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後編

マッテオと入れ違いでラウラが入室してきた。

彼女は歩いている時も常に右手をお腹にあて、大事そうに抱きかかえている。

椅子に腰かけるときも十分すぎるほど慎重にゆっくり座った。

そんな彼女に一言かけた。

「これから色々とお話しいただくわけですが、もし途中で気分が悪くなったりお腹が痛くなったりしたら言ってください。控えさせている産婆をすぐに呼びますので。」

「お気遣いありがとうございます。」

ラウラは長旅で若干の疲労は見えるものの笑顔でこたえた。しかしその笑顔もすぐに引っ込んだ。

「しかし、マッテオだけでこれだけの時間が掛かったと言う事は、多分ですけどマッテオは知っている事を全て話してしまった訳ですね。

あれほどただの行商人ということで、口裏を合わせようと言い聞かせたつもりだったのですが。」

ラウラの表情は残念そうなものに変わっていた。もしかしたらこのラウラという女性は要注意かもしれない。

「口裏を合わせて嘘をつこうと思っていたのですか。」

「彼の身に降りかかった不幸を、ただの若者二人の口先だけで信じ込ませる事ができますか。私があなた方の立場だったら、彼が喋ったであろう内容を信じ切れず否定しますね。」

「しかし、彼が君の親族一同を教会で殺害したというのは事実なのでしょう。」

「それも全てが事実ではありません。マッテオには伝えるタイミングを逸して未だ事実を教えていませんでしたが、彼らは私の親族ではありません。

私は天涯孤独で親族と呼べるような人は居ませんから。」

どうやらマッテオが知っているのは一部だけで、更に困ったことに残りを知っているラウラはあまり感心出来る態度ではない。

もしかしたらこのまま、彼女の口先の嘘に飲み込まれてしまうかもと気を引き締めなおした。


私の最後の肉親との別れは10年以上前の事です。

私の父親はお隣の国の軍に所属していました。そしてあの日、この国への侵攻する部隊の一人でした。

この国を守護するマッテオの父親である英雄の存在は大きく、侵攻は失敗に終わり部隊は壊滅しました。

その時に私の父親も亡くなりました。もしかしたらそれこそマッテオの父親に殺されたのかもしれません。

しかし私はその事を恨んではいません。戦争というのはそういうものだと理解しています。

それにその後の生活がぎりぎりすぎて、そんな事に心を割いている余裕が無かった事もあります。

戦死者の唯一の家族という事で国から金銭が支給されましたが、それらは私が生きるために拠り所にした血の繋がらない親戚に全て持っていかれました。

その支給も5年で停止となり、家に置いておく必要のなくなったと判断した親戚に放り出されました。

その後は生きることに必死で色々な悪行に手を出しました。そうしなければ病死か餓死かどちらにしろ結果が見えていました。

そんな色々と行っていた時に、持ちつ持たれつで互いに協力し合っていたのがコルネリオ率いる彼らです。

結局彼らの一味というほど親密にはなりませんでしたが、それでもお互いにそこそこ良い関係を築き上げていました。

ある程度年を重ねて、女として体が売り物になるようになると私は娼館に身を寄せました。

正直言うと死と隣り合わせの毎日からちょっとでもいいから距離をおきたかった。

娼婦も決して褒められた商売では無い事はわかっていますが、それでもそれまでの犯罪の日々よりはだいぶましに思えました。

娼館である程度顔が売れてきた頃にアルノルドが訪ねて来ました。

「よう。娼館の看板娘。」

「誰かと思えば。それにしても酷いあだ名を付けないでよね。」

「事実だろ。この娼館の稼ぎ頭なんだから。」

「はいはい。で、今日はそんな高級娼婦を買いに来たの?あなたの稼ぎで私を買って大丈夫?」

「あの頃と一緒にすんなよ。お前ぐらい余裕で買える。けど、今日はちょっと相談があって来たんだ。」

「・・・私があなた達みたいに法の外側であぶく銭を稼ぐのは辞めたのを知ってるでしょ。私は真っ当に生きる事にしたの。」

「娼婦が真っ当、ねえ。まあいいけど、今回の仕事は別に法の外側ってわけじゃあ無い。」

「あなた達がそんな綺麗な仕事をするとは思えないけど。」

「まあ、確かに。ただラウラに頼みたい部分だけを切り取れば十分に法の内側だ。

とある独身の村人をたぶらかして、その腹に子供をこさえてくれればそれで良い。」

「前後が分からな過ぎて怪しさしか無いけど。」

「まあ、順を追って説明しよう。」

アルノルドは計画の仔細を教えてくれました。マッテオから既に聞いているとは思いますが、私を村人の妻にしてその親族として村を乗っ取る。

聞き終わった時にはあっけに取られて正に開いた口が塞がらない状態でした。

「・・・そんな大それた事を、あなた達が、本当に出来るの。」

「まあ今回はパトロンの規模が全然違う。前金だけでも十分ほど貰った。おかげで準備は滞りなく出来そうだ。

後は、ラウラが引き受けてくれれば準備はほぼ完了なんだが。」

答えは決まっているんだろうと言わんばかりのアルノルド。

提示された金額も大きく、それを元手にしたら本当の意味での真っ当な仕事に転職する事も夢ではないかもしれないと思いました。

法の外側の悪行からは手を切ったつもりでいたのでその誘いに乗ろうかどうか思案していると、どうやら別の理由で考え込んでいると思われたらしくいやらしい笑顔でアルノルドが言ってきました。

