20 妹との絶縁 ➂
「いったぁい!」
ソレイユは情けない声を上げ、額を押さえて座り込んだ。
「ンベェェー!」
ベェは大きな声で鳴くと、ふわふわ飛んで私の所に戻ってきた。シルバートレイはいつの間にか、ベェの背中に戻っている。
私やイライアス殿下では触ることはできても、背中から取ることはできなかった。さっき、掴んでいたということは、このシルバートレイは、ベェじゃないと取り外しができないのかもしれないわね。
私はおろしていた髪を払うふりをして、ベェの頭を優しく撫でた。
「どうかいたしましたか?」
ベェが見えていないメイドたちには、ソレイユが突然座り込んだようにしか見えない。心配されたソレイユは、額を両手で押さえたまま叫ぶ。
「わからないわ! いきなり額に殴られたような痛みが走ったのよ!」
「それは大変だわ」
私はソレイユに近づき、彼女を見下ろして続ける。
「病気かもしれないわ。お医者様に診てもらったらどう?」
「ええっ⁉」
ソレイユは目を見開いて、私を見上げた。
「今はまだ姉だからね。一応、言ってみただけよ」
バレないとは思うが、勘ぐられても困る。
「レイハート公爵代理、もういいだろう。行くよ」
「承知いたしました。お待たせして申し訳ございません」
イライアス殿下に促され、私はソレイユに背を向けた。
「何が姉よ⁉ 本当に優しい姉なら縁を切ったりしないわ! こんなに冷たい人の妹になんかなりたくなかった!」
ソレイユは私を貶めたいようで、被害者ぶったまま叫んだ。
「お姉様の言う通り、絶縁状にサインするわ! だけど、お父様が守ろうとしたレイハート公爵家は絶対に守ってみせるんだから!」
サインしてくれるのならそれでいい。魔法使いだった祖先の血や家督を守りたいだけで、父の遺志は私にとってどうでもいいのだ。
「ありがとう。さようなら、ソレイユ」
笑顔で応えて歩き出した私だったが、ルピがソレイユのほうへ飛んでいくことが気になり、足を止める。
振り返って確認すると、ルピはソレイユの顔の前に行くと、お尻を彼女の鼻に向けた。その瞬間、ぷぅという可愛らしい音が聞こえた。
「うっ! な、なんか臭いわ!」
ソレイユは、額を押さえていた手を鼻に移動させて、勢いよく立ち上がった。臭いの理由がわかる私たちは笑いをこらえるのは必死だ。使い魔が見えていないミティ様たちは、目をキョトンとさせて、ソレイユを見つめていた。
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一人で怒っているソレイユをメイドに任せ、私たちは庭園の中にあるガゼボへ移動した。
そんな所で話をしたら、兵士に聞かれてしまうのではないかと思ったが、ミティ様がいるため、当たり障りのない話をするのでしょう。
城の中庭は庭師によって手入れされ、花が終われば、新たなものに植え替えられる。今は、赤や紫や白など色とりどりの小花が地を這うように咲き誇っていて、見ているだけで心が癒された。
中庭の規模は、レイハート公爵家とそう変わりなく、歩けば三十分ほどでまわれるような大きさだ。その分、裏庭は大きく、草原や池まであるらしい。
今は使われていないが、側妃用の邸もいくつかあるそうで、そこからは池が一望できると聞いている。
今日はとても天気が良く、空には雲一つない。裏庭を散策させていただきたいところだが、そんなあつかましいことを頼めるわけがない。
ガゼボに入ると、メイドが白いティーテーブルの上にお茶やお菓子を用意してくれた。メイドが去っていくのを見届けた、ミティ様が微笑みながら口を開いた。
「イライアス様とソラリア様の仲が良かったなんて知りませんでしたわ」
「ちょっと色々とあってね」
イライアス殿下が苦笑すると、ミティ様は眉尻を下げて話題を変える。
「ソレイユ様は私と話がしたいようでしたが、何か理由があるのでしょうか」
「ソレイユはリットに呼ばれたと言っていたよな?」
ミティ様の右手を優しく握り、ラックス殿下が尋ねた。
「はい。まさか……」
口を両手で押さえ、ミティ様は目を見開いた。
私にはどういうことかさっぱりわからない。
確認してもいいものか迷っていると、イライアス殿下が説明してくれる。
「リット兄さんは魔法使いを容認しようとする人間を嫌っている。母上も同じで、魔法使いは死ぬべきだと考えているんだ」
「……それはミティ様と接触したい理由にならないのではないでしょうか」
小声で質問すると、イライアス殿下は眉根を寄せた。
「ごめん。自分で話しておいてなんだけど、話が長くなるから、今はその質問に答えられない」
ミティ様がいるから話せないということだろうか。どんな話題を上げればいいのか。考えている間に、ミティ様がラックス殿下に尋ねる。
「ソレイユ様が私に接触しようとしていたのは、リット様の命令でしょうか」
「その可能性はあるな」
ラックス殿下がうなずいた時、城のほうから声が聞こえた。
「兄上、イライアス! 僕も話に混ぜてくれませんかねぇ」
姿を現したのは、今の私にとって一番何を考えているのか気になる人物、リット殿下だった。




