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火花の夜に  作者: ミズノ
12/22

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 扉を開けると土埃が舞い上がり、夕暮れの日差しを浴びて輝いた。ミツヤは顔の周りを手であおいだ。

「ひどいな」

 部屋の真ん中にあるテーブルにはホコリが溜まって、厚さを測れば過ぎた年月を推定できそうだ。

 窓を全開にすると、熱気を含んだ夏の風が吹き抜け、湿った室内の空気をさらっていく。差し込んできた日差しが黒板のレールに反射して眩しい。

「もう来ないと思ってた」

 壁にかかった黒板には、強く引っ掻いた一本の線が残っている。黒板消しでこすったくらいでは消えないだろう。それは皮膚に残った傷跡のようにも、ふと見上げた空にかかった流星のようにも見えた。

 ミツヤは手近に合った布切れでテーブルのホコリを払った。目が痛くなりそうだ。まずは椅子とテーブルに手を付ける。ミツヤは落ちない汚れをしつこく拭き続けている。

「水が欲しい」

「大掃除しに来たわけじゃないだろ」

「気になるんだ」

 小屋の中は汚れているけれど、昔だったら気にしなかったかも、と思う。知らないうちに僕らは汚れたものに過敏に反応するようになっていた。特にミツヤはその傾向が強い気がする。

 小屋の外に出る。小高い山の中腹から見下ろした町は模型みたいだ。水道も川も近くにない。

「仕方ない」

 ミツヤは布切れを放り出して椅子に座った。近くにあった引き出しに手をかける。中は空っぽだった。

「何か思い出したか」

 僕も部屋をぐるりと見回してみる。

「あの黒板を思いっきりチョークで引っ掻いたのは僕だった気がする」

「……何がきっかけになるかわからないからな」

 黒板を振り仰いだミツヤはくすりともしなかった。

「本当に来るのかな」

「来るだろ。あいつだって気にしてる」

「全然乗り気じゃないように見えたけど」

「人が何考えてるかなんて、見かけだけじゃわからんよ」

 ミツヤが言うと説得力がある。

 戸口に長い影が落ちると、ミツヤは得意げな顔をした。

「な?」

「何にやにやしてんだよ」

 野太い声が室内に響く。戸口から差し込んでくる赤い光を背に、大きな黒い影が戸口に現れた。大きな体躯は入り口をくぐるのが窮屈そうだ。

 ヒロトは小屋に入るや否や、強い目つきでミツヤを睨みつけた。

「何の用だ?」

「まあ座れよ」

 ミツヤは大げさな動作で椅子を勧めた。ふん、と鼻息を鳴らしてヒロトが座ると、古びた椅子が壊れそうにきしんだ。

 四つの椅子のうち三つが埋まった。黒板に向かい合う形でヒロトが、その左右に僕とミツヤが座る。

 変わってしまったものを数え始めたらキリがない。今はただ、やるべきことをやるだけだ。息を吸うと、空気中に舞ったホコリが口の中に入り込んで苦しい。思わず咳き込んでしまう。ミツヤとヒロトの顔には、どんな表情も浮かんでいない。

「覚えていることを教えてほしいんだ」

「何もない」

「最初から全部わかるなんて思ってない。何かのきっかけで思い出すことがあればいいんだ」

 ううん、と猛獣のような声を上げる。

「アイデアが出てこないなら鉛筆を転がしてもいいぜ。得意だろ?」

 ミツヤはカバンから鉛筆を取り出した。

「バカにすんなよ」

「してないね。俺だってわかんなくなった時はこいつで決めてる。どうにもならなくなったら、誰だって最後は鉛筆を転がしたり神に祈ったりするんだよ」

 鉛筆のそれぞれの面には数字が書かれている。テストで当てずっぽうをやる時のあれだ。からころと音を立てて転がった鉛筆は「一」の面で止まった。

「で、どうなるんだ」

 ミツヤは破顔した。

「転がしただけよ」

 ヒロトはため息を吐いた。

「調べるにも、思い出すにも、当てがないだろ」

「あるよ」

「どうするんだ」

「夏祭りに行こう」

「はあ? どうしてそうなるんだ」

「マコトが火花に興味を持った場所だから」

「俺だって知ってる」

「マコトと一番良く話をしてたのはヒロトだっただろ」

「だから覚えてないって言ってるだろ」

 沈黙が落ちる。と、ミツヤが軽い調子で口を開いた。

「ま、必ずしも三人いないといけないわけじゃないさ、ヒロト。突然呼んだのは悪かったよ。でも悪いことばかりじゃない」

 ミツヤは椅子から立ち上がると、ヒロトの耳元に顔を寄せた。

「なんだよ」

 ミツヤは耳打ちをした。すると、ヒロトの頑なだった表情が奇妙に緩んだ。次の瞬間には、熱したやかんに手を触れたみたいにぱっと距離を取る。急な動作に、椅子の背が折れそうな音を立てた。

「なんで知ってる?」

 苦しそうに喉から声を絞り出す。

「俺の周りは暇なばやつばっかりなんだよ」

「わかった」

 僕には何が起こっているのかいまいちわかっていない。

「俺が着いていったところで何も変わらないと思うけどな」

「着いてくるんじゃない。行くんだって、お前も」

 ミツヤが僕のほうを向いて言う。僕は頷いた。ヒロトは、何も書いていない黒板の隅をじっと睨んで知らないふりをしていた。

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