「今更身ごもる事に怖気づいてるのか。どうせ娼婦だからそんなの何回も経験してんだろ。今回も事が終わったらおろし」

言い終わる前にアルノルドの頬を引っぱたいた。

「男がそこに口を出すな。」

確かに娼婦という商売をしている以上その経験はありました。しかし、それは思い出したくもない事で、そう易々と踏み込んできて欲しくない所です。

「・・・すまん。軽口が過ぎた。」

素直に謝るアルノルドの態度に溜飲を下げて話を進めました。

「・・・わかった協力する。その代わり、結婚の後のごたごたには一切関与しない。あなた達で勝手にやって。」

「良し、交渉成立。恩に着るぜ。」

「恩を感じるんだったら、今回の件が終わったら二度と目の前に現れないで。」

そういった事前準備があったわけですから、マッテオとの出会いも偶然ではなく仕組まれたものでした。

ちなみに彼は計画当初からマークされていたそうです。英雄の子供という血筋ながら、他人と絡むのをあまり良しとしない性格。

それらは神輿にしやすい事と、他人に相談をしない為に罠に掛かりやすいという事を意味しているので、彼らの計画のターゲットとしては最適だったそうです。

娼婦としてそこそこ腕を磨いた自分にとって、純朴な村の青年なんて篭絡するには簡単すぎる相手でした。

お腹に子さえ出来てしまえば後は彼らが勝手に動いてくれますので事がスムーズに進んで行きました。

そんな着々と進んでいく計画の中で私はお腹の子との時間を楽しみました。

計画当初はただの道具としか思っていなかったお腹の子も時が経てば愛おしく感じてくるものです。

マッテオもお腹の子をとても可愛がってくれました。

ろくに家庭を知らずに育った私には、計略の上に作られた偽りの関係とはいえその家庭的な雰囲気がとてもあったかく感じました。

そんな時に起こったのが、あの教会での惨劇です。

私は真夜中の寝ている所をマッテオのノックで起こされました。

「こんな真夜中にどなたかしら。」

「すみません。僕です、マッテオです。」

「ああ、なんだ。どうぞ入ってきて下さい。」

入室を促すもなかなか扉が開かない。やがてまた扉の向こうからマッテオの声がしました。

「いえ、このままで。お伝えするだけですから。

僕は、あなたと親族の方々が画策している凶悪な計画を知ってしまいました。

知ってしまった以上はこの村の住民として、厄災を持ち込んだ張本人として絶対に阻止しなければなりません。例え、あなたの親族の方々を殺める事になっても。

そうなればあなたが嘆き怒る事は十分に理解しています。私だって、養親が殺害されればそうなるでしょう。

その上で一つだけお願いがあります。

この教会はこれから非常に危険な場所になります。だから、あなたには逃げてほしい。

私のただのわがままです。私はこの期に及んでも未だにあなたを愛しています。

