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俺のAIするこの世界  作者: 螺旋
第二章 王都アカデミー編
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第10話 決意

 午後の陽光に照らされたフェルナー邸の庭は、芝がきれいに刈り揃えられ、石畳と高い生け垣に囲まれていた。

 館の奥から聞こえる鳥のさえずりや、時折吹き抜ける風が、広い庭の静けさをいっそう際立たせている。


 その中央にウィンは立ち、深呼吸を繰り返した。

 肺の奥まで空気を満たし、最後に大きく吐き出す。

 息を止め、意識を一点に集中させた。


 ――瞬間、周囲に光が走る。


 ウィンを取り囲むように、無数の光の壁が顕現した。

 大きさも向きもばらばらで、斜めに傾いたもの、背の高いもの、薄く透けるもの……。

 それらが陽光を反射して白くきらめき、宙に散らばる氷片のように輝いていた。


「……綺麗……」


 背後で見守っていたミレイユが、思わず小さく呟いた。

 両手を胸の前で組み、距離を取ったまま、その光景から目を離せずにいる。


 幾多の壁が浮かぶ庭の中心で、ウィンはゆっくりと目を開けた。

「……よし。いくよ、ステラ」


 掌に炎が宿る。

 ひゅっと空気を切り裂き、火球が飛び出した。最前の光壁に当たり、弾けるように散る。

 壁はわずかに明滅するが、すぐにその形を取り戻した。


「まだまだだ……!」


 ウィンは唇を結び、次々と炎弾を放つ。

 ズドドドドドドドド――!

 連弾のような炎が乱れ飛び、光の壁を撃ち抜こうと迫る。


 光壁は高速で明滅し、ひびを刻みながらも必死に形を保っていたが――やがて霧散した。


 砕けた粒子が庭に降り注ぐ中、ウィンはすぐさま次の壁に狙いを定める。

 炎は途切れることなく掌から放たれていく。

 ひとつ、またひとつと光壁に突き刺さり、破裂音が庭にこだまする。

 爆ぜた火花が芝を照らし、空気はじわじわと熱を帯びていく。


 ウィンの視界には、無数に乱立する光壁しか映っていなかった。

 狙いを定め、撃ち込む。

 また撃ち込む。

 額を伝う汗が顎を濡らし、荒い呼吸が喉を焼く。


 正面にひときわ大きく、分厚い光壁が立ちはだかる。

 そこへ火球を雨のように叩き込むが、壁は明滅を繰り返すばかりで、崩れる気配を見せない。


『エーテル容量、残り76%。 イグニス・ロアを推奨します。』


 冷静な声に、ウィンは奥歯を噛みしめ、全身に力を込めた。

「……炎咆哮(イグニス・ロア)!」


 胸の奥で炎が爆ぜ、全身を震わせるほどの奔流が解き放たれる。

 轟音が庭を揺らし、巨大な炎が厚い光壁を叩きつけた。

 まばゆい閃光が弾け、砕けた壁は光の粉となって空に舞う。


「……っはぁ……はぁ……!」

 肩で息をしながら、ウィンは震える掌を見下ろす。

 指先には痺れが残り、なおも余熱がじりじりと肌を焦がしていた。


 それでも止まらない。

 フラムを連射し、ロアを叩き込み、さらにフラムで削り取る。

 光と炎が交錯し、庭の空気は灼けつくように熱を帯びていく。


 芝の先端は黒く焦げ、吹き抜ける風すら焦げ臭さを運んできた。

 壁は砕け、また現れ、そして散る。その応酬は果てしなく続くように思えた。


 ついに最後の光壁がぱきんと音を立てて砕け散ると、掌から炎がふっと消えた。

 辺りに残ったのは、舞い散る光の粒と、焼けた匂いだけだった。


「……っは……はぁ……はぁ……」


 片膝をついたまま、ウィンは荒い息を繰り返した。

 額から流れた汗が芝に滴り落ち、熱気でじゅっと音を立てて消える。


 耳奥に、落ち着いた声が響いた。

『……本日の訓練結果を分析しました。――ラディアント・ウォールは、多重展開よりも、位置・厚み・角度を調整した方が効率的と判断いたしました。今後の出力調整はお任せください』


「……はぁ……はぁ……それは助かるよ……」


 ウィンが苦笑を浮かべると、続けざまに声が落ちてくる。

『フラムは速射性に優れていますが、防御力の高い対象には効果が薄い傾向が見られます。そうした場合はロアの使用を推奨します。ただし、消費が大きく、至近距離にしか安定して効果が得られません』


