きっとハッピーエンド
というわけで、なんか見るからにダメなお姉さん(守護霊的なのになりかけてる上半身お姉さん付き)と電車に乗って、現在東京なう。
いやだって、食べたくなったんだもん東京土産といえばのあれを。
妙に甘ったるいバナナ味のあれと、どこにでもいる鳥の形を模したサブレを。
バナナ味のあれに至っては意外と形にバリエーションがあるんだよ。パンダだったり、某黄色いネズミだったり。
そんなわけでとりあえず東京まで戻ってきて、知り合いがやってる病院にお姉さんを連れてった。
やっぱり鼻の骨は折れていて、体もなんか栄養状態が悪いのと肋骨にヒビが入ってるとかで、少しの間入院することになる。
彼女のお兄さんへの連絡は、少ししてから湯車にしてもらうことにした。
電話口でぶちぶち文句言われたけど、知らんぷりしてお兄さんの電話番号と住所を伝えて、あとはよろしくと電話を切った。
なんだかんだとお人好しで、こういう依頼は断らない(断れない)湯車なので、ちゃんと連絡してくれるだろう。
諸々のことを終えた後、知り合い経由でまあまあお高いホテルのまあまあ良い部屋を取った。
荷物を置いて、軽くシャワーを浴びてようやく一息つく。
さくっと終わらせられる簡単な仕事だったはずなのに、色々あって疲れたなー。
『あのぅ、今更なんですけどお金……』
「流石にそこまで鬼じゃないけど」
申し訳なさそうにソファの上にちょこんと乗っかってる上半身お姉さん……長いから普通にこっちもお姉さんでいいか。
で、なして貴方が憑いてたあの人はあんなことに?
へー、恋人の妹だったの。
二人揃って心配だから成仏できずにいたら、変な男に妹が捕まって? 心配で憑いてったらDV糞野郎に散々痛めつけられてあんな感じになったと。
連絡手段も絶たれてたのかー。しかもDVクソ野郎の親もクソクソのクソだったと。孤立無縁じゃんね。
で、一昨日の夜義父に襲われそうになって? 怒り狂った義母に殺されそうになったからなけなしのお金持って逃げたと。
まるでドラマのような話だねー。
とても悲しいことにフィクションじゃなくて、ノンフィクションなわけだが。
ギリギリ死んでなかったのはお姉さんがいたおかげだな。
守護霊的なのになりそうになってたのと、生前それなりに力があったんじゃないかな。自覚できるほどに強いものではなかったんだろうけど。
ちっぽけながらも力があったから、わたしとの縁が繋がったんだな。
「どうする? わたしが手を貸せばDVクソ野郎たちを君の手でどうにかできるだろうけど」
『あの子に与えられた苦痛を百倍返ししてやりたいところだけど、そんなことよりあの子をちゃんと無事に彼のところへ返して、今度こそ二人とも幸せになれるように見守りたい。だから、何もお返しできないけどどうかあの子を助けるために力を貸してください』
たぶん気分的には三つ折りついて頭下げたかったんだろうけど、下がないからソファにめり込んでる……。
うっかり笑いそうになるのをどうにか耐えて、それじゃあとお姉さんの頭の上に手を乗せた。
「君みたいなのは結構好きだよ」
仕事を終えてしまえば記憶の彼方へと消してまうような、ちっぽけな存在であっても。
好ましく思ったことは間違いない。だから、少しばかりの手助けを。
幸いなことに相手はたくさんたくさん恨まれて、憎まれてるからねぇ。
その思いを糧にちょっといたずらしてあげよう。君が大切に想う人たちに二度と手を出さないように。
大丈夫、殺すなんてことはしないよ。そんなことしたら依頼した君にも影響が行くからね。
ただ、君たちが笑うために誰かがほんのちょっと不幸せになるだけさ。
それだけだよ。それだけのことだよ。だから気にしないで、大事な人の隣にいるといいよ。
気にするだけ無駄だからね。
その怒り、恨み、憎し、悲しみ、そして絶望を全部持っていって、プレゼントしてあげようねぇ。
*
昨日の夜に出て行った嫁が帰ってこなかった。
しかし特に心配はしていなかった。これまで二回くらい同じようなことがあったけれど、ちゃんと帰ってきていたので。
でも今回は帰ってこなかった。
せっかく父親を誑かしたことを母親も許してやるつもりであったのに、帰ってこないどころか夕飯の支度もしていないし、家の掃除や洗濯もなにもやっていなかった。
「アレは一体なにしてやがる!!」
ダンッ! と、苛立ちのままテーブルに拳を落とした。
その拍子にすぐ横にあった湯呑みが床に落ちて割れてしまった。
舌打ちをして、そのまま割れた破片を拾わずに冷蔵庫のビールを取ろうと席を立つ。
飲んでいないとやってられなかった。
せっかく愚図で、ノロマで、料理の一つもなかなか覚えられないようなダメな女であっても、寛大な心で迎え入れてやったのに。
恩知らずがと吐き捨てて、持ってきたビールをクビグヒ飲む。口の端から少しビールがこぼれて、顎を伝ってズボンを少し湿らせた。
酒を飲んでも苛立ちは治らず、力任せにまたテーブルを叩く。
隣の居間でテレビを見ていた母親が「うるさいよ!」と怒鳴ってきた。それにこちらもうるさいと怒鳴り返して、大きく溜息を吐く。
そんな時、ピンポーンとインターホンが鳴った。
ごめんくださーいと、女の声がする。
母親に対応させようと声をかけたが、テレビに夢中で聞こえていない。父親は居間でぐっすりと眠っている。
ピンポーン、ピンポーン。ごめんくださーい、ごめんくださーい。
繰り返し繰り返し、インターホンが鳴らされて声をかけられる。
舌打ちして、居留守を使おうとしがインターホンは鳴り続ける。
ごめんくださーい、ごめんくださーい。どうして出てきてくれないんですか? ごめんくださーい。ねえ、出てきてくださいよ。いるのはわかってるんですよ、ねえ。ねえ、ねえ、ねえ!!
