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ダメなやつ

 節分に恵方巻きを食べるのは、米屋の策略だったか。海苔屋の策略だったか。

 バレンタインはチョコレート会社の策略らしいけどね。チョコレート贈る習慣って海外には無いし。そもそも女の人から贈るんじゃなくて、男性がプレゼント送るやつだし。



 そんなこんなで、節分を終えて一週間が経った。

 もちろん恵方巻きは食べましたとも。海鮮の豪華なやつ。

 蟹やら数の子やら大トロやが入ってて、大変美味でした。値段は高かったけどね。



 そんなわけでわたしは現在、茨城県のとある山近くにある廃神社に行って仕事を終えて、眼前に広がる稲穂が刈り取られて寂しくなってしまった田んぼを眺めながらおにぎりを食べている。



 このおにぎり、純度百パーセントの新米で握ったもののためか、それとも屋外で食べているからか、めちゃくちゃ寒いけどすごく美味しい。

 具が入ったのも美味しいけれど、ただの塩おにぎりも今まで食べてきたおにぎりはなんだったのかと思うくらいマジで美味しい。

 今回の依頼人から良かったらお昼にどうぞと分けて貰った物だけれど、遠慮せずに貰って大正解だった。



 うめぇうめぇと具入りと塩おにぎりを四個ずつ食べて、残りはまた後で食べようと思いタッパーの蓋を閉めてリュックサックに突っ込んだ。中にはまだ三個おにぎりの入ったタッパーがある。

 便利だよねタッパー。冷凍できるし、そのままチンもできるし、汁物以外ならちゃんと蓋してたらひっくり返しても溢れないし。



 これは報酬の一部として貰った新米への期待が鰻登り。

 卵かけご飯にしてもいいし、またおにぎりしてもいいし、シンプルにそのまま食べてもいい。

 栗原の家に送っておいたから自分で炊かなくても遊びに行けば食べられる。

 食べる前に精米しないとダメなのがちょっと面倒だけれど。栗原の家の近くに精米できる場所があるか調べとかないと。



 新米に想いを馳せながら立ち上がって伸びをした。

 お仕事は家に帰るまでがお仕事。これから歩いて駅まで行かねばならない。



 えっちらおっちら、水分補給しつつ駅に向かって歩く。

 廃神社から目的地である駅まで徒歩で一時間くらい。さっきまでいた場所で約半分。ながーい。

 往復で二時間はマジで長い。歩いたけどさ。お迎え断って歩いてみせたけどさ。帰りも歩いてみせるけどさ。



 お迎え断った理由は大したものではない。単にこういう場所が懐かしいのでせっかくだから歩こうと思っただけ。

 実家があった場所はもうちょい山の方で田んぼではなく畑ばかりだったけれど、緑溢れる場所だったことは同じ。



 こういう、自然が多く残る場所はいい。とてもいい。

 まだいっぱい残ってるし、力のある奴もちょこちょこ見かける。

 そういう奴は交渉次第でいい感じの協力関係を結べて、何かあった時に役立つのだ。



 もちろん協力関係であって主従関係ではないので、協力を断られることもあるけれど、そういう関係を築けているのといないのとでは違う。

 人間社会でもツテやコネがあると楽ができたり、助かったりするのと同じだ。こういうのでもそういうツテやコネがあると何かと助かる。



「にしても、動くと結構暑いなぁ……」



 田舎の方なのと、山がすぐ近くなので雪は積もってるし寒いけれど、あったけえ服着て動いていたら普通に暑くなってくる。

 天気がいいのもあって、余計に暑いんだろう。日向はポカポカだからなぁ。周り雪に囲まれてるけど。

 怪我でここ最近あんまり積極的に歩いていなかったのもあり、ちょっぴり体力の衰えを感じる。

 だから少しでも体力を戻そうと駅までこうして休憩しつつ長い道のりを歩いているわけだが……帰りくらいは送ってもらったほうがよかったかも?



