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火花の夜に  作者: ミズノ
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 木々の隙間から差し込んた一筋の光が地面を照らしている。眠たげなフクロウの鳴き声が、夜を満たすように深く響いた。

 後方の草むらが揺れた。顔を出したのは小池さんだ。草むらから足を引っこ抜く。左右を見回すついでに、頭にくっついた葉っぱを振り払った。

「道、わかる?」

 マップを開く。現在位置の表示はふらつきながらも、僕らの歩みにあわせてゆっくり動いている。道に迷うことはなさそうだ。

 近くの草むらが揺れた。小池さんは声を上げ、びくりと肩を震わせた。だるまのような形をした大きな鳥が飛び出し、木々の間を飛んでいった。小池さんは、泣き出しそうに顔を歪めた。自分の不安を込めるみたいに僕のシャツの裾を掴んだ。

「慣れた場所じゃなかったの?」

「こんなよくわからないところまで来たことないよ」

 小池さんの手が震えている。その不安は波みたいに僕まで伝わってきた。

「ヒロトが、射撃で死ぬほどたくさんお菓子を撃ち落としたんだ」

「なんか意外」

「僕も驚いたけど」

 不安がやってきたら、過ぎ去るまで待つしかない。歩きながらリュックを漁り、適当なスナック菓子を取り出して小池さんに押し付けた。もしかしたら不味いものかもしれない。

「これ意外とおいしい」

 と小池さんは言った。

 枯れた太い木が地面に横たわっていたのを見つけて、そこに腰掛けた。時計を見ると、今は十時半を過ぎている。開花の時刻まで後三十分だ。

「小池さんの叔父さんっていうのは、どんな人だったの」

「変わった人だったかな。常識はずれというか」

 僕はケイ兄を連想していた。

「さっきの人、誰?」

「ミツヤの兄貴」

「あの人の言ってること、私は本当だと思う」

 小池さんはお菓子の袋をくしゃくしゃに丸めてポケットに入れた。

「死ぬかもしれないって?」

「そう。私の叔父さんは、火花を見に行っていなくなった」

 それがどういう意味なのか、僕にはわからなかった。

「あのトンネルを通って毎年に見に行ってた。火花の咲いてるところ見たことないよね? 山の麓からじゃなくて間近で。凄いよ。巨大な光の柱が、一気に空に向かって登っていくの」

「小池さんと池谷は無事じゃないか」

「叔父さんは火花に飲み込まれていなくなった。どこに行ったのか私にもわからない。ミツヤくんのお兄さんが言ってることは、半分は本当、だけど半分はわからない。見に行くだけなら大丈夫。だけど、絶対に火花には近づかないほうがいいと思う」

「小池さんと池谷は、何をしに来たんだ」

「三人と一緒だよ。仲の良かった人が、そこにいないか最後に一度だけ見に行こうと思ったんだ」

 小池さんは立ち上がってお尻を払った。

「休んだら大丈夫な気がしてきたよ」

 小池さんはどんどん先に進む、時折僕を振り返って急かすくらいだった。火花の場所まで、距離はどれくらいあるだろう。開花には間に合うだろうか。マコトの言っていた何かが、本当にそこでわかるんだろうか。

「皆大丈夫かな」

「火花が上がれば集まって来るよ。一番乗りしよう」

 道らしい道は見えない。僕らは東の方角に向かって進んでいた。

「あの道を知ってるのは、池谷と小池さんだけなの?」

「そう思ってたけど、違ったみたい」

「ケイ兄には得体のしれないところがあるから」

「叔父さんもそうだった」

 なんの意味もないと頭でわかっていても、自分のうちにある何かがそれを強烈に必要としていることがある。

 神様なんて存在しない。だからお賽銭箱に十円を投げ込んで無病息災を祈るなんて無意味だ。絵馬に合格祈願を書いたところで試験の点数が上がったりはしない。正しい。でも、その願いを叶えてくれる何かにすがりたいという理不尽な思いが、僕らを宛のない祈りに導く。

「でも自分のことは大切にしたほうがいいよ。マコトちゃんだっけ、その子もきっと怒ると思う」

 自分だったらそうかも、と思う。もしも自分が命を失って神様の視点を手に入れたとしたら、地上で深刻に死について語っている人たちを見てのんきなやつらだと感じる気がする。

 どこかから足音が聞こえた。立ち止まり、耳を澄ませる。葉擦れの音を立てないようにゆっくりと歩く。木々の向こうに、切り開かれた平らな道を見つけた。と、小池さんに引き止められた。

「見つかるから」

 風にのってわずかに聞こえてくるのは誰かの話し声だ。

「もうすぐ?」

「だと思う」

 道を見失わないように歩く。

「ヒロトくんと仲いいの?」

 小池さんは唐突に切り出した。

「仲は、良かったかな」

「何その言い方。良くないってこと?」

「悪くなったと思ってたけど、思い込みだったのかも」

「悪いと思ってたほうが良かったかもよ」

 僕は思わず笑ってしまった。けれど小池さんは表情を変えない。冗談だと思っていたのは僕だけだったみたいだ。

「悪いままが良いことなんてないだろ」

「別れる時にしても悲しくないじゃない」

「それは悲しいより悪いことなんだよ」

 暗闇に目が慣れてきたお陰で、表情がわかる。目と口をぽかんと開けていた。

「前向き」

 その表情は「意外すぎる」という語尾を小池さんの言葉に補った。

「悪かったな」

「いい意味だよ」

「意外と後ろ向きなんだな」

 受けた刀をそのまま振り払ってみる。小池さんは口の端を歪めた。楽しそうな笑みだった。

「私たち似てるね」

 僕は苦手だったけど、なんとなくヒロトが彼女に告白してしまった理由がわかった気がした。

「ヒロトはいい奴だよ」

 自分でも凄く意外だった。つい数日前までは、僕は少しだけヒロトのことが苦手とさえ思っていたはずなのに。

「小学校の時は、皆から馬鹿にされてた。僕とミツヤでいつもかばってたくらいだ。でも、いつのまにか全然違う奴になってた。友達もたくさんいるし、部活だって楽しそうだし」

「じゃあきっといい人だ」

「まだ最後まで説明してないんだけど」

「つらい思いをして強くなった人は絶対にいい人だよ」

 僕は足を止めた。木々の隙間から明かりが見えたからだ。懐中電灯や電子機器の明かりとは違う。木の隙間から顔を出したそれは、宙に浮かぶ淡い光の球だった。

 炎を丸く整形して宙に浮かべたみたいなみたいな不思議な明かりだった。大きさはバスケットボールくらい。怖いとは感じなかった。ごく自然に、この場所にあって当然のもののようにそ浮かんでた。

 まるで意思を持っているみたいにまっすぐとどこかに向けて進んでいく。

「これが火花だよ」

 小池さんの声は、暗闇の奥深くから響いてくるみたいだ。僕は返事ができなかった。小池さんは躊躇なく光の後を追っていく。僕も置いていかれないように隣に並ぶ。ふと後ろを振り向くと。森のあちこちから、同じ光の玉が現れてくるのに気がついた。

「あれも全部同じ?」

「そう」

 小池さんは平然としている。暗闇の中に次々と現れる光は数を増す。やがてその光の群れに飲み込まれてしまいそうだ。

「触ったらどうなる?」

「止めたほうがいいと思うよ」

 しばらく歩くと、木々が途切れて広場になっていた。人影は見えない。広場の真ん中には、背の高い茎と葉っが風に揺れている。

 僕らは目的にたどり着いた。

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