 ウィンは掌を開き、わずかに震える指先を見下ろした。

「……一長一短があるってことだね…」


 その呟きに、耳奥で澄んだ声が応じる。

『セルト。その通りです。ただし、スキルの運用精度を高める方法以外にも選択肢がございます。提示いたしますか?』


「……なに?教えてよ。」

『まずは、既存のスクリプトを基盤に、新たなスクリプトの開発が可能です。次に、新規のモジュールやスクリプトを観測・ラーニングする選択肢です。』


「……なるほど。じゃあー」

 ウィンはステラに問いかけながら、これからの訓練の進め方を探っていった。


 ミレイユは庭の端で静かに立ち、言葉もなくその光景を見つめていた。

 まだ空気には炎の匂いと熱が残り、淡い夕陽がそれを優しく包み込んでいく。

 汗に濡れたウィンの横顔は、その光を受けてどこか凛々しく見えた。


 ……どうして、そんなに頑張れるんだろう

 ――やっぱり、あの女の人のためなのかな。


 胸の奥が、ほんの少しだけちくりと痛んだ。

 自分でも理由の分からないざわめきに、ミレイユは小さく息を吐く。

 両手を胸の前でぎゅっと組み合わせ、気持ちを抑え込むように目を伏せた。


 けれど視線はまたすぐに持ち上がり、中央に立つウィンの背中を追ってしまう。

 彼の汗に濡れた横顔が、陽光に照らされて眩しく映った。

 その姿が目に焼きついたまま、日々は過ぎていく。


 **


 翌日からは、午前は王立図書館で知識を積み重ね、午後は邸宅の庭で技の鍛錬に励んだ。

 繰り返される訓練の中で、ウィンとステラの動きは日ごとに滑らかさを増していった。


 やがて季節の夕暮れが重なり、試験を前日に控えた夜――。


 フェルナー邸の食堂には、いつもと変わらぬ温かな灯りがともっていた。

 燭台の炎が揺れ、煮込み料理や焼きたてのパンが湯気を立てている。


「……ふぅ、美味しかった。お肉がやわらかいな」

 ウィンが皿を置いて思わず漏らすと、リュカが楽しげに笑った。

「はは、口に合って何よりです。料理長も喜びましょう」


 食卓に笑いが広がり、少しだけ緊張が和らぐ。

 けれど、皆の胸には明日のことがあるのを互いに分かっていた。


 やがて、リュカがワイングラスを軽く揺らしながら口を開いた。

「さて……いよいよ明日が本番ですね、ウィン様」

「……はい」

 ウィンは背筋を伸ばし、自然と真剣な顔になる。


 リュカは目を細め、にこやかに続けた。

「――心配することは何もありません。短期間ではございますが、かなりの努力をされていたとミレイユが申しておりましたよ。」


 ウィンは鼻の頭をかきながら、少し照れくさそうに笑った。


 そこで、バルドが低い声を添える。

「旦那様の仰る通りです。筆記試験はわかりませんが、あれだけの魔法を行使できるのですから、少なくとも実技は申し分ないでしょう。」


 その言葉に、ウィンは小さく息を整え、意を決したように口を開いた。

「……いえ。実は俺には、生まれつき魔法の才はないんです。全部――この魔晶器の力によるものなんです」


 食堂に、しばし沈黙が落ちた。

 リュカは驚きを隠さず、真剣な声で問いかける。

「……その魔晶器の力、でございますか? 冗談でございましょう。ウィン様は複数の魔法をお使いになられていましたが、魔晶器は本来、ひとつの魔法しか実行できぬはずです」


 ウィンは迷わず首を横に振った。

「……本当なんです。村の禁足地、神域で見つけて……」


 揺らぎのない声色に、冗談ではないと悟り、リュカは真剣にウィンを見据えた。


「私は長く商売をしてまいりました。その中で、数え切れぬほどの魔晶器を見てきましたが……複数の魔法を行使できるものなど、一度として目にしたことはございません。

 もし本当にそのような代物であるならば――もはや国宝級と言っても過言ではないでしょう。その魔晶器を巡って、どのような思惑が働くか分かりません。軽々しく他人にお話しなさらぬ方がよろしいでしょう。」


 バルドも姿勢を正し、恭しく言葉を継いだ。

「旦那様の仰せの通りでございます。……もっとも、普通であれば魔法を行使できる者に“魔晶器の力だ”などと疑う者はおりますまい。ですから、黙っておられるだけで十分かと。

 アリエス様の様に、ウィン様の過去をご存じの方には、“魔晶器を手にしたことで力が目覚めた”とでも説明なさるのが自然でございましょう」


 ウィンは拳を握りしめ、深く頭を垂れた。

 ――そうだ。あの男の狙いは魔晶器の可能性が高い。

 この魔晶器のことが知れれば、俺だけでなく、周りの人々まで巻き込むことになる。

 ……ベイスの悲劇のように。

「……なるほど。そうさせて頂きます。ご忠告、ありがとうございます。」


 その返答に、リュカは安堵の息をつき、表情を和らげた。

「うむ、それがよろしいですな。どうか明日は胸を張って臨まれませ。」


 食堂に再び温かな灯りが戻りつつあったが、ミレイユの胸は静かに揺れていた。

 ――ウィン様は、生まれながらの天才だと思ってた。けれど実際には、人知れず悩みを抱えながら戦ってきたんだ……。

 その事実に驚きながらも、不思議と胸が熱くなる。今までどんな苦労を味わってきたのだろう。――少しでも、支えになりたい。


「お父様……お願いがあります」


 リュカは驚いたように眉を上げた。

「……どうしたのだ、ミレイユ」


 ミレイユは真っ直ぐに父を見つめ、震える声を押さえるように続ける。

「明日の件について……私から、申し上げたいことがございます」


 食堂に漂う空気が、一瞬ぴんと張りつめた。

 少女の瞳には、迷いを超えた強い意志が宿っていた。

8/30 一部修正しました

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