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火花の夜に  作者: ミズノ
17/22

17

 ミツヤは肩から力を抜き、息を吐いた。

「見に行ってみるか。今更だけど」

「見張りがいるんだろ。お前とマコトは、どうやってあそこを通るつもりだったんだ」

「マコトは、爆竹で見張りをひきつけてその隙に突破しようとしてた」

「馬鹿か」

「子どもが考えることなんてそんなもんだろ。行けばなんとかなると思ってたんだ」

 僕らは道路から外れて林の中を歩いた。ヒロトがライトで道の先を照らす。林の中を歩くには少し心もとないけれど、三人で一斉にライトをつたら見張りに気づかれてしまいそうだ。

「何人いる?」

 先頭を歩くヒロトに、ミツヤが問いかけた。遠くの見える明かりの数を数える。

「ぱっと見て入り口に三人。遠くの方にも、見回りがいる」

「こっちに来たらまずいね」

「誰かに犠牲になってもらうしかないな」

「捕まったらどうなるんだろう」

「お前らは内申に響くと困るんじゃないか」

「いいんだよ内申なんて」

 ミツヤはいいかもしれないけれど、僕は困るかもしれない。

 開花の当日は、山への立ち入りは禁止されている。付近にはたくさんの見張りの人が配置される。それは学校の先生だったり、知り合いの親だったり、町の大人が交代で勤めているらしい。

 夏休みに入る前、先生は悪いことをするなと言うけれど、火花の話はしない。僕らは特別な関心を抱くことなく、食事の前に自然と手を合わせてしまうみたいに、火花の咲く山へ近づくことを避けていた。

 けれどマコトは違った。僕らがなんとなく常識だと思っていたところに、ぷすりと小さな穴を開けて去っていった。マコトが今僕らと一緒にいないのは、そのせいなのかもしれない。

 入り口の様子がよく見えるところまで近づく。ライトを消し、暗闇の中から目を凝らす。参道の入口には大きな鳥居が立っていて、左右には懐中電灯を持った大人が二人立っている こんなに近くにある場所なのに、来たのは今日が始めてだ。

 ミツヤは声を潜めた。

「あそこから登れば、中腹まではすぐだ」

 ミツヤはスマホを取り出した。明るさを落として、ヒロトの方に画面を向ける。火花の写真だ。青白い光に照らされたヒロトの表情は奇妙に歪んだ。

 広場を移した写真だった。山の中腹にある火花の群生。僕が郷土史料して見たものと同じだけれど、こちらのほうが新しい。

「首が取れてるみたいで不気味だな」

「ただの植物だと当時の俺は考えたわけだ」

「今は?」

「何もわからん」

 木の陰から様子を見る。見張りがいなくなる様子はない。

「見張りの目をかいくぐって……ていうのは難しそうだね」

「おとりをやるなら俺が一番いいだろうな。お前らじゃすぐ捕まりそうだ」

 ヒロトが腰を浮かしたのを、ミツヤはシャツの裾を引っ張ってしゃがませた。

「警戒されるだけだ。ちゃんと考えたほうが良い」

「真面目なのか不真面目なのかわからん」

「悪いことするならちゃんと真面目にやろうぜ」

 遠くに見えた懐中電灯の明かりが、あちら、こちらと動き、僕らの方を向いた。思わず声をあげそうになるのを抑えた。

「気づかれた?」

「まだ遠くにいるだろ。大丈夫だって」

 明かりは再び他の方を向いた。

「取りに行ったんだろ?」

「普段は見張りがいない。その時のことは参考にならない」

「先に山に登って、待っておくべきだったな。なんか無いのかよ。頭の使い所だぞ」

「その時は真面目に考えてなかったんだ」

 がさ、と後ろの草木が大きく揺れた。僕らの背丈くらいのところから、細長い動物の顔が現れた。鹿だ。僕らに気がつくと、怯えたような鳴き声を発して、再び草木の中に身を隠した。

 僕らに気づかなかった懐中電灯の明かりが、こっちに戻ってくる。

「こっちに来るぞ」

 僕らは茂みの中に潜り込んだ。

「誰かいるのか?」

 太い声が叫ぶ。

 背中を押され、バランスを崩しながら駆け出した。暗闇の中を手探りで走る。頭上は背の高い木で覆われていて、周りの様子がよく見えない。硬い木や葉っぱが顔や手足に当たって痛い。木の幹に腕を当てたかと思うよ、柔らかい地面に足を取られる。

