第10話(パメラ視点)
くそっ。
くそっ。
くそっ。
なんなのよ、あのババアっ。
いつも、カビの生えた置物みたいに黙りこくってるから、『こいつは適当に無視しとけばいい』って思ってたのに、いきなりぶちキレやがって。ふざけんじゃないわよっ。
女としての盛りを過ぎて、もう生きてる価値もない、干物同然のババアっ。
死ね、死ね、死ねっ! とっとと死んじまえっ!
私は、思いつく限りの呪いの言葉を吐きながら、歩き続ける。
……そう、私は今、当てもなく、夜の街を歩いている。
それも、裸足でだ。
ほとんどパニックの状態で、逃げるようにジョセフの家を出たので、いつの間にか、履いていたはずの靴が、脱げてしまったらしい。
ああ、くそっ。
これまでの人生で、裸足で路地を歩いたことなんてなかったけど、靴を履いてないと、こんなに足が痛くなるのね。くそっ、くそっ、くそっ。
それに、下着が濡れてて、気持ち悪いっ。
何もかも、あのババアのせいだ。
だいたい、ジョセフも、ババアを羽交い絞めにするのが遅いのよっ。
とっとと止めてくれていれば、私がこんなに目にあうことはなかったはずよ。
本っ当に、子供の頃からノロマなんだから。
ノロマノロマノロマ……ウスノロジョセフっ。
……それにしても、さっきの、あのババアの目。
思い出すだけで、寒気がする。
脅しなんかじゃない。
あいつ、本気で私を殺す気だった。
他人に、あれほど強烈な殺意を向けられたのは、生まれて初めてだ。お芝居や、物語の中でよく出てくる、『殺してやる』なんて言葉とは、根本的に違う迫力。まるで、空気を振動させるようにして伝わってきた、憎悪の意思。……何故、『殺気』などという言葉が存在するか、私はなんとなく、理解した。
……帰りたい。
帰って、気分なおしにもう一度ワインを飲んで、寝てしまいたい。
でも、帰れない。
ジョセフの言っていた通り、あのババアは、私の顔を見た途端、全自動殺戮機械のように襲い掛かって来るだろう。あのババアの凄まじい殺気にさらされた私には、確信がある。
……はぁ。
とりあえず、今夜、泊まる場所を探さなくちゃ。
今後の生活費は、ババアがいないときにジョセフにたかればいいとして、今日のところは、適当な宿を見つけて、そこで眠るとしましょうか。
そんなことを思っていると、ちょうど、安宿が立ち並ぶ路地に入った。……どの宿も、大同小異の、みすぼらしい建物だ。これならジョセフの家の方がよっぽどマシである。
でも、裸足で歩き続けるのにも疲れたし、泊まれるのならもう、どこでもいいわ。
私は、比較的綺麗な宿を、今夜の宿泊場所に定め、表の看板に書いてある宿泊料を見た。
「……なによ、あばら家みたいなショボい宿のくせに、けっこうお金を取るのね」
一人、そう愚痴をこぼし、財布の中身を確認する。
……げっ、嘘でしょ。
ちょっと足りないじゃない。
なんで?
今日は、ギャンブルで大勝ちしたっていうのに。
ああ、そうか。
勝ち分のほとんどを、指輪を買うのに使っちゃったから、現金はあんまり残ってないんだった。
はぁ……どうしよう。
こうなったら、野宿するしかないのかしら?
いやよ。
そんなのいやいや。
汚らしい浮浪者みたいに外で眠るなんて、絶対にいや。
じゃあ、この指輪を売って、現金に換える?
いやよ。
そんなのいやいや。
こっちの足元を見て、安く買いたたかれるに決まってるし、何より、今日手に入れたばかりの、お気に入りの指輪なんだから、売るなんて絶対にいや。
そこで私は、閃いた。
そうよ。
この指輪を手に入れた時みたいに、ギャンブルでお金を増やせばいいんだわ。
私ってば、あったまいい~。
もう深夜だけど、あの闇カジノなら、こんな時間でもやってるだろうし、善は急げだわ。すぐに手持ちのお金を十倍にして、良い宿に泊まりましょう。
・
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負けた。
一番自信のあった、賭けボクシング。
私が勝つと予想したボクサーは、たったの1ラウンドでノックアウトされ、あっけなく試合は終わった。
ちょっと。
ふざけんじゃないわよ。
なに勝手に負けてんのよ
なに寝てんのよ。
立ちなさいよ。
あんたみたいな、体力くらいしか取り柄のないクズ、私のために戦わなきゃ、生きてる価値なんてないのよ。
ほら、立ちなさいよ。
立てよ!
クズ男! 立って、死ぬまで戦いなさいよ! 私のために!
……そんな私の願いも虚しく、気を失っているボクサーは担架で運ばれていき、新しい賭博対象である、次の試合が粛々と始まった。
ああっ。
くそっ。
これで、完全に一文無しだわっ!
どうするのよ、これからっ!
怒り、地団太を踏む私の後ろに、いつの間にか、男がいた。
大きい。
190cmを軽く超えている。
並外れた巨体というやつは、自然と人を委縮させる効果がある。
私は、少し身を竦ませ、男に問いかけた。
「な、なんですか? 私に、何か用?」
男は、ニコリと微笑んだ。
意外にも、柔和な表情だった。
男は、静かに言う。
「お嬢さん、あなた、今の試合に賭け、そして負けてしまったようですが、ちゃんと『負け分』を払えますか?」




