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チョコレートのひみつ

 二月の風は、まだまだ冷たくて、学校の校庭では白い息がふわりと浮かんでいました。

 その真ん中を、マフラーで首をぐるぐるにしたアヤが小走りで歩いていました。


 今日はバレンタインデー。

 教室の女の子たちはみんな、そわそわしたり、どきどきしたり、いつもより少し落ち着かない様子です。


 アヤは、手作りのチョコレートが入った紙袋をぎゅっと握りしめていました。

 中には、小さなリボンを結んだ箱がひとつ。


「渡せるかな……」


 胸が高鳴って、うまく息ができないようでした。


 アヤがチョコを渡したい相手は、同じクラスのユウトという男の子でした。

 ふだんはとても明るくて、友だちの中心にいるタイプなのに、困っている人を見るとすぐに気づいて、さっと手を差しのべる静かなやさしさがありました。


 アヤはユウトのそんなところが、ずっと好きだったのです。


* * *


 授業が終わると、女の子たちが勢いよく教室を出ていきます。

 だれよりも先に渡したい、という気持ちがあふれているようです。


 アヤは、机の上の紙袋にそっと手を触れました。

 心臓が、トクン、トクン、と大きな音をたてています。


「放課後、屋上で渡そう」


 昨日、自分にそう言いきかせたはずなのに、足はなかなか立ち上がってくれません。


 そのとき、後ろから声がしました。


「アヤ、帰るの?」


 ユウトでした。


「え、あ、う、うん……ちょっと」


 声が裏返り、顔が一瞬で熱くなりました。

 ユウトは首をかしげました。


「大丈夫? 顔 赤いよ」


「へ、平気!」


 アヤは紙袋をうしろに隠しました。

 ユウトは「なんだろう?」という顔をしましたが、あえてそれ以上は聞きませんでした。


「じゃあ、また明日」


 そう言ってユウトが帰ろうとしたそのときーー


「ま、待って!」


 アヤは思わず叫んでいました。


* * *


 二人は学校の屋上に立っていました。

 夕方の風は冷たくて、西の空は淡いオレンジ色に染まっていました。


「あのね……これ、つくったの」


 アヤは、震える手でチョコレートの箱を差し出しました。

 ユウトは目を丸くしました。


「わあ、すごい。手作りなんだ」


「おいしくないかもしれないけど……その、もしよかったら」


 言葉が風にさらわれそうでした。

 でも、ユウトはやさしく笑いました。


「ありがとう。うれしいよ。アヤって、お菓子作りうまいんだね」


 その一言で、胸の氷がふわっと溶けました。


「ユウトは……その……すきな人とか、いるの?」


 思っていたよりもずっと小さな声でした。

 ユウトは少しだけ空を見上げました。


「いるよ」


 アヤの心臓が、ドキリと止まりました。


「え……だれ?」


 風が、からん、と屋上の柵を鳴らしました。

 ユウトは、アヤの方をまっすぐ見ました。


「アヤ」


「え……?」


「去年の夏の学校祭でさ、アヤ、迷子の子どもの手をとってずっと一緒にいてあげたでしょ? そのとき、すごいなって思ったんだ」


 胸の奥があたたかくなって、世界が少し明るくなった気がしました。


「ぼくも渡したいもの、あるんだ」


 ユウトは、ポケットからチョコレートの小さな袋を取り出しました。

 赤いハートのシールが貼ってあります。


「本当は、今日渡すタイミングがなくてさ。でも今なら言えると思った」


 アヤはゆっくり、それを手にとりました。


「……ありがとう」


 言葉はそれだけでした。

 でも、その一言にすべてがこめられていました。


* * *


 帰り道、夕焼けの空はいつもよりずっと明るく見えました。

 冷たい風にも、ほんのり甘い香りが混じっていました。


 アヤは、チョコの袋をそっと胸にぎゅっと抱きしめました。


「今年のバレンタイン、ずっと忘れない」


 足もとで雪の粒がきらりと光りました。

 春はまだ遠いはずなのに、心の中には、もうやさしい風が吹いていました。

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