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お散歩日和

 春の陽ざしが、やわらかく町に降りそそいでいました。

 空はどこまでも高く、うすい雲がゆっくりと流れています。

 冬の間じっとしていた公園の木々も、ようやく小さな芽をひらきはじめました。

 その日、あおいは少しだけ元気がありませんでした。

 学校では友だちとけんかをしてしまい、なんとなく心がもやもやしていたのです。

「はあ……」

 ため息をついたあおいの横で、白い犬がしっぽをふりました。

 名前はポン。

 ふわふわの毛と、まんまるの目がかわいい、あおいの大切な家族です。

「行く?」

「ワン!」

 ポンは今にも走り出しそうに飛びはねました。

 あおいはくつひもをきゅっとむすび、首輪のリードを握りました。

「じゃあ、ちょっとお散歩行こっか」

 ポンは元気よく吠え、道へと駆けだしました。


 町の道は、あたたかな光でいっぱいでした。

 パン屋さんからは、焼きたてのにおいがふわりとただよってきます。

 道ゆく人たちはのんびり笑い、花屋の前には色とりどりの花が並んでいました。

 あおいはポンといっしょに歩きながら、自然と深く息を吸いました。

「なんだか、いい気持ちだね」

「ワンッ!」

 ポンは鼻先をくんくん動かしながら、道ばたの小さな花に顔を近づけました。

 その花は、ちょうど咲いたばかりのたんぽぽでした。

「たんぽぽも、今日がうれしいんだね」

 ぽかぽかした風が吹き、あおいの髪がゆらゆら揺れました。

 心にたまっていた重たい気持ちが、少しずつほどけていくようでした。


 町を抜けると、広い川の土手が広がっていました。

 草の上には、黄色い菜の花がたくさん咲いています。

 川の水はひかりを受けてきらきらと輝いていました。

「きれい……」

 ポンは草の上を駆け回り、嬉しそうに跳ねました。

「ポン、そんなに急がないで!」

「ワンワン!」

 あおいは笑いながら追いかけました。

 でも、草の向こうに行ったポンが、急に立ち止まり、くるりと振り返りました。

「どうしたの?」

 あおいが近づくと、そこには古いベンチがあり、その上にひとりのおじいさんが座っていました。

 ポンはその足もとで、うれしそうにしっぽを振っています。

「おや、かわいい犬だねえ」

 おじいさんはにっこり笑い、ポンの頭をやさしくなでました。

 あおいは少し緊張しながら、ベンチに近づきました。

「あの……ポンがお邪魔してすみません」

「いいんだよ。わしもひさしぶりに笑ったよ」

 おじいさんは、遠く川の流れをながめました。

「ここにはね、毎日散歩に来ていたんだ。

 でも、冬のあいだ体をこわしてしまってね。

 今日、やっと歩けるようになったんだよ」

 あおいはびっくりしました。

 さっきまでの笑顔とはちがい、少しだけさびしそうな声です。

「じゃあ、今日のお散歩は特別なんですね」

「そうさ。本当に特別だ。

 外の風を感じられるだけで、幸せなものだね」

 あおいは静かにうなずきました。

 ポンはベンチの足もとにぴたりと座り、じっとおじいさんを見上げていました。

「君は、どうして散歩に来たのかな?」

 あおいは少し迷ってから、正直に言いました。

「友だちとけんかしちゃって……

 気持ちがぐちゃぐちゃで、家にいたくなかったんです」

 おじいさんは目を細めました。

「散歩はいいねえ。

 歩くと、心の中のぐちゃぐちゃがほどけていく。

 歩けばわかることが、たくさんあるんだよ」

 あおいは風を感じながら、川の音を聞きました。

 ざあざあと流れるその音は、まるで悩みをさらっていくようでした。

「帰ったら、ちゃんと謝ろうかな……」

「うん、そうしたらきっと軽くなるよ」

 おじいさんはそう言って、大きく伸びをしました。

「さあ、そろそろ行くとしよう。

 散歩は前に進むためにするものだからね」

 ゆっくり立ちあがると、ポンはうれしそうに吠えました。

「ポン、ありがとう」

「ワンッ!」

 あおいはおじいさんといっしょに歩き始めました。

 道の先には、青空が広がっていました。

 風はほのかに甘く、菜の花の香りがしました。

 太陽はやさしく照り、ポンの毛がきらきら光りました。

「あ、ポン、そっちは行きすぎだよ!」

「ワンワン!」

 笑い声が川にひびき、どこまでも広がっていきました。

 お散歩の道は、まっすぐ未来へ続いていました。

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