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忘れっぽくて、うるさくて、やさしい、

 自分はなんでここにいるんだろう?



 大きな大きな橋の下、ざあざあ水を落とす黒い空を眺めて思う。



 ちょっと前までちいちゃんと遊んでいた。

 かけっこをして、ボールで遊んだり、原っぱで寝転んで。



 ごうごう。音を立てて水が流れていく。

 いつもの遊び場は、空から水が降ってくるせいかちょっといつもと様子が違う。

 暑い日に入ると気持ちいい川。きらきら、お日様の光を反射して光るのに。今はなんだか入ると危なそう。

 ごうごう音を立てて流れていく。色んなものが流れていく。



 しばらく眺めていたら、人の足音が聞こえた。

 軽い音。振り返ったら、女の人がいた。



 すんと鼻を鳴らして臭いを嗅ぐ。

 気配も臭いもなんだかとても薄い。そこにいるのにいないみたい。不思議な感じだった。



「お前、何を忘れてるの?」



 忘れてる? 何を?



 響いた言葉にはてと首を傾げて、ふと足元で光るものを見つけた。



 これだ!! そうだ、これを届けなきゃ!!



 なんで忘れていたんだろう。とっても大切なことなのに。とっても大切な物なのに。

 ちいちゃんに届けなきゃ。だってちいちゃん泣いてたもん。いっぱいいっぱい泣いてたもん。



「うるさい」



 ぽふん。

 しゃがみ込んだ女の人に軽く、優しく頭を叩かれた。お父さんみたい。

 ぽふんぽふん。二、三回頭を優しく叩かれる。

 気持ちいなぁーと目を細める。なんだ困ったように、呆れたように溜息を吐いて、女の人は下に転がってるそれを拾った。



「あー、これ、あれだよね。あれ。温度で色変わったりする指輪。周りの女の子たちが何人か持ってたなー」



 顔の近くまで持っていって、興味無そうな様子でキラキラ光る輪っかを見る。



 ねえ、それ返して。ちいちゃんに届けなきゃいけないんだ。

 それが無いってちいちゃん泣いてたの。だから、届けないとダメなの。



 真っ黒な目がこっちを見た。

 どうしてか、お日様にあたってぬくぬくしてる時のような心地よさに包まれる。

 ぽかぽかて、ぬくぬくで、あったかくて。優しくて、穏やかで。どこまでもどこまでも深くて暗い。



「見つけちゃったからね。一緒に行こうか」



 女の人が立ち上がった。釣られて自分も立ち上がる。

 なんだか後ろの方がとっても軽い。ものすごく早く走れそう。



「こーら。わたしを置いて走っていこうとしない。君がちゃんと案内してくれないとちいちゃんに届けられないよ」



 あ、そうだちいちゃん!!

 ちいちゃんに届けないと。届けてあげないと。

 お気に入りのおもちゃ無くなった時みたいに泣き止まない!



 早く早く!

 早く届けてあげよう! ちいちゃん妹だから、面倒見てねって言われてるの。お母さんにお願いされてるの。

 お兄ちゃんだから。お兄ちゃんだから、ちいちゃん泣き止ませないとダメなの!



「はいはい。分かってるよ。きゃんきゃん鳴かないで。うるさいなぁ」



 文句を言いながら女の人が後ろをついてくる。



 何度も何度も振り返ってちゃんと来てるのを見ながら、ちいちゃんのところへ走る。

 女の人にも走ってほしいのに、急いでほしいのに、全然急いでくれない。

 早くしてよ!!



