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2匹の大型犬


「……Wilbur…」


ぐいっ


「へ?君、今何て……って!ちょっ……」

「あ。違った。“人”だった」


3月半ば。卒業式を控えていたり入学準備にと、卒業生や新入生は忙しくしている時期である。

小春はロスにいた頃から読書家だった為、暇つぶしに義兄のマンションから一番近い図書館に来ていた。


「えっと……ディケンズと……。へぇ…バルザックの原書もある」


思っていたより広く本の種類も豊富な地元の図書館に満足した彼女は棚から数冊取り出すと、棚から一番近い場所にある机の上に置いた。

そして嬉々としてイスを引出しそこにちょこんと座ると、すぐさま読み始めた。


「二都物語」「クリスマス・キャロル」「骨董屋」は、日本でもわりと有名な物語で、区立や市立図書館だけでなく学校図書館にも置いてありそうなディケンズの著書であると言えよう。

実際小春も渡米する前に、母親に連れて行って貰った地元の図書館で母親に読んで貰ったのが「クリスマス・キャロル」であった。

主人公エベネーザ・スクルージは初老の商人で、冷酷無慈悲、エゴイスト、守銭奴、人間の心の暖かみや愛情などとはまったく無縁の日々 を送っていた。

ロンドンの下町近くにスクルージ&マーレイ商会という事務所を構え、薄給で書記のボブ・クラチットを雇用し、血も涙もな い、強欲で、金儲け一筋の商売を続け、隣人からも、取引相手の商人たちからも蛇蝎のごとく嫌われていた。

7年前の共同経営者であるジェイコブ・マーレイの 葬儀においても、彼への布施を渋り、またまぶたの上に置かれた冥銭を持ち去るほどであった。

明日はクリスマスという夜、事務所を閉めたあと自宅に戻ったスクルージは、7年前に亡くなったマーレイ老人の亡霊の訪問を受けることから物語が始まるのである。

小春はいつしか物語の世界にどっぷりとつかっていた。

すると………


ふわっ


「クリスマス・キャロルか……随分季節外れなモノを読んでるんだね…」


ほのかなコロンの香りがしたかと思ったら頭上から低めの極上テノールが降って来たのだ。


「誰?」


思わず顔をあげる小春。そんな彼女の瞳に飛び込んできたのは……


耳下までくるセミロングのカーリーヘアと、その髪に半分隠れた切れ長の瞳。通った鼻筋。弧を描くつやつやの唇。

義兄ほどではないがおそらく長身に入るだろう身長を屈めて、片手を机について小春の手元を覗き込んでいる男性がいたのだ。


―――――彼は5年前に老衰で亡くなった小春の愛犬…アメリカン・コッカー・スパニエルのWilburに似ていた。


懐かしさのあまり、いつも“彼”にしていた事をしてしまった彼女。

長い髪をくいっと引っ張り、顔を覗き込んだ小春は、目の前の男が犬ではなくれっきとした人間だった事を確認し、そして冒頭の台詞となったのである。



**********



一方千秋は、とあるゲーセンにいた。

少し大きめの規模の敷地面積を持つそのゲーセンは地元だけでなくあちこちからゲームファンが集まるというくらい有名なゲーセンであった。


「日本じゃ射的の練習をする場所がないんだもんなぁ……」


ブツブツ呟きながら目的のゲームの前に立ち、コインを投入する。

ガンコントローラーを構え、次々に画面に登場する対象物をひとつ残らず命中させていく。

そんな彼女がたたき出したスコアは勿論パーフェクトスコア。


「何か物足りないなぁ……」


平日の日中という時間帯が良かったのか、客が殆どいなかったので千秋はそこの射撃系のゲームを総ナメする事にした。

片っ端からゲーム機のハイスコアを上書きしていく千秋。そして最後の台にたどり着いたのだが……


「……ここで最後ね……って!ごめんなさい!邪魔するつもりは……」


先客がゾンビ目掛けて銃をぶっ放していたのだ。

フレデリックよりは低いが、日本人にしては長身な部類に入るであろう目の前の男は、後姿でも十分女性をひきつける要素を兼ね備えていた。

スラリと伸びた脚、程よく筋肉が付いた腕はむき出しになっており、銃の構え方も様になっていたのだが、千秋が話しかけたのが原因か、数秒後にゲームオーバーになってしまった。


「いや…別にアンタのせいじゃ……」

「………Ovil…」

「は?」

「いえ!何でもありません!わた…わたし、もう失礼しますっ!!」


そう言うと、千秋はその場から一目散に逃げ出した。


―――――何あのヒト!!5年前に死んだOvilにそっくり!!


そう。先客の男はショートボブくらいのストレートヘアーが顔の半分を隠しており、千秋の愛犬、オールド・イングリッシュ・シープ・ドッグのOvilによく似ていたのだ。


「ハル!私、Ovilに会った!!」

「チー。Wilburに会っちゃったよ私。」


帰宅後開口一番に報告し合う双子の姉妹。

義兄のフレデリックがあれほど義妹達が日本のオトコに会わない様に画策したにも関わらず、出会ってしまった愛犬達にどことなく似ていた男達。

しかし、“大型犬兄弟”の方も……


「……なぁ、オービルって何の名前?」

「…もしかしてライト兄弟かなぁ。弟の方の名前が確かオービル・ライトだったような…」

「ライト兄弟って飛行機の?」

「そ。そう言えば彼女、俺の事ウィルバーって言ってたっけ……って事はウィルバー・ライトって事?」

「じゃ、ライト兄弟で決まりだな。ってか、お前“も”女からそう言われたのか?」

「ああ。ここいらでは見かけない、腰までのストレートロングの小さくて可愛い娘だった。」

「ふぅん…。俺が会ったのは肩くらいの髪の毛の女だったけどな。顔も背も手もちっこくて小動物みてぇな女で逃げ足も速かった」

「へぇ……でもさ」

「「何でライト兄弟なんだ?」」


彼等はハモると同時に首を傾げたのだった。


読んでくださりありがとうございましたm(._.)m

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