Episode4 #8 Ascalon
バート達が執事に連れて行かれた先は、応接室だった。
奥の壁には大きな出窓が見える。今こそカーテンが掛かっているが、晴れた日の昼間になれば優しい日が降り注ぐことだろう。
壁には暖炉があり、その上には大理石で出来た時計が置かれている。壁紙も細かい絵柄が描かれていた。更に天井にはシンプルだが豪華なシャンデリアが。この部屋一つ取っても見るからに高そうだ。
バートが部屋の内装に思わず感心していると、ジェームズに後ろから小突かれた。
シャンデリアの真下。細かい花柄の華美なソファーに、一人の男性が座っていたからだ。
男はジェームズとバートに視線を向けるなり、ソファーから立ち上がってこちらにやってきた。
「アドキンズさん。お待たせしました」
「こんな遅くに……ご無理を言ってすみません」
ジェームズに握手を求める男。彼がどうやらこの屋敷の主人ーーアドキンズ氏らしい。ジェームズはニコニコといつもの笑顔を浮かべながら、握手を返した。
「先程はお電話ありがとうございました。ベネー商会のフォースタスと申します。こちらは弊社社員のイゾラです。お客様のためですからお気になさらず」
一通り名刺を渡し、バートは思う。お客様のため、か。それはいいが、なぜこのジェームズはアスカロンを運ぶためだけに自分をわざわざ指名して連れ出したのだろうか。
アドキンズに促され、ソファへと向かう。絨毯は足が軽く沈むほどに毛足が長い。ソファーに座ると、身体がものすごい勢いで沈んだ。これは、すごく高いやつだ。
バートが驚きを隠せない一方で、隣のジェームズは涼しい顔。記憶がないせいで一つ一つのことに新鮮さを覚える自分の性質がうらめしくてしょうがない。
「いえ、申し訳ないです。妻が『あんな夜な夜な動く剣気味が悪い』と言い出してしょうがなくて。業者が決まったと報告するなり早く来て処分させろ、と……」
「あー……」
ジェームズの顔が自然な笑顔から妙に張り付いた笑顔に変わった。バートも確信する。アドキンズは妻に押し切られた形で無茶を通されたのだな、と。
ジェームズも空気を読み、そして慎重に同意をとる方向に動き出した。
「先日亡くなったお祖父様の形見、とお聞きしていましたが?」
「ええ。私を可愛がってくれた祖父の宝物です。聖ジョージの剣だと信じてやまなかったですが……」
アドキンズの言葉のキレが後半になるにつれ、妙に鈍くなった。アスカロンが本物かどうかは彼自身、理解に苦しむと言いたげだった。
「あー。アドキンズさん? でも形見には変わりはないのですよね?」
ただ、ジェームズが一応、念押しーーというか同情に近い何かーーで、繰り返し聞く。アドキンズは見るからに迷っている風だった。
「それは、そうです」
「本当にこちらで処分しても良いのでしょうか? 剣が動く原因を調査してご返却することも可能かと」
アドキンズは妻の意見と自分の心情との間で迷うように、目を左右に動かしていた。そして、彼は誰かに言い聞かせるように、ぽつり、ぽつりと。
「……ここ5年、祖父は認知症が酷かった」
と。ジェームズは静かに頷きを返した。
「はい」
「妻にも心労を……いや。心労だけではない。多大な負担をかけました」
「ええ」
「妻にとってあの剣はきっと、その時の祖父を思い起こさせるものだとも思うのです」
「…………」
「埋め合わせになるかは分かりませんが、妻にこれ以上辛い気持ちを味合わせたくはないんです」
「……ええ」
「過去に縛られるわけには行きませんし」
ジェームズに傾聴されるも、アドキンズの口調は暗い。
「今のアドキンズ家の主は私です。これからの思い出を作っていけばいい」
なんだか見ているこっちが辛くなってくる。そこまで無理しなくていいじゃないか。当主ってそんな大事なものなのだろうか。今の状況を見ていてバートはそう切実に思った。
とはいえ、それがアドキンズの結論らしい。同意が取れたところで、バート達は執事に導かれ、大広間へと連れて行かれた。
その道中。終始ほぼ無言だった執事が重く口を開いた。
「……旦那様は」
「……はい?」
思わずバートが聞き返した。ジェームズは何も言ってこなかった。