 怒ってみても、女の人は全然急いでくれなくて。

 何度も何度も女の人の後ろにいってたいあたりしては、早くと急かすけど。

 やっぱり女の人は急いではくれなかった。



 *



 めっちゃ体当たりされる。

 濡れたりしないから別にいいけど、せっかちでうるさい子だ。



 それにしても雨が鬱陶しい。

 十月に入ってそこそこ時間が過ぎたのに暑くて、湿気が多くてちょっとイラっとする。

 いつになったら涼しくなるんだろう? 秋は一体全体どこに消えたんだ。



 雨のせいもあってちょっと気が滅入る。

 何度も先を走る案内役と逸れそうになったりしつつ歩くこと約一時間と少し。

 ズボンがびしょびしょになったけれど、目的地に着くことができた。



 案内役が教えてくれた場所。閑静な住宅街に建つかなり立派な一軒家。

 表札には氷室(ひむろ)と書いてあった。インターホンを鳴らして少し待つ。

 誰も出てくれないとまた来ないといけなくなるんだけど……。



『はーい?』幸いなことに人がいたようで、女の人の声がインターホンから聞こえた。



「急にすみません。ちいちゃんいますか?」

『あら、千尋(ちひろ)のお友達? ちょっと待っててくださいね』



 言われた通りに待ってたら、玄関の扉が開いてわたしと同じ歳か、一つ下くらいの女性が出てきた。

 困惑した顔でわたしを見る。「どちら様ですか?」



「突然すみません。氷室千尋さん……ちいちゃんですよね?」

「え、ええ。そうですけど……貴方は」

「コタロウから、ちいちゃんのだって。忘れっぽくてうるさいけど、お兄ちゃんだからって探してくれたみたいですよ。優しい子ですね」

「……は?」



 はいと、手のひらに乗せた指輪を見せる。

 目を見開いて。ちいちゃんは奪うように指輪を手にして、その内側を見るとどうしてと呟く。



 潤んだ瞳でわたしの足元あたりを見て、コタロウと声をかけた。

 きゃんきゃん。煩い声が響いて思わず耳を塞ぐ。いや、お前ほんとうるさいな??



 じっとりとした目を彼女の周りを嬉しそうに走り回ってるコタロウ……ハスキー犬に向ける。

 キリッとした顔立ちをしているけれど、おバカなことで有名な犬種だ。ほんと見た目だけはいいんだけど、とにかくうるさい。

 今もわんわん鳴いて、ピョンピョン飛び跳ねて、「ちいちゃん!!」と叫んでる。やかましい。



 直で言葉が頭に入り込んでくるからやめて。ほんとやめて。

 ぐわんぐわん声が響いて、二日酔いした時並に頭痛くなるから。



「……ずっと、探してくれていたの?」溜息を吐いた時、掠れるような声でちいちゃんが言った。

 目線の先に君の犬いないんだけどね。めちゃくちゃ君の周りをピョンピョン嬉しそうに飛び跳ねたり、走り回ったりしてるよ。

 動きも声もほんと騒がしいなこいつ。ハスキーって死んでもこんなんなの?



「それ失くして泣いてる君のことを気にかけてたみたいだね。忘れっぽいから探してたこと自体忘れたりしてたみたいだけど、それでもちゃんと探し出してくれたみたいだよ」



 だから、ありがとうっていっぱいいっぱい褒めてあげな。



 その言葉に何故かちいちゃんは泣き崩れた。



「コタロウはあそ、あそびたかっただけなのに……! ゆびわ、あたしのせいでなくしたのに……おこってごめん、ごめんなさい! ごめんなさい!」

「……泣いて謝るよりさ、笑ってありがとうって言った方が喜ぶよ」



 ちいちゃんが泣き崩れた途端「どした?? どした??」と、立ち止まって心配そうにすりすりしているコタロウを見ながらそう言えば、ちいちゃんは俯けていた顔を上げる。

 ぐしゃぐしゃになった顔を歪めて、唇を噛み締めて一つ深呼吸。

 乱暴に腕で顔を拭って不恰好な笑みを浮かべてみせた。



 無理して作ったものだとわかるものだけど、それでもちゃんと笑っていた。

 安心させてあげるために、感謝を伝えるために。



「……あり、がとう、ありがとうコタロウ。いまも、これからだって、ずっとずっと……だいすきよ……!」



 その一言が聞けたからか。

 それともちゃんと届けて、笑う顔を見れたからか。



 満足そうに、幸せそうに、今まで一番大きな声で一声「ワン!!」と鳴いて。

 ぴょんっと高く飛び跳ねた拍子にふっと、まるで煙のようにその姿が消えた。

 生きてる間どころか、死んだ後までずっと頑張ってたんだ。やりたいことやり遂げられてよかったね。



 どうしたのーと。家の奥の方から、インターホン越しに聞いた声が聞こえた。

 やることはやったと、そそくさとその場を後にする。



 泣いてる娘見たら絶対怒るだろうからね。

 まともに話ができる状態でもないし、ここは逃げたほうがいい。



 雨の中、足元がびしょびしょになるのも気にせずに走る。

 なんだか今、無性に栗原に会いたなと思った。



 それでびっちょびちょになりながら会いに行けば、驚いた顔をしながらもお風呂に入らせてくれた。

 風邪ひくでしょと、お小言を貰うことになったけど。



 けれどそれがなんだが、自分でもおかしいなと思うけれど。嬉しかった。

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