第9話 ラボラス・ハーシェイド
「で、魔王に会いに行くって何? どういうこと?」
フィルはせっせと旅支度をするアロットとフェリシアを見て腰に手を当てた。
アロットは宿で、フェリシアはフィルの家で一泊すると二人は昨日の教会で旅立つ準備をしていた。
「もう少しゆっくりしていけばいいじゃない」
「今日は優しいな」
「残念。貴方には言ってないわ」
「そうかよ」
フェリシアは騎士の服に腕を通すと深呼吸をした。
どこか緊張感のある空気にフィルの肩が少し跳ねた。
冷たい蒼の瞳を細め、ゆっくりと閉じる。
直ぐにいつもの表情にフェリシアは戻ると、フィルに向けて小さな笑みを浮かべた。
「ゆっくりするのは旅が終わってからにします」
「そ、そう? 無理はしたら駄目よフェリシア」
「大丈夫ですよ」
「けど、魔王に会いに行くってことは、西風荒野を抜けるってことでしょ? あそこは危険なモンスターが多いって聞くし……何の為に行くの?」
「ただ話をしに行くだけだ。ことによってはぶん殴ると思うが」
「ねぇフェリシアこの人おかしいわ。別の人に変えてもらった方がいいわよ」
「慣れましたから」
にこり。と、フェリシアは笑ってみせる。
アロットがおかしいことは絶対に否定してくれない。
「ユリウス様も付いてますから」
「ユリウス様が? なら、大丈夫だと思うけど……それこそどういうことなの? 総師団長自らが動くなんて」
「別に、単純に魔王に会うには許可が必要だろ。急だったからアルヴェイン総師団長に同行してもらうことで話を通したんだ」
「なんだか怪しいわね……」
話を聞いてるからうちに怪訝そうな顔をしていくフィルを見てアロットは面倒になってきた。
実際かなりの特例だ。
西風荒野は立ち入り禁止区域であり、魔王に会うにも別で許可がいる。
なにより巡礼の旅には関係のない場所に向かおうとしている。
「ただの決意表明だ。魔王様へな」
「貴方はそんなことする人じゃないでしょう?」
「いいから気にするな。生きて旅を終わらせる為にも霊峰の情報は仕入れておきたいだろ」
「それは……そうだけど」
唇を噛み、言いたいことはまだあるようだがフィルは溜め息を吐いた。
「もういいわ。魔導師なら一般人に話せないこともあるわよね」
無理やり自分を納得させた──ように見せかけて金の瞳がアロットを睨んだ。
「安心して下さい。旅が終わったらいっぱいお話しますから。この旅で見たものを」
「わかったわ。あなた達には心配は必要ないわね」
「はいっ」
「まあ、その前に剣をどうにかしないとな」
「あっ……」
思い出してフェリシアは腰の鞘に手をかけた。
本来あるべき白銀の剣はユリウスが修理しているはずだ。
0から造るわけではないのですぐに終わるだろう。
「まずはアルヴェイン総師団長に会いに行くか」
「そうですね」
フェリシアの表情は非常にリラックスしているように見える。
騎士の話はまだしていない。
所詮、アロットの仮説に過ぎない話だ。ここまで来たら魔王に会ってから聞いてしまうか、それとも荒野を抜ける間に話すか。
「…………」
「どうしました? アロット君?」
「いや、なんでもない」
「ふふ、緊張してますか?」
「まさか」
小さく笑みを浮かべている。
その笑みは決して無理をしているようには見えない。むしろ、妙に落ち着きすぎている。
フェリシア自身も本当は騎士が生まれた理由に気づいているのかもしれない。
と、そこで教会の入り口から二人の人影が入ってくるのが見えた。
「おはよう。二人とも」
「おはようございますユリウス様。……と、そちらの方は?」
入ってきたのはユリウスともう一人の魔導師。
白髪に白く長い髭を生やした老将、魔導師団の副師団長の一人にして銀聖将の階級を持つ魔導師──ラボラス・ハーシェイド。
「ラボラス副師団長殿。何故あなたが?」
「儂がいたら問題でもあるのか?」
「いえ、そんなことはないですけど」
