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からくり競艇〜サラリーマン、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
SG挑戦編

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凪の休日・おじさんとパグの完全決算

東雲グループの電撃的な解体から一ヶ月。世間を震撼させた「からくり競艇汚職事件」の連日の報道もようやく落ち着きを見せ、東京・隅田川沿いには、刺すような緊張感に代わって穏やかな秋の気配が漂い始めていた。

第一章:癒える傷跡と「次期計画リハビリ

 「……フゴー。フゴー……」

 柔らかな午後の日差しを浴びて、健太の膝の上でスエが平和そのものの寝息を立てている。その重みを感じながら、健太は自らの右腕を見つめた。数週間前まで自分を不自由に縛り付けていた無骨なギプスはすでに取り払われ、そこにはリハビリという名の「過酷な設備投資」を経て、以前よりも一回り逞しく引き締まった「レーサーの腕」が蘇っていた。

 「……済まなかったな、スエ。お前のサポートがあったからこそ、この右腕(資産)を失わずに済んだよ」

 健太が左手でスエの眉間を優しく撫でると、スエは夢うつつのまま、満足げに鼻を鳴らした。

 健太がスエを連れて、馴染みのドッグランへ向かうと、そこには秋の静寂を打ち破るほど華やかな面々が集結していた。

 「遅いわよ、佐伯さん。東京支部の女王を十五分も待たせるなんて、一体どんな『特別損失』で埋め合わせるつもりかしら?」

 大きなサングラスをかけ、雑誌の表紙から抜け出してきたような私服姿の霧島麗華が、血統書付きのプードルを連れてベンチに鎮座していた。

 「あ、佐伯さん! こっちこっち! ハクも待ってたんですよ!」

 福岡から遊びに来た松風みなみが、白いペキニーズのハクを抱えて元気よく手を振る。さらに、植え込みの陰でプロ仕様のカメラを構えているのは古閑まきこだ。

 「はい、今のベストショットいただきました! タイトルは『闇を葬った男の、休日パグ散歩』。これだけで月刊ボートの表紙、余裕でいけますね」

 「……やれやれ。俺はただ、スエと静かに『次期の事業計画(散歩コース)』を練りに来ただけなんだがな」

 健太は苦笑しながら、スエをリードから解き放ち、青々とした芝生へと送り出した。

 スエとハク、そして麗華のプードルが三つ巴になって芝生を駆け回る。その無邪気な光景を見つめながら、健太は改めて今回の「決算」を振り返っていた。

 東雲グループという巨大な負債を清算し、命懸けで守り抜いたのは、単なるSGのメダルや賞金ではない。競艇界の清廉な未来と、今ここに集う仲間たちとの揺るぎない信頼――それは、企業の貸借対照表には決して載ることのない、人生における「最高の営業権グッドウィル」であった。

 「……佐伯さん。福岡で預かっていた『ハヤブサ』、昨日東京の秘密ドックに届いたわよ」

 麗華が不意にサングラスをずらし、真剣な眼差しで切り出した。

 「整備士の白石さんが伝言を預かってきたわ。『次は、物理法則を書き換えるほどの、世界で一番速い決算書を見せてやる』って。……それで、右腕の減価償却なおり具合はどうなの?」

 健太は無言で右手の拳を強く握り締め、秋の高い空へと突き出した。

 「……ああ。片手での極限特訓を経たおかげで、以前よりも指先の神経が研ぎ澄まされている。……今の俺なら、どんな荒波のコンマ一秒でも、一円の誤差なく切り裂ける自信がある」

 夕暮れ時、オレンジ色の光が隅田川を黄金色に染める頃。それぞれの帰路につこうとした健太のスマートフォンに、一通の公式メールが着信した。

 【二〇四一年度 SG第三十九回グランプリ・賞金王決定戦 招待状】

 会場:大阪・住之江競艇場

 それは、その一年間で最も稼ぎ、最も強かった十八人のレーサーのみに許される聖域。勝者に贈られる「黄金のヘルメット」を巡る、最終決戦の案内であった。

 「……スエ。聞こえるか。……次は、大阪。水上の格闘技の聖地だ」

 「フガッ! ワンッ!!」

 スエが、健太の言葉を理解したかのように力強く吠えた。その黒い瞳には、沈みゆく夕焼けの光と、これから始まる「最高峰の戦い」への興奮が、ダイヤモンドのように輝いていた。

 「……よし。今夜の飯はササミの大盛りにしよう。……グランプリ制覇への、先行投資だ」

 「フゴガッ♪」

 おじさんとパグは、並んでゆっくりと家路につく。

 背後に長く伸びる二つの影は、かつてないほど力強く、そして真っ直ぐに、次なる決戦の地・住之江へと続いていた。

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