 荒い呼吸音と必死な足音が暗闇に吸い込まれていく。どれくらい走っただろう。ふいに頭上を覆う木々が薄くなり、隙間から注ぎ込んだ月明かりがあたりを照らし始めた。

「振り切った?」

 後方を眺めたけれど、懐中電灯の明かりはもう見えない。僕の声に二人が止まる。ミツヤは額の汗を拭った。頬に土の汚れが残っている。

「正面突破は無理だな」

 僕らはしばらく、呼吸を整えながらその場に立っていた。

「なんで鹿なんだよ」

 ヒロトは怒りの矛先をどこに向けていいかわからなくなっているらしい。

 森の中の開けた場所に出ると、建物の影が見えた。裏側からぐるりと回って正面に出る。石畳と鳥居だ。汚れておらず、きちん掃除されているようだ。僕らが見つけたのは小さな神社だった。

「願掛けしてくか?」

 ミツヤが適当なことを口走るのをヒロトは相手にしなかった。石段に座り、考え込むように頬を手で支えた。ミツヤの軽口は無視するのが一番いいという結論に至ったらしい。

「どうするよ」

 僕にもあてはなかった。けれど、何もしないままでいるわけには行かないと思った。

「他の入り口がないか探してみるか。山の周りをぐるっと回って」

 ミツヤは、一足とびに階段を上った。ことん、と、お賽銭箱の中に小銭の転がる軽快な音が響く。ぱん、二回拍手をしてから手を合わせた。

「お前が神様に祈るなんて意外だな」

「神様なんて信じてないんだけどな」

 ミツヤは合掌したままそういった。

「じゃあ何やってんだ」

「合掌」

「見ればわかる」

 はあ、とヒロトは聞こえよがしに大きなため息をついた。

「神社にお祈りをしたところで、神様が叶えてくれるわけじゃないだろ」

「俺もそう思ってる」

「なんでお祈りなんだ」

「神社は人の願いを叶えてくれないが、ただ、心理学的な安定を与えてくれるんだよ。俺たちはずっとそう教育をされてきている」

「お前が何を言ってるのか俺にはさっぱりわからないよ」

「ちょっとした気分転換だよ。大丈夫だって。俺は、子供の頃から神様とかサンタクロースを信じるほど素直じゃなかった。これを機会に嫌でも信じることになるかもしれないけどな」

 ヒロトは神社の周りをぶらぶらと歩き始めた。森を抜けてきた風が涼しい。火花への道は閉ざされたままで、このままたどり着けないかもしれない。そうだったとしても、今日この場所に来たことを僕は後悔しないだろう。

「兄貴なら何か知ってるかもな」

 ミツヤが電話をかけ始めた。相手を待ちながら話を続ける。

 僕はリュックの中を探してみたけれど、役に立たない道具や屋台で撃ち落とした景品くらいしか見つからない。本当に誰かを生贄にして正面突破するしかないかもしれない。それだって、うまくいく保証は全くない。

 と、ヒロトが鳥居の近くで歩みを止めた。

「なんだよ」

 ミツヤは電話を耳に当てたままでずっと待っている。ケイ兄は電話にもあまり出てくれないらしい。

「誰か来てる」

 鳥居の向こうから、草木をかき分けてくるかすかな音がした。風の音と聞き間違えるくらいの小さな気配だったけれど、その直感はすぐに確信に変わった。遠くに黄色い明かりが見えた。

 ミツヤは電話を切った。広場には身を隠す場所がない。ヒロトに背中を押され、そのまま建物の床下に押し込まれた。石段のすぐ裏側だ。

 舞い上がった砂埃を吸い込んだせいで咳き込みそうになる。

「全員で同じとこに隠れてどうするんだ」

 ミツヤは潜めた声でヒロトを罵倒した。

「ここ以外なかったんだよ」

 足音が近づいてくるのがわかる。

「こんな時間に参拝なんて縁起が悪いな」

 ミツヤはのんきにもそんなことを呟き、ヒロトに脇腹をつつかれていた。その誰かは、石畳を歩いてこっちに近づいてくる。足音は二つだ。

 二つの足音が階段を登っていく。僕らにはまだ気がついていない。

「ねえ」

 床越しに声が聞こえた。高い声色は女性のものだ。耳を澄ませる。何かを話しているようだけれど、よく聞こえない。

 しばらくすると、再び石畳を叩く音が聞こえた。石段を降りていく。

「もう行ったかな?」

「リュック」

 ヒロトが囁いた。

「え?」

「リュックはどうした?」

 僕らは身の回りを探した。ヒロトのリュックがない。

「外に置きっぱなしだ」

 ざっ、と、階段のそばでの砂地のこすれる音がした。参拝を終えた人物が立ち止まって、何かを拾い上げたのだとわかった。おそらく僕らが置きっぱなしにしたリュックだ。

 息を殺す。嫌な汗が背中から吹き出してくる。このまま飛び出して逃げてしまったほうがいいのかもしれない。ここにいても見つかるだけだ。頭ではそうわかっていても、なぜか体は動いてくれない。

