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幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?  作者: 小平ニコ


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第9話(ジョセフ視点)

 どんな理屈だ。

 わがままな子供だって、もう少し慎み深い。


 しかし、『あんたにくっついてる私』か。


 ふふ。


 こいつ、一応、自分が僕に『寄生』してるって自覚はあるんだな。


 なんだかおかしくて、ちょっと笑う。


 そんな僕の笑いが不愉快だったのか、パメラはムッとした様子で語り続ける。


「……なに笑ってんのよ。馬鹿にされてるみたいで、イラつくわね。ちっ、だいたい、もとはと言えば、あんたの父親が、うちのパパにふざけた投資話を持ってきたせいで、うちは駄目になっちゃったんだからね。そこんとこ、ちゃんと分かってる? 責任、感じてる? あんたには一生、私の面倒を見てもらわなきゃ困るのよ」


 あああああ。


 また始まった。


 言われなくても、分かってるよ。


 責任も、感じてるよ。


 お前が、こんなおぞましい『寄生虫』になってしまったのは、僕の家と、お前を甘やかし続けてきた僕自身にも、大きな責任がある。……だって、小さなころのお前は、今よりずっと素直で、優しかったからね。


「ねえジョセフ、聞いてる? 聞いてるの? ほら、耳塞ぐんじゃないわよ。ちゃんと聞きなさいよ。ねえ、ねえ、ねえってば。ほら、聞こえないふりしてんじゃないわよ!」


 もう勘弁してくれ。

 もう勘弁してくれ。

 もう勘弁してくれ。


 頭を抱え、僕はテーブルに顔を伏せる。


 その時だった。

 今までずっと黙っていた母上が、突然叫び出した。


「こんの寄生虫がああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 調子に乗ってんじゃねえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 それはまさに、家屋全体を揺らすような、魂の叫びだった。


 普段物静かな母上の絶叫に、僕は驚いたが、パメラはもっと驚いたらしい。彼女は床に尻もちをつき、目は見開かれたままで、口は開いたり閉じたり、まるで金魚のようである。


 母上は、鬼のごとき――いや、鬼以上の凄まじい形相でパメラを睨みつけ、怒鳴り続ける。


「いつまでも過ぎたことをぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちと!!!! なんなんだよてめぇはよおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!! 何度も謝ってるだろうがあああああぁぁぁぁ!!!! だいたい、投資は自己責任でしょおおおぉぉ!?!? なんでもかんでも人のせいにしてんじゃねえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 凄い。

 本当に凄い。


 比喩ではなく、実際に家が揺れている。


 普段大人しい人ほど、キレた時は恐ろしい。テーブルナイフを握り締め、ゆらりと立ち上がった今の母上を見たら、伝説の勇者でも逃げ出すだろう。


 そして母上は、ナイフを振り上げ、パメラに襲い掛かろうとした。

 僕は大慌てで、後ろから母上を羽交い絞めにし、パメラに叫ぶ。


「パメラ、逃げろ! 母上は本気だ! 殺されるぞ!」


「あ……ぅ……ぁ……うぅ……っ」


 パメラはあまりのショックで固まったまま、なんとか呻き声を絞りだすだけで、動くことができないようだった。……料理の香りに混ざって、わずかだが、尿の臭いが漂ってくる。どうやらパメラは、凄まじい恐怖で、漏らしてしまったらしい。


 僕の腕の中で、母上は激しく暴れながら、絶叫する。


「放せえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! この寄生虫、潰す、潰す、潰して、切り刻んで、ぐっちゃぐちゃにしてやるううううううううううううぅぅぅぅぅ!!!!」


 うおおおおお。

 とんでもない怪力だ。


 これが、やせ細った中年女性の力だなんて、信じられない。

 もう、三十秒だって押さえてはいられないぞ。


 僕は、必死の形相でパメラに言う。


「何してる! 早く行け、パメラ! そして、二度と戻って来るな! たぶん母上は、お前の顔を見たら、もう無条件で殺しにかかるぞ!」


 パメラはかすかに首を上下させ、そして、這う這うの体で家から出て行った。……数分後、パメラの姿が見えなくなったことで落ち着いたのか、母上は、いつもの物静かな姿に戻った。


 僕は外に出て、周囲の様子を伺う。


 パメラは、どこにもいない。……それも当然か。これほど恐ろしい目に遭ったのだ。恐らく、二度と戻ってくることはないだろう。


 ほっ。


 ……なんだ? 今の?