全てが済んでこの村の危機が取り除かれた後であれば、あなたの復讐の刃を喜んでお受けします。」

マッテオの決意表明とも思える言葉。その声がわずかに震えているのは彼が怒っているからだと思いました。

そんな感情を持ちながらも、例え義理だとしても私の身を案じてくれたことは嬉しかったです。

「・・・私は、」

その時改めて自分の中の葛藤と対峙する事になりました。

本当は計画当初からこのような事になる事はわかっていて、いつかは片方を切り捨てなければならないとは思っていました。

ここまで共に計画を進めてきた旧知の仲の彼らを助けて、マッテオを見捨てる。

もしくは、私とお腹の子を愛してくれているマッテオを助けて、彼らを裏切る。

計画当初の私であれば迷わず一択だったはずなのに、その時にはそう簡単に結論を導き出せないほどに、マッテオとお腹の子と私との偽物の家庭を気に入っている自分が居ました。

「では急ぎますので。」

私の中で結論が出る前に、マッテオは計画を実行するために部屋の前から去って行ってしまいました。

1人残され悩む私に、そこら中からあがる火の手は時間の猶予を与えてはくれませんでした。

あっという間に焦げ臭い匂いが鼻をつき、たまらず避難を開始しました。

結局私は彼らを助ける事はせずに、しかし、事の顛末だけは見なければならないと思い、教会の参列者用の長椅子の陰に隠れて見ていました。

周到に用意をしたマッテオは、想定通りに一か所の廊下から飛び出してくる彼らを次から次へと倒していきました。

最後の一人を倒した後、マッテオはその場に崩れ落ちました。

近づくと彼は震えていました。そして自ら犯してしまった罪にさいなまれていました。

「大丈夫、マッテオ。」

「ああ、ラウラ。まだ逃げていなかったのですか。」

「私一人で逃げてどうするの。あなたも一緒に外に出ましょう。」

「それは出来ない。僕は人を殺めてしまったし教会に火もつけた。その罪からは逃げられないしきっと神もお怒りだろう。だから、この自ら犯した罪の炎に包まれて死ぬべきなんだ。」

マッテオにとっては初めて犯罪に手を染めたのかもしれません。それだけ彼は動揺していました。

「しっかりして。そんな事は後でいくらでも考えて贖罪すればいい。今は逃げることを優先しないと。」

「ラウラだけで逃げてください。・・・僕はもう、」

頑なにその場を動こうとしないマッテオの姿を見ていて、私の中である感情が暴走しはじめました。

それは「怒り」でした。

私はその辺に落ちていた瓦礫を手に取ると、彼の後頭部を思いっきり殴りつけました。

自分が抱いている感情が怒りだと自覚すると、その怒りがどこから来ているかもはっきり自覚して、同時に誰を助けるのかの問いにも自分の中で答えが出ているのに気が付きました。

