ライブハウスの彼女(2023.5.12)
ライブハウスの照明がお気楽なバーから、暗く冷たい海の底へと突き落とされる。
地を這う呪詛のようなBGMが流れ出し、直前まで談笑していた観客は皆、口を閉ざした。声を抜き取られたと言った方が正しいだろうか。私もまた、声を抜かれた者の一人だった。
私たちの視線は舞台の下手側から現れたドラマーに、ベーシストに、ギタリストに注がれた。彼らは一様に皆、顔がほとんど見えないフードつきの黒衣を着ている。だが最後に登場したボーカリストだけは、観音菩薩像を思わせる白い衣装を着ていた。白いヴェールがボーカリスト自身の手によって剥ぎ取られたときのことだ。
この世のものとは思えない絶叫が響き渡った。
そのまま演奏が開始され、一曲目に突入する。観客たちは我に返ったように暴れ出し、拳を上げ、ヘッドバンギングをした。だが私は、その観客たちの最後列で、呆然と舞台を眺めていた。
舞台上のボーカリストは、私の友達だった。
いや、友達の、はずだった。
どうしてそんなに悲しそうに歌うの? どうしてそんなに禍々しい声が出せるの? 「貴女に、ライブに来てほしいんだ」とはにかみながら言った彼女の知らなかった一面を知ってしまった私は、思った。何かの一線を越えてしまったと。私の頭の中で何かがぷつりと切れる音がする。
私は叫び声を上げながら、観客たちの渦の中に突入していった。そのまま強引に最前列までたどり着き、彼女の目の前で拳を振り上げる。
彼女と目が合った。
ほんの一瞬、彼女は微笑んだ。
そのときの彼女は、確かに私が知っている彼女だった。