中編
翌月、息子と2人で新幹線に乗り岩手へと向かう。久々の新幹線に興奮を隠し切れていないところはまだまだ可愛いもんだと思う。早々に景色ではなく携帯ゲームに夢中になっていたが。
息子と2人旅というのは新鮮で、少しだけ大変で、かなり面白かった。9才になれば大抵の事は自分で出来るので楽だ。
最初に岩手に帰った時は2才で、泣くわぐずるわ歩き回る、わ、嫁さん共々疲労困憊だった。それが今では大人しく座っているんだ。成長したもんだ。
駅弁を食べ、車内販売のカチコチアイスを削りながら食べ、何故か新幹線型のホッチキスと箸を買わされた。
賑やかな電車旅を終えて、駅まで迎えに来てくれた両親の車に乗り、観光しながら宿へと向かう。
母親のおしゃべりに付き合える息子はきっと将来有望だろう。
蔵は、じいさんが生きていた頃の名残は外観に少し残るだけで、ちょっと洒落た民宿に様変わりをしていた。蔵の横にあった納屋は無くなり、小さなパン屋になっていた。
懐かしさを感じるかと思ったが、ここまで違うと目新しさの方が勝つ。むしろ、ほぼ変わらない母屋の方が懐かしかった。もう他人の家なので入る事はできないのが少しだけ残念だ。
「すごいね」
蔵の分厚い扉は開いた形で固定され、新しい扉が付けられていた。その先の玄関や廊下にも沢山の人形や玩具が飾られている。
いかにも座敷童がいそうな雰囲気だ。
「母さんが来てたら泣くだろうな」
「おかーさんいじめんなよ。男らしくないぞ」
子生意気な言い方に鼻を鳴らして予約した部屋へ入ると、そこも様々な玩具が溢れていた。
床の間にはたくさんの人形が置かれ、天井から縮緬細工の人形や外国製のモビールが吊るされている。窓の下に置かれた棚には新旧色々な玩具が飾られていた。
カオスというか、いかにも座敷童がいますって雰囲気が面白い。まるで昔の駄菓子屋みたいだ。
市松人形とソフビ人形が鎮座し、ミニ四駆とブリキの車が並び、国民的アニメのゴムボールと紙風船の間にプラスチックの箱に入ったスーパーボールが置かれている。
思わずスマホで写真を撮ったが、嫁さんは怖がるかもしれない。息子と両親が映っていれば問題ないと思うが、一応「見るか?」と聞いてみたら、帰って来たら一緒に見ると言うので送るのはやめておいた。
親父が息子に昔の玩具の説明をしているのを横目に見ながら、TVを付けようか迷う。この雰囲気の中、テレビを付けるのも違う気がする。だが、そんな俺の対面に座った母親が、一切の迷いもなく昼のワイドショーを見始めた。
息子は晩ごはんのおかずを小皿に少し移し「座敷童さんどうぞ」と可愛い事をやっていた。
皿が動いたり、食べ物が無くなったりはしなかったが床の間から家鳴りのような音が2回ほど鳴った。息子は座敷童が返事をしてくれたと喜んでいたが、家鳴りなどの可能性も高い。空気を読んで言わないが。
民宿らしい家庭用風呂では照明が点滅したりもしたが、替え時なのだろう。息子は父親と入ったのでゆっくりと一人風呂を満喫した。
9時を過ぎたぐらいなのにやけに眠たい。風呂上がりにビールを飲んだせいかも知れないが、たった1本程度で酔う事はない。色々と疲れが出たのかもしれない。
せっかく座敷童が出る宿だというのに俺は早々に寝てしまった。
薄暗い蔵の中にいた。
少し湿った様な独特な匂いがする中は、古い木箱だとか筵が雑然と置かれている。昔話に出てきそうな古い櫃や箪笥、使用用途が分からない物や能面に似たお面、年末しか活躍しない臼と杵。
ああ、じいさんが生きていた頃の蔵だ。
俺は秘密基地みたいなここが気に入っていた。じいさんちに来れば必ず入り込んで、従兄弟と遊んでいた。
懐かしい。
夢なのに意外と鮮明だと感心する。夢の中で、夢だと分かっているのも妙な気分だ。
ふと呼ばれた気がして振り向けば、蔵の奥にじいさんが立っていた。
まだらな灰色の髪に黒縁の四角い眼鏡。口の端を上げて笑う仕草も、笑うと目尻の皺が深くなるのも、懐かしい。
『陽一』
そうだ。こんな声だった。忘れていたよ。
夢ってすげぇな。こんなに鮮明に思い出せるんだな。
『……連れで…行げ………やらねぁーば…なんねぁ』
じいさんの声に笛や太鼓の音が被る。
あぁ、うるさいな。じいさんの声が聞こえねぇ。
もう一度聞きたいのに、笛や太鼓の音が大きくなる。
なんだ。どこかで祭りでもしているのか。うるさいな。
蔵の入り口から赤や黄色や茶色の葉っぱがまいこみ渦を巻く。まるで桜吹雪のように吹き込んでくる葉が視界を埋め尽くす。
笛や太鼓の音の合間に子どものような無邪気な笑い声が聞こえた。
昨日の郷土料理も、今朝のちょっと豪華な朝の家庭料理も美味しく頂いた。
昨晩は、俺が寝てから不思議現象が起きたらしく、息子は得意げに話してくれる。苛つくドヤ顔が微笑ましいという微妙な気持ちになった。
ぐーすか寝ていた俺以外の三人で話は盛り上がり、実家までの道のりを寡黙な運転手と化したのだった。
目的の宿泊を終えて、今日は実家でのんびりと一泊し、明日帰る予定だ。
息子は親父を連れて裏の畑に遊びに行き、俺は母親から買い物を頼まれた。
醤油1瓶と牛乳と小麦粉って、重い物ばかりじゃねーか。しかも、お駄賃にビール買ってきていいわよなんて、まるっきりお使いに行くガキ扱いだ。
なんだかなぁ。
複雑な心境を抱えて商店街まで歩く。
のどかな田舎道をのんびりと散歩気分で歩き、変わらない風景と変わった町並みを楽しむ。
畑の向こう側に見える古いバス停はガキの頃からぼろぼろだったが相変わらずぼろぼろだ。もうバスではなく、ふれあいタクシーとか言うデイサービス用の乗り場になっているんだとか。
バス停と反対側の道へと足を向けるとぶわりと真正面から風が吹いてきた。
思わず目を閉じてやり過ごす。
突風が吹き向けた後に目を開けると、見慣れた道はなく、広い一軒家が目の前に建っていた。
「…………なんだ…」
道を間違えたのかと後ろを振り返れば、山の中の様な道さえなく雑木が密集している。
「なんだよ、これ…」
残念ながら、誰も俺の問いに答えてくれなかった。