 僕の胸から、『ほっ』と音がした。


 ……そうか。


 僕は、ほっとしているのだ。

 僕の人生から、パメラという重たい石がなくなったことを。


 先程、『二度と戻って来るな!』と言ったのは、パメラを守るためであり、母上を殺人犯にさせないためでもあったが、それ以上に、『自分のため』に言ったに違いない。


 ふふ。

 ふふふ。

 ふふふふ……


 なんて、身勝手で、浅ましい……


 つい先程、僕は思った。


『フェリシティアの新しい婚約者である、高潔で誠実なリカルドのように、僕も、人として正しく生きてみたい』と。


『同じ男として、僕も、彼のように素晴らしい人間でありたい』と。


『ただの炭鉱夫に過ぎない今の僕にできる『人として正しいおこない』は、最後までパメラの面倒を見てやることだ』と。


 ……結局僕は、最後までパメラの面倒を見ることを、放棄したのだ。僕の決意や誠実さなど、しょせん、その程度の意思に過ぎなかったということだ。


 いや、そもそも僕には、誠実さなどなかったのかもしれない。だって僕は、心のどこかで、母上が我慢しきれなくなる日を待っていた。……母上が激怒し、パメラを殺そうとすれば、それを言い訳にして、パメラを追い出すことができるから。


 ……僕は、なんて駄目な男だろう。

 みじめで、みじめで、たまらない。

 結局、何もかも、中途半端。


 少なくとも、法を順守する精神はあるので、悪人ではないと思うが、善人と言えるほどでもない。


 パメラの面倒をずっと見てきたので、まったくの不誠実とまでは言えないと思うが、最後は放り出してしまったので、誠実でもない。


 あのフェリシティアが、一度は好きになってくれたのだから、男としての魅力がないわけではないとも思うが、最終的には彼女を怒らせ、関係は破綻したので、どう考えても、魅力的な男ではない。


 中途半端。

 中途半端。

 中途半端。


 何もかも、中途半端で、みじめな男。


 それが僕だ。


 そんな僕が、リカルドのような素晴らしい人間になりたいだなんて、おこがましい願いだったんだな。……もう、自分以外の誰かのようになりたいだなんて、思うのはやめよう。中途半端な僕は、中途半端なりに頑張って、中途半端な人生を、一生懸命生きることにしよう。


 少なくとも、僕の体にのしかかっていた、パメラという重石はなくなったのだ。

 明日からは、ちょっとばかしマシな毎日が始まるはずだ。


 その時、先程の騒ぎに驚いた近隣の人々が、ざわざわと集まって来た。僕はその全員に、丁寧に頭を下げ、「お騒がせして、申し訳ありませんでした」と謝罪した。


 ……自分で言うのもなんだが、元貴族とは思えないほど、腰の低い態度だった。もはや、傷つくような自尊心もなく、僕は心の底から申し訳ないという気持ちで、皆に頭を下げた。だから皆も、僕を責めるどころか、「お袋さんが不安定で、あんたも大変だな」と、同情の眼差しを向けてくれた。


 僕は、見事なほどに、平民の暮らしに溶け込んでいた。……こんな、駄目男の僕でも、貴族としての無駄なプライドを捨て、平民としての生活に順応できたことだけは、大したものなのかもしれない。


 そうさ。


 中途半端で惨めな、駄目男。

 ……だけど、駄目なりに、今を受け入れて生きようとしている男。


 それが、僕なんだ。


 さあ、明日から、また頑張ろう。

 駄目男として、駄目な人生を、必死に生き抜こう。


 パメラがいなくなっても、母上の精神が昔みたいに安定するかは分からないし、精神科に通院させた方がいいかもしれない。そのためのお金を稼ぐには、鉱山で、人の倍は働かなきゃな。


 ああ、想像しただけで、大変だ。


 明日も鉱山で、作業の親方に、どやされるんだろうなあ。

 あの人、貴族が嫌いだから、元貴族の僕を、目のかたきにしてるんだよな。


 はぁ……本当に、大変だ。


 でも、それが僕の人生だ。


 現実逃避はしない。

 すべて、受け入れる。


 僕は、何気なく、夜空を眺めた。


 雲だらけで、暗い夜だったが、雲の切れ間から、ほんの少しだけ、月明かりが差し込んでいた。

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― 新着の感想 ―
パメラと言う最大のストレス源が居なくなったから母親の精神も安定して、刺繍の内職とか出来るようになれば良いけど。
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