肝試し、運試し。後始末
湯車哲也は探偵である。
小説やテレビドラマに出てくるような事件をあっさり解決する名探偵ではなく、浮気調査や身辺調査をしている普通の探偵でもない。
湯車は所謂見える人であり、そういう方面の探偵だった。心霊探偵と言えば分かりやすいだろうか。
幽霊や妖怪に怪異など、オカルトが絡むことを調査する。
とんでもなく胡散臭い職業であり、仕事内容も胡散臭さが凄いけれど、師匠であり『沢屋探偵事務所』の先代探偵であった沢屋正和から引き継いだ仕事は、間違いなく超常の存在が関与するものであった。
もちろん中にはそうじゃないものもある。そういったものはなんとなく勘で分かるので、お客様には丁寧にこちらの専門でないことを伝えてお引き取り願う。
けれどそうではなく、本物だった場合は湯車の仕事だ。だが、中には見えるだけの湯車の手ではどうにもならない依頼が来ることもあった。
そういう時に沢屋の知り合いであり、その界隈では有名な霊能者を頼る。
不動涼子。それが大変頼りになる霊能者であり、よく厄介ごとを丸投げしてくる女の名だった。
そういう契約を沢屋としており、沢屋が探偵を引退してしまった後はその契約は湯車に引き継がれた。
というより、引き継がなければ今後協力を頼むことが難しいそうだったので、仕方なく引き継いだのだ。
今回もその引き継いだ契約のせいで、廃墟になった山の中のとある屋敷にまで行くことになった。
「何回も言うが俺は警官じゃなくてた・ん・て・い! 性的被害受けそうになった女性を助けたり、人殺そうとしてる殺人犯取り押さえたり、便利な足代わりにされたりするのは仕事じゃねえんだよっ!!」
「こっちのお願いは基本マジで無理な時以外聞いてくれるってのが契約だし、お金もちゃんと渡すんだからいーじゃん」
「お前が俺を呼ぶ時は大抵幽霊が怖い系じゃなくて、人が怖い系だから嫌なんだよ!!」
「一応毎回幽霊が怖い系ではあるよー。人が怖い系も一緒になってるだけで」
「単体にしろ!」
「無茶言わんといてもろて」
「幽霊が怖いなら人間も怖いんだからさー」呆れた顔をしながら、緊張の糸が切れてしまったせいか後部座席ですやすや眠る女性の頭を撫でながら、不動が無理無理と首を横に振った。
あともう少し声を小さくしろとも注意された。女性を起こさないためだろう。
なにより彼女は少し前に男に襲われたばかりらしい。大声を出してしまうと起きて、怖がらせてしまう可能性があった。
大きく息を吐いて、どうにか心を落ち着けようと努力する。
だが、どうも胸の辺りがざわざわする。女性を助けるために車に積んでいた梯子を使って地下へと降りて、変わり果ててしまった人だったものを三つも見てしまったからだろうか。
こういう仕事をしていれば、そういうものを見てしまう機会は多い。
人に直接害を与えることができるようなモノがいたような現場ならば特に。
(警官への説明考えねえと……)
ハンドルに額を押し当てて今日一番の溜息を吐く。
女性を救出してから約二十分。
人の死体があったために警官へと一報を入れ、今は屋敷の外に停めていた湯車の車の中で待機している。
このまま警官が来る前に去ってしまった方が色々と楽なのだが、女性のこともあるためすたこらさっさと現場から去るわけにはいかない。
「問題無いよ」
「んぁ?」
あれやれこれやと不自然にならないような事情説明を頭の中で組み立てていると、不意にそう言われた。
怪訝な顔をして不動の方を見ると、ぼんやりとした顔で窓から屋敷の方を見ていた。
視線に気がついたのかこちらへと顔を向ける。相変わらず、ゾッとするくらい無機質で感情を映さない目が湯車を捉える。
「依頼して来たのお偉いさんだから」
「……あ、あー……そういう。ならいいわ」
不動の言うお偉いさんとは、警察関係のお偉いさんだ。
彼女の顔は広い。警察関係から病院関係、さらには政治関係の人間とも繋がりがあるらしい。
その顔の広さは仕事柄故か。それとも、彼女が縁切りしたという実家関係か。
少し気になりはするけれど深入りはしない。
下手に藪を突いて鬼以上のものが出てくるなんて、考えただけでも恐ろしいので。
それからさらに三十分後。パトカーが数台サイレンを響かせながらやって来た。
車から降りた不動がパトカーから出て来た年配の警官と何か話した後、こちらに戻って来た。
年配の警官は他の警官を連れて屋敷の中に入っていく。
少しして新人っぽい若い警官が屋敷から飛び出してきて、茂みの方でげえげえ吐いていた。
その後屋敷から出てきた警官たちも一様に顔色を悪くしながら、ふらふらとした足取りでパトカーへと戻っていく。
可哀想に。心の底からその姿に同情した。
なにせ彼等が見てしまったものは、随分と遊ばれボロボロになってしまった人間だ。
手足は人形の関節のように出鱈目な方向に曲がり、顔は爛れ、腹は中身が見えるくらい開かれていた。
いくらか慣れている湯車でも気分が悪くなるようなものだ。
そりゃあ慣れていない警官たちの顔色だって悪くなるし、吐いてしまっても仕方がない。
憐憫の感情をパトカーにいる警官たちへと送る。その様子を見たらしい不動が「大変だねえ」と他人事のように呟いて、パトカーの方に視線を向けていた。
誰のせいでこうなったと思っているのだろう。柔らかそうな頬をつねって問い詰めたくなった。
「誰のせいだと思ってんだ」
「どう考えたって彼等の自業自得じゃんよ。襲われて殺されてしまった女の怨念が〜なんて噂してて、それ知ってるくせにここで事を起こしたんだからさ。ま、彼等が出会ったのが女の怨念の方でよかったよ。じゃなきゃこの人も今頃殺されてたし」
「……」
流石に人が死んでいるのでその言い草は良くないと嗜めようと思ったが、警官たちを待っている間に聞いた被害者たちの話を思い出して、開きかけた口を閉じた。
因果応報。悪いことをすればそれ相応の報いが来るのだ。
それから少ししてもう帰っていいと年配の警官から言われたので、不動の案内のもと知り合いが経営しているという病院へと女性を連れていった。
怪我はそこまで酷くはなく、しかし念の為数日検査入院することになったそうだ。
そんなこんながあった数日後。きっちりと報酬が口座に振り込まれていて、「金払いはいいんだよなぁ」と一般社員の年収とほぼ同じくらいの金額に溜息を吐いた。