が宿る。 彼は私の顎を指先でクイッと 持ち上げ 逃げ場を塞ぐように顔を寄せた。
「エセル王女、もしあなたの中に私が焦がれてやまないあの魂がいるというのなら 私はこの国も法も 血縁も全て無視してあなたを私の屋敷に連れ去る。…お祖母様だろうと何だろうと構わない」
「あらそれは私を敬うというより一人の女として欲しがっているように聞こえるけれど?」
「ああ、そうだ。自分でも正気とは思えない。だがあなたの不遜な眼差しに見つめられると跪きたい衝動と押し倒したい衝動が同時に込み上げてくる」
カイルは自分の感情と祖父の魂が身体の中で暴れているような不思議な感覚を感じた。
カイル公爵は私の指を掴みその手のひらに深く刻みつけるような熱い口づけを落とした。
かつての戦友の孫にこれほどまでの執着を向けられるとは。 おばあちゃんちょっと想定外だわ。 でも…悪くない。
「…ふふ、なら お手並み拝見 かしら?私を満足させてくれたらご褒美を考えてあげてもいいわよ」
私は彼の耳朶を扇でそっとなぞり挑発的に微笑んで見せた。
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