第十一話 先輩
「お前は合格だ、坊主。……ラザロ、っていったか?」
「え……? はい、そ、そうです」
もしかしたら不合格になって殺されると思っていたものだから、心の準備が全く追いつかない。
頭の中が真っ白になりながら、なんとか返事を取り繕う。
だけど、なんであんな生意気で口答えするようなことを言ったのに、合格なんだ?
「お前を見ていたらな、なんだかヴォルが初めてここに来た時のことを思い出してな。どうにも懐かしい感じがしちまったんだよ」
「え……? 」
「はは、今『なんで俺が受かったんだ』って顔をしてただろ?」
ガイアはニヤリと不敵に笑うと、わざとらしく手を顎に当てて「お前の考えてることなんてお見通しだ」と言わんばかりにアピールしてくる。
「まぁ、お前をハナから落とすつもりなんてそんなになかったさ。ここ最近、貴族関連のいざこざが頻発していてな、うちの支部も騎士がいくらいても足りない状況なんだよ」
『そんなに』という不穏な単語が一瞬引っかかったが、この人の瞳には一切の邪気も裏もなかった。
千回以上殺されて磨かれた俺の目には、それが本音だと確信できる。
「あの……騎士になったら、俺が禁忌魔法の生き残りだってことで、どこかの研究所に送られて『被検体』にされる……なんてことは、もうないんですよね?」
俺の切実な問いに、ガイア隊長はチラリと横目でこちらを見た。
「ああ。俺が隊長としてお前の身元の一切を引き受ける。お前自身が何か特大の問題でも起こさない限り、そんな場所へは行かせやしない。保証するよ」
「じゃあ……これで俺も、いつかは王都に……?」
「行くチャンスはいくらでもあると思うぞ。……まぁ、お前はあくまでこの『クロベル支部』の所属騎士だがな」
ガイア隊長の言葉が終わるか終わらないかのうちに、俺は心の中で小さくガッツポーズを決めていた。
この鬱屈とした街での暮らしにも、いい加減飽き飽きしていたのだ。
これでやっと、大手を振って外の世界に出られる。嬉しさのあまり、涙が零れ落ちてもおかしくないほどの解放感が胸を満たしていた。
「ほら、早く行ってやれ。ヴォルとは少なくとも、それなりに仲が良いんだろう?」
「は、はい! ありがとうございました、隊長!」
深々と一礼をして、俺は隊長室を後にした。
ガイア隊長の顔は、最後まで太陽のように明るかった。あの気難しいヴォルガドが、なぜ彼を「隊長」と呼び、信頼を寄せているのか、その理由が少しだけ分かった気がした。
人はきっと、ああいう器の大きな人間の背中についていきたいと思うのだろう。
……ところで、ヴォルガドと俺は「仲が良い」のだろうか。
いや、仲が良いというのとは少し違う気がする。命の恩人であり、師匠であり、なんというか——。
そんな答えの出ない疑問を頭の片隅で転がしながら、廊下を探し歩くが、どこにもあの巨体は見当たらない。来た道を戻り、一階のロビーまで降りてみたが、やはりそこにもいなかった。
「どこに行ったんだよ……ヴォルガドは」
「おっ、そこのお前、新入りか!」
突然、背後から緊張感のない声が飛んできた。
声のした方を振り返ると、そこには見事なまでの『猿顔』をした、短髪の男が立っていた。
ゆったりとした足取りで歩いてくるその顔には、「お気楽」という文字がそのまま張り付いているかのようだ。
「誰を探してるんだ?」
「あ、えっと……ヴォルガドという人を探しているんですが」
その名前を出した瞬間、猿顔の男は少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐに親指で出口の方を指し示した。
「ヴォルガドさんなら、さっき用事があるって出掛けていったよ。……それよりお前、もしかしてヴォルガドさんに紹介されてここに来たのか!?」
「……え、はい、そうですけど……」
「やっぱりな! ということは、お前もヴォルガドさんに直々に修行をつけてもらった口だな!? よし、なら俺がお前の『兄弟子』ってことだ!」
こちらの返事を途中で綺麗に遮った上に、自分のペースでどんどん話を勝手に進めていく。
だけど、その自慢げに胸を張る様子を見ていると、彼がヴォルガドのことを心から慕っているのが痛いほど伝わってきた。
王都を追放された最悪の評判ばかりが目立つヴォルガドだが、この支部には彼のことをちゃんと良く思っている人間もいるらしい。
「俺の名前はネルって言うんだ。お前の名前はなんだ、新入り?」
「ラザロです。……ネルさん?」
「おいおいおい! 『さん』付けなんてやめろ新入り! だけど、俺のことはこれからちゃんと『先輩』って呼べよな!」
ネルはさらにグッと胸を張り、鼻息を荒くする。
名前を名乗ったのに、結局最後まで「新入り」と呼び続けるあたり、なかなかブレない男だ。
「いいか、困ったことがあれば何でも俺に聞け! ……さっきのやつは、せっかく俺が先輩として声をかけてやったのに、完全に無視しやがったからな!」
さっきのやつ? 俺の他にも、新入りがいるのか?
そう疑問に思った、まさにその時だった。
——ドシャァァァァンッ!!
凄まじい破壊音と共に、ロビーの隅に置かれていた木製の重いテーブルが、空中を高く舞って床へと叩きつけられた。
「なんで僕のような人間が、こんな所に放り込まれなきゃいけないんだ!! お前らみたいなゴミカスの下等生物と同じ場所にッ!!」
壊れた家具の破片が飛び散る中央で、一人の青年が、収まらない怒りに全身を激しく震わせていた。