「旦那様は、まだお若いのに強く構えられすぎなのです。男だからと、次期当主だからと育てられまして。今回の決断は支持いたしますが……私としましては、ご自分のお心をもっと大切になさっても良いと」
そこまで言って、執事は突如口をつぐんだ。
「……出過ぎた真似を」
「いえ。お気になさらずに」
先ほどまで黙っていたジェームズが首を横に振って返す。アドキンズがどこか意地を張っているように見えるのは、執事だけではない。彼らもだ。毎日のようにあの調子だろうから、執事も見ていていたたまれないのだろう。あのまま潰れないといいのだが……。
大広間に着くと、大きな階段が中央にあった。そこの踊り場の一番目立つ場所に、銀色の長剣が一振り。あれがアスカロンなのか。感心するバートに、ジェームズが口を開く。
「バート、仕事だ」
「……あれを持ってこい、って?」
一見するとなんの変哲もない剣ではないか。唯一特徴を挙げるとすれば形見と言われるだけあって何だか高そうだ。そんな感想しか出てこないが、ジェームズはそれに眉根を寄せた。
「君に任せたのは、今の今まで誰も持ち上げられなかったからだよ」
「……え?」
隣にいた執事が静かに頷く。
「私共も方々手を尽くしてどうにかして移動させようと腐心したのですが……使用人の誰一人として持ち上げられませなんだ。当然、旦那様も試したのですが」
無理だった、と。それでようやく合点が行った。そりゃあ今朝から突然怪力になって大騒ぎしていた自分を指名するわけである。もしかしたら、バートなら持ち上げられるかもしれない。そう考えるのは極めて自然だ。そりゃ残業代の一つでも出してすがりたくもなる。
バートは事情にようやく納得し、踊り場へと向かってまじまじと剣を見た。それにしても、そんな大勢で苦労してまで運べなかった代物には見えない。
全体的な長さは1m程度だ。重さだってこれならタカが知れている。たかだか2kg程度だろう。なんで大の大人がそこまで集まって。
何だか担がれているような気持ちで剣の持ち手と鞘を掴む。
「…………あれ?」
思わず声が出た。
「どうしたバート?」
ジェームズの問いに、バートは狐につままれた顔をして振り向いた。その手には、誰もを散々苦労させたアスカロンが間違いなく握られていた。
「とんでもなく軽いじゃないか。これ」
「……はぁ!?」
一連の事情を聞いていたジェームズは信じられないと言わんばかりに叫び、彼に近寄る。
「そんな軽いなんて話あってたまーー」
バートの持っていた剣に触ろうとしたジェームズは、直後。
バチィというまるで大きな火花が発生したかのような音とともに、床へと叩きつけられたのだ。
「ジェームズ!?」
よく見ると触ろうとしていたジェームズの腕がなくなっている。その場にいた執事がこちらに急いで来ているのが見えて、バートは叫んだ。
「止まってください! 巻き込まれるとまずいです!」
ほぼとっさに出たセリフだが、事実余計な被害者が出るとまずい。それに、腕がなくなったのが見えるのはマズい。ジェームズが義手だと知らぬ人間に知られるとフォローが効かなさそうだ。
「と、とりあえず救急箱か何か持ってきてもらえますか!?」
苦し紛れにバートは執事にそう促し、人ばらいをすることにした。慌ててその場をさる執事の背中が遠くに行ったのを見て、バートは床にアスカロンをおくとジェームズへと近寄った。
とんだアクシデントである。まさかジェームズがこんな跳ね除けられるとは。派手に吹っ飛んだジェームズの身体を起こし、声をかけてみる。
「大丈夫か?」
「ててて……。なんとか。ナイスな人払いだったな?」
「ありがと。……腕は生やせそうか?」
バートの質問に、ジェームズは先ほどまで消えていた方の腕を見せた。あっという間に影が凝縮し、いつもの手に戻っている。これで安心だ。見たところ大きな怪我もなさそうだ。
ジェームズは床に置かれたアスカロンを見て、どこか憂鬱そうな表情だった。
「まさかレジストされているとは思わなかったけど」
「レジスト?」
「霊的な抵抗。……竜殺しの真偽はともかくとして、そのアスカロンは間違いなく聖剣に近いって考えて良さそうだな」
「……え」




