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赤いリボンの約束

 冬の終わり、まだ風がきりりと冷たい朝のこと。

 小さな田舎駅のホームには、始発電車を待つ人たちがまばらに立っていた。

 空は薄い灰色で、雪がちらちらと舞っている。


 ホームのベンチに、ひとりの少女が座っていた。

 名前は ゆい

 黒髪の先に、風で揺れる長い赤いリボン結んである。

 両手にぎゅっと握っているのは、小さな紙袋。

 中には、昨夜一生懸命つくった手編みの手袋が入っている。

(渡さなきゃ。ちゃんと自分で言わなきゃ)

 そう思うたび、胸がどきどきして苦しくなる。

 今日、結はどうしても会いたい人がいた。

 遠くから、電車のライトが見えた。

 レールを叩く音が、雪の中に近づいてくる。

 けれど、同じホームのはじに、見覚えのある背中が立っているのに気がついた。

 長いコート、肩にかけた学生鞄。

 それは、結と同じクラスの奏太そうた)だった。


 電車のドアが開き、奏太は迷いのない足どりで乗りこんだ。

 結は慌てて立ち上がる。

 行かなきゃ、声をかけなきゃ。

 なのに足がすくんで、電車が動き出すまで立ち尽くしてしまった。

「……いけない。追いかけないと」

 結は寒い風の中、次の電車を待った。

 凍える手の中で、赤いリボンがきゅっと震えた。



 電車に揺られて三駅先。

 駅の向こうには大きな川が流れていて、川沿いの遊歩道は冬の枯れ葉で埋め尽くされている。

 そこは、結と奏太がいつも帰り道に歩いた場所だった。

 ホームに降り立つと、冷たい風が頬を刺した。

 結は雪の舞う道を、小走りで川の方へ進む。

 すると、橋の手前に、奏太の姿があった。

 柵にもたれかかり、静かに川を見つめている。

 結は覚悟を決めて歩みよった。

「……奏太くん!」

 呼び声に、奏太はゆっくり振り向いた。

「結? どうしてここに」

「さっき駅で見かけて、声をかけられなくて……追いかけてきたの」

 奏太は少し驚いたように目を見開き、そして苦く笑った。

「すごい勇気だな。普通、追いかけてこないだろ」

「普通じゃなくてもいいの。ちゃんと伝えたいことがあるから」

 結は紙袋を両手で差し出した。

「これ、渡したかったの。手編みの手袋。……今までずっと、ありがとう」

 奏太は袋を受け取り、中からグレーの毛糸の手袋をすべり出させた。

 そっと指を入れ、握ったり開いたりする。


「すごいな。あったかい」

「へたっぴだから、ところどころ曲がってるけど」

「それが嬉しいんだよ」

 奏太の声は、いつもより少し小さかった。

「結。俺、来週引っ越すんだ。親父の仕事でさ。急に決まって」

 結の胸がぎゅっと縮んだ。

「……知ってた。ホームルームで先生が言ってたから」

「そっか」

「だから今日、渡したかった。いなくなる前に、ちゃんと言いたくて」

 結は深く息を吸った。

 冷たい空気が肺を刺す。

「奏太くんと帰る時間、すごく楽しかった。歩く速さあわせてくれたり、荷物持ってくれたり、何でもない話で笑ったり。全部、大事だった」

「……」

「だから、ありがとう」

 赤いリボンが風に揺れた。

 奏太はしばらく黙っていたが、やがて川のさざめきより静かな声で言った。

「引っ越したくなかった」

 結ははっと顔を上げた。

「俺も、本当はずっと同じ道歩きたかったんだ。結とさ」

 視界がじんわり滲んだ。

 雪が涙と混ざって頬を伝う。

「……言っちゃったな。かっこ悪い」

「かっこ悪くないよ」

 結はリボンをほどき、奏太の手に結びつけた。

「このリボン、なくさないでね。いつかまた会えたら、返して」

「返さないかもしれない」

「え?」

「そのときは……新しいリボンをプレゼントするよ」

 結はくすっと笑った。

 風の中で、二人の笑い声が混ざる。

 ふいに、電車の到着を知らせるアナウンスが聴こえた。

 奏太は鞄を肩に掛け直す。

「そろそろ行くよ」

「うん」

 駅へ歩きだす背中。

 赤いリボンがコートの袖からひらりと揺れた。

「奏太くん!」

 結は叫んだ。

 振り返る奏太へ、凛とした声で。

「わたし、忘れないよ!!」

「俺も!!」

 雪の白が二人の間に舞い落ちる。

 ホームへ向かう足音が遠ざかり、結はひとり川沿いに残った。


 風が涙を冷たく乾かしていく。

 けれど胸の中には、しっかりとあたたかさが残っていた。

(いつかきっと)

 灰色の雲の向こう、うっすら光が差しこむ。

 春がすぐそこまで来ている気がした。


 赤いリボンは、希望の色だった。

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