「安心してくれアロット。ラボラス殿は決してボケて迷子になっているわけじゃないから」
言いたいことをユリウスが代弁してくれてアロットはホッとした。
「ユリウス、貴様は儂のことを何だと思っている」
「家のことを息子に全て押し付け、魔導師団のことも全て僕に押し付け、自分は好き勝手に『浪漫』だなんだと土いじりするクソジジイだと思っていますよ」
とびっきりの笑顔でラボラスに答える。
ユリウスの口から『クソジジイ』などという言葉が出たのを初めて聞いたので、アロット含めて三人は目を丸くした。
「年寄りはとっとと隠居したほうがいいじゃろ」
「なら副師団長の座からも降りてもらいましょうか?」
「そうしたら儂の魔術研究の規模を縮小するつもりじゃろ。それは嫌じゃ」
「それに何故今になってこんなところに顔を出して来たんですか? 好き勝手している割に僕らが魔王に会うとなったら止めようとしてくるなんて」
「それはそれ、これはこれじゃよ。副師団長として西風荒野などと危険な場所に向かう無謀な若造共を見過ごせん」
「僕が離れる間に仕事が増えるのが嫌なだけでしょう?」
「そうじゃよ。年寄りの負担を増やすな!」
何やら言い争っている様子を三人は呆然と眺めていた。
ラボラス・ハーシェイド。長い間、魔導師団の前総師団長として務めていた男は、今まで殆ど姿を表に現さずにいた。
ぽつりと、フィルが呟いた。
「本当に貴方達は何するつもりなの? もしかして、私この場にいない方がいいんじゃない?」
魔導師団の最上位の二人がこの場に揃ったことに危機感を覚え始めていた。
フィルにも生活がある。フェリシアのことは気になるが、知ってはいけないことに巻き込まれるのではないかと冷や汗を流していた。
「まあ、大丈夫だろ」
言い争いの内容はくだらないことのように聞こえる。
そんなことよりもアロットはユリウスに確認すべきことがあった。
「アルヴェイン総師団長。フェリシアの剣はどうなっていますか?」
「ああ、それならもう直っているよ。それでなんだが……」
「ん?」
ユリウスが剣を渡してくる前にラボラスが一歩前に出てアロットとフェリシアを見る。
老将の茶色の瞳が品定めをするように細くなる。
「これが、巡礼の騎士と随行魔導師か」
「初めまして! ラボラス様!」
「む、むう……初めましてだ。フェリシア・ブレイクハート」
緊張感のある空気に包まれたと思ったが、フェリシアの明るい笑みによる挨拶にラボラスが怯んだ。
以前のフェリシアなら堅苦しく挨拶をしていたが、状況と人を見て少しラフに対応してみせた。
「さっき聞こえてきましたけど、ラボラス副師団殿は俺達が魔王の元に向かうのは反対だと?」
「そうだな。……だが、そういうことではない」
「はい?」
「貴様らにその実力があるかと言うことじゃ」
「実力、ですか?」
「まあよい。付いてこい」
ラボラスは背を向ける。
コートを翻すと、一瞬だけその左腕が見えた。
岩石の義手──ゴーレムの魔術の応用で失った腕を再現しているというラボラスにしか出来ない芸当。
アロットとフェリシアは一先ず彼の後ろを付いて歩く。
その後ろで……
「フィルも来るかい?」
「え!? 私ですか!? ……い、いや、私は──」
「フェリシアの頼もしい背中は見ておきたいよね?」
「それは……は、はい」
自分には言い聞かせていても、実際にフェリシアがどれだけ強くなっているかは気になっていた。
「でも、それはラボラス様と戦うってことですよね?」
「そうだね」
ユリウスは小さく笑って見せる。
「ユリウス様は二人が勝つと思っているんですか?」
「ああ、あの二人を信じているから」
「……私も、あの二人を信じます!」
迷いのない青い瞳を見てフィルも拳を握り締める。
「それに、あのクソジジイに一泡吹かせて貰いたいからね」
「えっ?」
それはただの私怨ではないだろうか。
ラボラスの背中を見る鋭い眼光にフィルは訝しんだ。