 後悔したところで後の祭りも過ぎるので、しゃーねーべーと水分補給をしっかりしつつ歩いて行く。……こういうところって、秋ぐらいに来たら赤トンボがいっぱいいそう。

 でもあれ、虫網で捕まえると首が網の穴に引っかかって首がもげるんだよねぇ。羽ももちろんもげる。

 虫取りとかしたことないって言ってた栗原と一緒に初めてのトンボ狩りしたら、もげた頭見てめっちゃ悲鳴上げてたなぁ。どちらも軟弱なりや。



 懐かしい思い出に浸りながら歩くこと数十分。

 休憩を挟みながら歩いて、ようやっと目的の駅まで辿り着けた。



 駅の中に入って時刻表を見る。次の電車まであと三十分もあった。流石田舎。電車は一時間に一本。バスも大体一時間に一本。

 だから田舎の人は忍耐力が育つんだろうなぁ。せっかちさんもそんなにいない印象。



 どうでもいいことを考えつつ、とりあえずここに来るまでにペットボトルのお茶を四本飲み切ったせいで尿意に襲われていた。

 用を足そうとトイレへ行く。トイレはぼっとんではなく水洗だった。先客にでけぇアシダカ軍曹殿がいたけど、わたしがドアを開けたら超ダッシュで足元を駆け抜けていった。

 動物にどころか虫にも怯えられる今日この頃。というかなんで冬なのに軍曹殿が元気に動き回ってんだろう……?



 スッキリして、手を洗おうとしてふと鏡を見た。

 にたにた。何が面白いのか鏡の中のわたしが笑っている。



 両手でほっぺたを掴む。そのままゆっくりゆっくり、まるで見せつけるかのごとく引っ張っていく。

 なんか見たことあるようなやつだなそれ。



 果たして何で見たのだったかと、どこか見覚えのあるような行動をする鏡の中のわたしを無視して手を洗う。

 洗い終わってもう一回鏡を見たら、わたしの顔はなんかこうすっごいグロテスクな感じに真っ二つになっていた。



「わぁ、ぐろ」



 思わず感想が口から出る。

 鏡の中のわたしは何故か潰れかけの目に驚愕の色を映す。

 いやなに驚いてんのさ。もしかして力の差もわからないで喧嘩売ってきたのこいつ?

 なんとも馬鹿で間抜けな奴だ。呆れながら、鏡の中のわたしにえいっとデコピン。



 ぱんっと軽い音を立てて、鏡の中のわたしは弾けて肉片を飛び散らせた。

 べちゃりと鏡にへばり付いた目玉がじっとわたしを見ている。何が起こったのかわかっていないような様子で、こちらを凝視している。



 成り代わりたかったのか、それとも単に食いたかっただけなのかは知らないが、喧嘩を売る相手はきちんと見定めた方がいい。人間でもそうでないものでも。

 このお馬鹿さんにとって今回のことは良い教訓となるだろう。だからあと数分で終わってしまう短く儚い残り時間で、たくさん後悔して反省してくれるはずだ。



 バイバイと手を振ってトイレから出る。

 あとは座ってスマホをいじりながらのんびり電車を待つかと、券売機横に置かれているベンチの方に顔を向ける。



 ベンチには先客がいた。

 どんよりとした暗い雰囲気を纏う女の人だ。髪はボサボサで、服はダボっとした長袖のパーカー。下はたぶんジャージだろうか。顔は俯いてて見えなかった。

 彼女の横ではずっと下半身が無い女の人が、一生懸命声をかけているけれど、残念なことに何一つとして伝わっている様子は無い。



 なんかたぶん、だいぶまずい状態だなこれ。

 初めて会った時の栗原並になんかだいぶまずいぞこれは。



 今にも死んでしまいそうな、死を選んでしまいそうな雰囲気をバシバシ感じる。

 ダメだなこれ。うん。ダメだ。このままほっといたこの人、横の下半身無しお姉さんの願い虚しく命をポイっとするぞ。



 声をかけるべきだろう。でもどう声をかけたらいいのか。というかそもそもそっち案件ではないので助ける義理とか無いし。

 ややこしいことに巻き込まれるのはごめんだ。人間関係のそれは関わると碌な目に遭いはしないのだ。



「ねえ、お姉さん。お腹空いてる? 空いてるならお米食べな?」

「……ぇ、あ、え?」



 面倒なことになるのは嫌だ、無視してしまおう。

 そんな思いとは裏腹に口と体は勝手に動いて、リュックに入っていたタッパーを取り出して彼女に差し出していた。



 顔を上げたお姉さんは、青白い顔をタッパーとわたしに向けて困惑したように小さく首を傾げる。

 ちらりと見えた首元にはまあまあでかい青あざ。んで、今気がついたけどたぶん鼻の骨折れてる。ちょっとへこんでるし、カピカピに乾いた血が鼻の周りに張り付いてる。首元周りの汚れもたぶんそれ。

 まぁじでダメだやつだわこれ。



『お願いします! お願いします! この子を神奈川まで……兄さんたちのいる所に帰えしてあげてください!! お願いしますお願いします!!』

「神奈川? あ、丁度いいや。わたし今から神奈川に帰るし」

「うぇ?」

『おねが……ちょっと待って今言葉通じた!?』



 驚くお姉さんたち二人を置いて、券売機で二人分の券を買った。

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