 目の前が真っ白になった。ライトの明かりだった。

「何してるんだ?」

 聞き覚えのある声だ。緊張から一転して、僕は笑い出しそうになっていた。

「池谷こそ」

 床から這い出す。真正面から光を浴びたせいで目の前がちかちかする。その人物を目で見て確認するのには、ちょっとだけ時間がかかった。

「こんな簡単に見つかったら探しがいがないな」

 池谷は皮肉っぽく笑うと、僕らが忘れていったリュックを持ち上げた。どうして池谷がここにいるんだろう。

「僕らを捕まえに来た?」

「お前らが何をやってても俺は構わないが、もっと静かにやってほしかったな」

「不可抗力だったんだよ。池谷こそ、なんでこんなところにいるんだよ」

「参拝」

「絶対嘘だろ」

「深い信仰を持ってるんだよ実は」

 池谷はつと目をそらした。と、その視線を追うと、木の陰からもう一人が姿を表した。小池さんだった。池谷は彼女をかばっていたらしい。彼らにとっては、僕らのほうこそ不審な人物だ。

「火花のところに行こうとしてたんでしょう」

 僕は頷いた。

「一緒に行こうよ」

「おい」

 池谷は小池さんの肩を強く引いた。

「さっきは手伝ってもらったし」

「その借りはもう返した」

「じゃあ恩を売っておこう」

 池谷は何かを言いかけたけれど、説得するための言葉を思いつかなかったみたいだ。池谷が押しに負けてしまうのは意外な感じだ。

「何笑ってんだよ」

 声には苛立ちと戸惑いが滲んでいる。池谷は大股で神社の建物に近づいていった。石段に足をかけたところでこちらを振り返った。

「何のためにここまで来たんだ?」

「ずっと見たがってた友達がいたんだ」

「誰だ」

「今はもういない」

 池谷はそれだけで何かわかったみたいだった。

「たぶん俺たちと一緒だな」

 小池さんが一足飛びに階段を駆け上がり、池谷の肩を強く叩いた。ばしん、といかにも痛そうな音がした。

「早くしてよ。人を試すみたいなことしてないで」

「うるせえ」

 池谷は引き戸を開けた。靴を履いたまま中に入っていくと、木製の床がきしんで不吉な音がした。小池さんは僕らを手で招いた。

 僕も神様の非存在に気がついているけれど、こういう建物を怖いと感じる。ミツヤの言うところな心理学的作用、というやつなのかもしれない。人々は存在しない何か信じるためにいろいろな物を作り上げる。

「あいつは何やってんだ?」

 ヒロトは不満げだ。

 がん、と建物が揺れた。池谷だ。床に足を振り下ろしている。その度にミシミシと不吉な音がする

 建物の中に足を踏み入れるのはなんとなくはばかられた。けれど池谷は、土足で上って床を足で何度も叩いている。

「いっつも場所を忘れちまうんだよな」

 池谷は聞いていない。叩くのを止めたかと思うと、その場にしゃがんで調べ始めた。

 どこから持ってきたのか、薄い金属板を手に持っている。羽目板の隙間に金属板を差し込むと、てこの要領で力をかけた。

 広がった隙間に手を突っ込んで持ち上げる。木の板は大きく傾いた。開いた口から、二枚の金属が床に置かれているのが見えた。それぞれの金属板に、取っ手らしい丸い輪っかがついている。

 扉だ。

 あっけに取られていたら反応が遅れた。池谷は木の板をどかそうとしたけれど、重さのために姿勢を崩した。あっと思った次の瞬間には、支えを失った木の板が中空でふらついた。

 太い腕が伸びてきて木の板を支えた。池谷の隣に、ヒロト大きな影が並ぶ。

「一人でやろうとすんなよ」

 池谷は、木の板を支えるので精一杯という振りをしていた。板をどけて床に下ろすと、無言のまま金属の板を調べ始めた。こちらは更に重そうだ。ヒロトは、池谷に先んじて取っ手を掴み、勢いよく引いた。

 ぎぎぎ、と金属がこすれて耳障りな音を立てる。鉄の扉の向こうには、地下に続く石の階段があった。

「神社の隠し穴なんてわくわくするな」

 ミツヤは楽しそうだ。実を言えば僕もそうだった。

「早く入ってこいよ」

 池谷は全員が建物に入ったのを確認して、入り口を閉めた。内側からは鍵を掛けられるようになっている。しっかりと南京錠が機能していることを確認すると、壁にかかっていた懐中電灯を点けた。

 懐中電灯の光が床を照らす。足元の暗闇が、口を大きく開けて僕らを待ち受けていた。

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