32 元婚約者の暴走 ②
ちょうどその日は、イライアス様がレイハート邸を訪れていたので、使いからの報告を応接室で一緒に聞くことになった。
イライアス様と並んでソファに座ると、使いの若い男性は立ったまま話し始めようとしたので、向かいに座るように促した。
使いは恐縮しながら腰を下ろすと、報告を開始する。
「オウガ卿は自分がソラリア様と別れることになったのは、ソレイユ様だけのせいだと思い込んだようです」
「ソレイユだけ、というのは自分は悪くないと思っているということ?」
「そうです。彼は先代のレイハート公爵が生きている間は、公爵に脅され、その後はソレイユ様に脅されていたと叫んでいました」
「叫んでいたというのは、ソレイユを襲った時にという認識でいいかしら」
興奮しているようで、順序立てて話すのではなく、結論から言ったようだった。使いもそのことに気がついたらしく、一から状況を話し直す。
「ソレイユ様は留置所から出てすぐ、新しいドレスを買いたいと言って繁華街に向かったのです」
ソレイユが釈放されることはわかっていたので、このことについて驚きはない。黙って聞いていると、彼は話を続ける。
「迎えに来ていた馬車に家紋などは入っていませんでしたので、馬車を貸し切ったのだと思います」
繁華街には辻馬車も走っているが、個人的に貸し切ることもできるため、リット殿下が手配したものだろう。
「ソレイユ様がドレスが売っている店に入り、一時間後に出てこられたのですが、その時にオウガ卿が少し離れた所から出てきました」
ロガンを監視している人とソレイユを監視している人は、連絡をとりあっていなかったらしい。このことについては、自分たちのミスだと、使いは頭を下げた。
謝罪を受けたあと詳しい話を聞いてみた。すると、危ないと思った時には、ロガンはソレイユを石畳の道に引き倒し、馬乗りになったのだと言った。その後は、すぐに通行人たちと共にロガンを止めたが、ソレイユは何発か顔を殴られたらしく、鼻血を流していたのだそうだ。
「その時に、自分は悪くないと言っていたんだね」
イライアス様に尋ねられ、使いは大きくうなずく。
「そうです。ソレイユ様がいなければ、自分の浮気がソラリア様にバレることはなく、今頃は幸せに暮らしていたのにと、勝手なことを言っていました」
私とイライアス様は思わず顔を見合わせた。実際、何も知らなかった私は、ソレイユに殺されるまで、ロガンの妻として幸せな生活を送っていた。
だから、彼の言っていることが、あながち間違いではないとわかったからだ。だが、浮気を知り、浮気がバレたくないために、ソレイユの言うことを聞いて、お腹の子供を殺そうとした人を許せるはずがない。
「ソレイユとロガンはその後、どうなったの?」
「オウガ卿は騎士隊に連れて行かれ、ソレイユ様は、リット殿下が用意したメイドと共に近くの医療所に向かったそうです」
「今も誰かが見張ってくれているのよね?」
「もちろんです」
「ありがとう。ご苦労さまでした。これからも引き続き、見張りをお願いします」
「承知いたしました!」
使いは明るい声で返事をすると「では、任務に戻りますので、ここで失礼いたします!」と言って立ち上がった。すぐにメイドを呼び、彼を玄関まで送るように伝えた。
イライアス様と二人きりになったところで、私は早速彼に話しかけた。
「ソレイユは命に別条はないと言っていますし、この件は時戻しをする案件でしょうか」
ソレイユとロガンについては、冷静な判断ができない。客観的に見て、ソレイユは気の毒で助けてあげなければならないのか、私にはわからない。
「ソラリアはどうしたいの?」
「可哀想だと思う反面、自業自得だとも思うのです。正直に言うと、時戻しをする必要はないと思ってしまうんです。こう考えてしまうのは、私が冷たい性格だからなのでしょうか」
「ベェェー!」
彼が答える前にベェが目の前に飛んできて答えた。
シルバートレイには『ベェは、ソレイユをたすけたくない』と書かれていた。
イライアス様も「時戻しをしなくても、ソラリアが冷たい性格だとは思わない。とりあえずもう少し様子を見ようか」と言ってくれた。
「ありがとうございます。ベェもありがとう」
まだ判断するには速いと考え、次の報告を待つことにした、その日の晩、新たな報告が届いた。それはリット殿下がソレイユを見捨てることにしたという内容だった。




