16
ヒロトの後を追った。お腹が重い。口から吸い込む空気は甘い味がする。気分が悪くなりそうだった。踏切の警笛が鳴り始めた。赤いライトの明滅と一緒に、耳障りな音が頭のなかで反響する。
何もない田舎の道だから、獲物を見失わないようにするには月の光さえあれば十分だった。距離はぐんぐん縮まる。とはいっても、その距離を縮めているのはヒロトだけだ。
揺れる視界の中で、暗闇を走る二人の影が交錯する。ヒロトの太い腕が肩を掴んでも、ミツヤは抵抗しなかった。
「お前らがいるなんて思わなかった」
その声は少しだけ震えていた。ヒロトは、どこか異様なミツヤの様子にたじろいでいた。
「何やってんだ」
さっきと反対方向から走ってきた電車が、轟音を立てて僕らの傍らを通り過ぎた
警笛が止まり、遮断器がゆっくりと上がる。電灯の明かりの下で、ミツヤの目が赤く腫れていることははっきりわかった。
ミツヤは、踏切を渡った向こう側を指で示した。
「あそこに何か見えるか?」
コンクリートが白い人工の光に照らされた寂しく光っている。その向こうには見えるのは田んぼと小さな畑、遠くに山の影。僕の目には何も見えなかった。
「俺には何も見えない」
「マコトがいたって言ったら信じるか?」
ヒロトが目を見開き、右手を振り上げる。僕はとっさにその肩を掴んだ。
「消えたんだ。電車が通り過ぎるのと一緒に」
死者と過去を思い出すことをヒロトは望んでいない。そんな冗談をヒロトは許せないだろう。
「なんだよ」
僕を振り返ったその顔は、怒っているというよりも、どこか悲しんでいるように見えた。
「ごめん」
肩から手を離す。地上を流れてきた暖かい風が僕らの間を吹き抜ける。ミツヤは笑っていなかった。
「ぶん殴られても今なら文句言わない」
「しねえよ、何度も見てる」
ミツヤが顔を上げた。口をへの字に曲げ、目を見開いている。僕もきっと、ミツヤと全く同じ表情をしているに違いない。ヒロトは何かを諦めたみたいにため息を吐いた。背中を丸めると、その大柄な体が急にひと回り縮んだように見えた.。
マコトの姿はどこにも見えなかった。僕らは誰からともなく、山の麓を目指して歩き始めていた。開けた土地に徐々に木や草が増え始めたかと思ったら、コンクリート舗装された道路に行き当たる。あまり車が走らない道だ。山肌がコンクリートで補強されていて、ここから登ることはできない。
「会場でマコトを見かけたんだ。マコトは火花を見に行こうとしているんだと思った」
ミツヤは肩の力が抜けたみたいだ。
「なんで何も言わずに戻ってきたんだ」
「お前らが信じるなんて思わないだろ」
僕とミツヤとヒロトは、それぞれ別の場所でマコトを見かけていた。ミツヤは夏祭りの会場で、ヒロトは学校の帰り道で。誰もが始めは気のせいだと思った。けれど何度も繰り返すうちに、何か意味があるかもしれないと考え始めた。
「もしマコトが何かを望んでいるなら、それをやらないといけないのは俺だったんだ」
「どうしてそうなるんだ」
ミツヤは口を開いて、少しだけためらった。
「マコトが死んだのは俺のせいなんだ」
「交通事故だっただろ」
犯人はまだ見つかっていない。目撃証言を募る看板は、風雨にさらされてぼろぼろになり、もう誰も見向きをしなくなった。僕らはそれ以来「秘密基地」には近づかなくなった。普段なら車なんて通らない道で、危ないと感じたことは一度もなかった。
「マコトと火花を見に行こうとしたんだ」
淡々と話をしながら歩き続ける。僕とヒロトにではなくて、自分自身に向かって話をしているように見える。
「秘密基地で待ち合わせをしてたんだ。そこで作戦を練ろうって。馬鹿だったからな、ろくに考えもしないで、家にあった役に立ちそうなものをかばんに詰めていったよ。爆竹とか、懐中電灯とか、方位磁針とか、非常食とか水なんかも。だけどマコトは来なかった」
ミツヤは目の前の暗闇を凝視している。そこにあの日に見落としたものをもう一度見つけようとしているみたいだ。
「もしもあの日、俺が火花を見に行こうなんて言い出さなかったらこんなことにはならなかった。最悪、怪我をしたマコトを見つけられていれば良かった。めちゃくちゃびっくりしたよ」
その日の朝、マコトは学校に来なかった。担任の先生は、マコトは体調不良で休みだと説明した。けれど、普通じゃない何かが起こっていることは明らかだった。お昼休みに僕は先生に呼び出され、昨夜の夜に何をしていたかを聞かれた。ミツヤもヒロトもそうだった。
ミツヤは苦しそうに話し続ける。
「事情を聞かれた時、俺は知らないと言った。マコトが何かやらかして怒られているんだと思ってたんだ。マコトが轢かれたってことがわかった後も俺はずっと黙ってた。怖かったんだ。俺の思いつきのせいで、マコトが死んだなんて信じたくなかった」
「お前の思いつきのせいじゃない」
「優しいじゃないか。泣きそうだよ」
ごんっ、と鈍い音が暗闇に響いた。
「いって……」
「本気で泣いてもらう必要がありそうだな」
ヒロトは一歩詰め寄った。かなりの体格差がある。ヒロトがその気になれば、首根っこを捕まえて宙に持ち上げたりできそうだ。
「悪かった、悪かったって」
「お前のしたことは間違ってない」
「でも、何もしないければマコト死ななかった」
「お前が何もしなかったら、俺が全員を連れて乗り込んでた。そうしたら、皆死んでたかもしれない」
ミツヤは口元を緩めた。
「馬鹿かよ。そんなことあるわけないだろ」
「お前が言ってるのはそれと同じことだ」
はあ、とミツヤは大きく息を吐いた。
「ヒロトに間違いを指摘される日が来るとは思わなかった」
ヒロトはもう一度、ミツヤの頭で鈍い打撃音を響かせた。
「今から行こう」
二人が僕の方を向いた。
「そのためにここまで来たんだろ」
道路の向こうに、懐中電灯の明かりが見えた。