怒鳴るような声が家全体に響き、まるで地震でも起きたかのように揺れる。
なにか、なにか、とてもまずいものがいる。
本能が逃げろと警鐘をならしていた。
早く逃げろ、逃げないと大変なことになるぞと。
「おい、お袋! 親父! なんかやべえって!!」
居間にいる二人も連れて逃げようと椅子を倒しながら立ち上がって、二人の元へと行く。
そこで、違和感に気がついた。どうしてずっと煩くインターホンが鳴り、訳の分からない女の声が響いているというのに、二人は何の反応も示さないのだろう?
どくどくと、心臓の音が耳元で聞こえる。
全身から冷や汗が吹き出し、衣服を湿らせる。
「なあ、お袋?」
テレビの方をずっと見ている母親の方に顔を向けた。
酷くゆっくりと、母親の顔がこちらを向こうと動いて。
ごとりと、音を立てて頭が落ちる。
まるで虫網に引っかかってしまったトンボの頭のように、綺麗に首から頭が取れてしまった。
落ちた勢いのままゴロゴロと転がってきて、母親だったものの顔が自分の足元で止まった。
その次に、居眠りしていたはずの父親の頭も取れてゴロゴロと転がってきて、母親だったものの顔の横に並ぶ。
見上げてくる。濁った目が、生きている息子を見上げてくる。
自分は死んだのに、一人だけ生きていることを恨むように。妬むように。怒るように。
見上げてくる。生気の無い目が、睨みつけてくる。
「お前のせいだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
二人が同時に絶叫した。
恐怖のままに叫び、転びながらも玄関に向かって必死に走る。
立て付けの悪い横開きの扉を開けて、裸足のまま外に飛び出した。
外は暗かった。光はどこにもなかった。田舎とはいえ、街灯があり夜でも多少は灯りがあるはずなのに。空は綺麗に晴れ渡っているはずなのに。
真っ暗闇だった。
街灯の灯りも、月や星々の煌めきも見えなくて。
どこまでもどこまでも暗い世界が広がっている。
どこまでもどこまでも逃げ場がどこにもない世界だけが、目の前にある。
「あァ、やっと出てきテくれタぁぁぁ」
「ぁ、ぁぁぁ!」
全身が捩れた、血塗れの人がニタニタと血の気の引いた顔で笑う。
嬉しそうに、楽しそうに、これからのことを考えて恍惚に浸るように。
一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。
死が、目の前まで迫って来る。
「たの、たのシミましょうネぇぇぇぇぇ!!」
「いやだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴が虚しく暗い闇の世界に響いて。
何もかもを飲み込んだ。
「よし、終わったー」
たった一人を残して。
たった一人以外を全て平らげて。
「これでもう虫に煩わされることはないよ」
そこにいた人たちは。
そこにあった物は。
もうこの世界のどこにも無かった。
――という夢を見たのさ!
本当だよ。これは夢、幻、泡沫に見た悪夢。
目が覚めればみーんな戻ってるよ。笑ってるよ。生きてるよ。
首が突然落っこちるなんて、そんな馬鹿なことは無いさ。
みんなみーんな元通り。
心以外は元通り。体は綺麗になって、家は元の場所に戻って、はいおしまい。
もう二度とまともに外を歩けるようにはならないだろうけれど仕方がない。
誰かのハッピーエンドの裏には誰かのバッドエンドが付きものなのだから。




