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からくり競艇〜サラリーマン、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
プロ駆け出し編

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16/42

『人生の決算・ハヤブサは夜明けに舞う』

2041年5月、平和島。優勝戦。

場内は異様な熱気に包まれていた。ネットニュースは「脱サラ・ルーキーの奇跡」を報じ、観客席には、半信半疑で見守る元同僚の佐藤や、かつて湾岸を共に走った「雷神会」の男たちの姿もあった。

「……スエ、待ってろ。今日で全部、ケリをつけてくる」

健太はスマホの待ち受け画面に映るパグ、スエの丸い顔を一度だけ見つめ、画面を消した。

連日の激走で、健太のコアマブイは枯渇寸前。視界の隅にノイズが走る。

愛機・61号機ハヤブサもまた、悲鳴を上げていた。シリンダーには過負荷による亀裂が走り、出力の安定性は絶望的だ。

「……佐伯さん。……いや、佐伯。……アンタを認めないと言ったが、前言撤回だ」

ピットで隣り合った西貴斗が、銀縁眼鏡を外して健太を見た。その瞳に、もはや高慢さはない。あるのは、一人のレーサーとしての「飢え」だ。

「僕の血統と、君の魂。……どちらが平和島に相応しいか、白黒つけよう」

「……ああ。……最高の決算書レースにしよう、西くん」

レース:命を削るスロットル

「……スタート!!」

大時計の針が頂点を刻んだ瞬間、6隻のからくり機艇が平和島の運河を爆ぜさせた。

1コース、西。2コース、麗華。3コース、白石。4コース、黒澤。5コース、火野。

そして、6コースに佐伯健太。

健太の弱点は、圧倒的な「量」の不足。

1マーク、2マークと回るたびに、健太のコアマブイは赤色灯を灯し、意識が遠のいていく。

「……っ、まだだ。……まだ、指先は生きてる……!」

ハヤブサの特性を熟知した健太は、0.1mm単位の「流量制御」で、死にかけのエンジンから極限の推進力を絞り出す。

西の圧倒的なパワー。麗華の完璧なライン。それらを、健太は「かつてのバイクのスロットル感覚」だけで紙一重で回避し、バックストレッチで食らいつく。

3周目、最終ターンマーク。

先頭を争うのは、西と、死に物狂いで追い上げた健太。

「これで、終わりだぁぁ!!」

西が全マブイを解放し、暴力的なまでの旋回を見せる。

一方、健太のマブイ計は「0」を示した。

ハヤブサのエンジンが停止しかける。

(……いや、まだだ。……魂の底に、最後の『予備費リザーブ』が残ってるはずだ……!)

健太は、ヘルメットの中で吠えた。

「サラリーマンを、なめるなよ……ッ!!」

健太は、もはや制御不能となったハヤブサの機体を、自身の「体重移動」と「気合」だけで無理やり水面にねじ伏せた。

波を殺すのではない。波の一部となり、重力を無視した**「超精密・ハヤブサ旋回(隼返し)」**。

一瞬の静寂。

そして、平和島を切り裂くような金属音とともに、ハヤブサが西の内側をコンマ数ミリの差で突き抜けた。

結末:夕暮れの帰還

判定の結果――1着、6号艇、佐伯健太。

平和島に、かつてないどよめきと大歓声が巻き起こる。

36歳の新人が、デビュー節で初優勝という、あり得ない「決算」を成し遂げた瞬間だった。

ピットへ戻る途中、健太はエンジンの止まったハヤブサの上で、静かに空を見上げた。

やり切った。

経理マンの「佐伯さん」でも、総長の「健太」でもない、一人のレーサーとして。

宿舎に戻り、真っ先に電話をしたのは、愛犬スエを預けているペットホテルだった。

「……ああ、俺だ。……勝ったよ、スエ。……明日、特上のササミを買って帰るからな」

受話器の向こうで、スエが「フゴフゴ」と嬉しそうに鼻を鳴らす音が聞こえた。

健太は、泥と汗にまみれた顔で、今日一番の穏やかな笑顔を見せた。

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