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ちいさなバレンタイン便

 バレンタインデーの朝、小学校の校庭には、まだ冬の冷たい空気が残っていました。

 空は高くて、まっさらな白い雲が、ゆっくり流れていきます。


 その校門を、ちょこちょこと走るコトリ のような足音が近づいてきました。

 音の主は、元気な女の子のミオです。

 赤い帽子がぴょこんと跳ねていました。


 ミオの手の中には、リボンのついた小さな紙袋が揺れていました。

 中には、丸いチョコレートが三つと、ハート模様の手紙が一通。


「うまく渡せるかなぁ……」


 ミオは鼻の頭を指でこすって、大きく息を吸いました。

 ミオがチョコを渡したいのは、隣の席のタクミでした。


 タクミはいつも静かで、教室の騒ぎにもあまり混ざらないタイプです。

 〈おとなしすぎて気づかれない〉と言われることもあるけれど、ミオは知っていました。


 落ちた消しゴムに気づいて拾ってくれたり、雨の日は、自分の傘をちょっとだけ広げてくれたり、やさしい気持ちを誰より持っていることを。


* * *


 教室に入ると、女の子たちのひそひそ声が飛び交いました。


「今日、渡す?」

「どきどきする〜!」

「お昼に渡す!」

「帰りかなぁ」


 男の子たちはなんとなくざわざわ。

 みんな、ちょっとそわそわしています。


 でもタクミは、いつも通り静かでした。

 窓の外をぼんやり見ながら、席に座って鉛筆をくるくる回していました。


 ミオは隣の席にすわり、そっと横目でタクミを見ました。


(きょう、絶対に渡すんだ)


 胸が、どきん、どきん、と大きく跳ねました。


* * *


 ……ところが。


 給食のあと、ミオは席を立った瞬間、紙袋を落としてしまいました。

 袋の底がぱかっと開き、チョコレートがころころ転がっていきます。


「あっ!」


「わっ、たいへん!」


 転がったチョコを拾おうと手を伸ばしたとき、ミオの指より先に、すっと手が伸びました。


 タクミでした。


「……はい。落ちる前にキャッチできた」


 手のひらには、チョコのひとつが大事そうに守られていました。


「ありがとう、タクミ!」


 ほっとしたミオは笑顔を見せました。

 タクミは少し照れくさそうにうつむきました。


「ミオの、だいじなやつだと思ったから」


 その一言で、ミオの顔は真っ赤になりました。


* * *


 放課後、ミオは決心しました。


「タクミ、ちょっといい?」


 教室の後ろの、ひなたの当たる場所で、ミオは紙袋を握りました。


「これ、つくったの。すごく上手にはできなかったけど……タクミに食べてもらいたいなって思って」


 タクミは目を丸くしました。

 しばらくして、ふわりと笑いました。


「ありがとう。ミオのチョコ、うれしい」


 そして——


「ぼくも、実は……」


 タクミは、上着のポケットをそっとごそごそ探りはじめました。

 そこから出てきたのは、小さなアルミホイルにくるまれた、手作りのクッキーでした。


 形はいびつで、ところどころ厚さが違います。

 でも、ハート型であることだけは、すぐに分かりました。


「ミオ、いつも元気で……ぼく、好きだなって。だから、渡そうと思って……でも勇気がなくて」


 タクミは耳まで真っ赤になりました。


 ミオはそのクッキーを両手でそっと受け取りました。


「わたしも、タクミ……好きだよ」


 風がふわっと二人のまわりを包みました。

 窓の外では、冬の雲がゆっくりひかれて、お日さまの光が差し込んできました。


* * *


 帰り道、ミオとタクミは並んで歩きました。

 影が二つ、仲良く並んで伸びていました。


「チョコ、帰ってから食べるね」


「うん、クッキーも大事に食べる」


 ミオはふと空を見上げました。

 薄い雲の向こうで、夕日がきらりと光ります。


(きょうのバレンタイン、きっと一生わすれない)


 二人の手は、そっと触れそうで触れなくて、でもあったかい空気でつながっていました。

ハッピーバレンタイン!

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