「あなたがここで死んだらこの子が悲しむじゃない。」

私の中での最優先は彼らやマッテオではなく、お腹の子になっていました。

それぐらいお腹の子の存在は私にとって代えがたい大きなものになっていました。

脳震盪を起こして気絶したマッテオを引きずって、前にマッテオに教えてもらっていた村とは反対側の裏口から外に出ました。

身重でありながらよくそこまでマッテオを引きずっていけたと自分の事ながら思います。

その後は彼らの乗ってきた馬車にマッテオを乗せて、突然の火事で大混乱に陥っている村を抜け出しました。

やがて意識を取り戻したマッテオは、しばらく無言のまま状況を把握し未遂に終わってしまった事を理解したようでした。

ややあってから、一言「ごめん。」とだけ呟かれました。

それ以降はその時の話はお互いに触れないようにして、日々放浪を続けました。


「私から話せる内容は以上です。後の細々した所は多分マッテオの証言と被ると思いますし。」

「ありがとうございます。確かに彼の話との辻褄はあっています。」

笑顔で答えた。聞いているうちに私はラウラに対する評価を改めた。

彼女は確かに嘘を付こうとしていた。しかし、その目的は私が思っていたほど利己的ではなく、彼やお腹の子を案じての事だと理解できた。

「結局、マッテオは確かに殺人と放火を行いました。しかしそれは彼が彼の住むあの村を守ろうとした為の事です。

彼は被害者であり、加害者は私達です。

だから、もしこの村でこの子を産む事を許可していただければ、その後に私を拘束してしかるべき場所に突き出していただいても追放していただいても結構です。

その代わり、この子とできればマッテオをこの村に住まわせてはくれないでしょうか。彼は私なんかにはもったいないぐらいの本当に良い人で必ずこの村の役に立てるはずです。」

ラウラの必死の訴えの気迫に村長ですら若干押されていた。

「・・・結果についてはこの後司祭様と話し合って決めます。君は一回下がって待っていなさい。」

「よろしくお願いします。」

彼女はそれだけいうと、来た時同様にゆっくりとした動きで立ち上がり、お腹に手を当てながら退室していった。

「さて、司祭様。どう判定を下しましょう。」

頭を掻きながら村長が困った顔で聞いてくる。それに笑顔で答える。

「しかし、もうその心は決定を下しているのでは。」

「まあ、確かに。」

「その決定を神もきっと祝福してくれます。」

村長の顔色が明るくなる。彼の決定を後押し出来た事は自分の仕事ながら誇らしい。

村長は羊皮紙とペンを持ち出すと所定の形式に乗っ取って文章を綴る。最後に村長のサインを入れ、その下に私のサインも書き加える。

この村において最上級に法的拘束力のある文書。ちょっとやそっとではこの決定は覆らない。


マッテオとラウラの二人を呼び戻す。

二人とも神妙な面持ちで座り、いよいよ決定が言い渡される。

否が応でも室内の空気が張り詰め、それを破るように村長が手に持った羊皮紙を広げ読み上げるかのようにして口を開く。

「では、これよりあなた方二人とお腹の子の処分について私と司祭様で話し合った結果を申し伝えます。

まず、ラウラさんのお腹の子ですが、この子は何も落ち度のない穢れ無く祝福されて生まれてくるべき存在です。この子には無条件でこの村の定住を認めましょう。」

「ありがとうございます。」

喜ぶ二人。彼らにとっては最初の一歩を踏み越えた、そんな感じだろうか。

「次に親であるあなた方二人ですが罪を犯した事が事実である以上、そのような人物をこの村に定住させるわけには行かない。よってあなた方には定住の許可は下せません。」

「・・・そう、ですよね。しかし、お腹の子が認められた以上、その子が育つまでの間だけラウラだけでも。」

マッテオが食い下がる。そんな彼を手振りで抑えて村長は続ける。

「焦らずに、まだ続きがあります。まずは司祭様から説明してもらいましょう。」

振られた私は笑顔で答えた。

「あなた方は先ほど聞き取りという名目で、私を通して告解を行いました。その証言に嘘偽りは無く心からその罪を悔いていると判断され、あなた方二人の罪は赦されました。」

あまりの話の急展開に当惑している二人に向け、村長が決定した文章の最後を読み上げる。

「お腹の子がこの村で生まれる以上は誰かが育て上げなければならない、また、神もあなた方の罪をお赦しになられた。

以上より、特例処置として一定期間での留め置きを許可する。なお、その期間は60年とし、あなた方二人の行動次第で増減するものとする。」

「・・・それって。」

未だ自体が飲み込みきれていない二人に優しく答える。

「まあ、周りくどいやり方ですがあなた方をこの村に歓迎するという事です。」

「但し、条件が一つあります。」

再度村長が口をはさむ。やや硬い言い方に二人が再度強張る。

「どういった条件でしょう。」

「あなた方は未だ婚姻の誓いを立ててはいないでしょう。それではこれから生まれてくるお腹の子がかわいそうです。

これからすぐにでも教会にて誓いを立ててきなさい。」

そうしてこの村の住人が増える事になった。

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