第九話
ゴホン...
ルサス先生が咳払いをした。
「奇跡的にネズミを延命させたケースは何回かあったが、治してしまうケースは初めてだ。素晴らしい。さて、約束だ。コルヌコピアをお前たち3人に。」
そう言うと、ルサス先生はシシリーとエドワード、私にコルヌコピアを渡した。
「では聞こう。お前たちの夢は何だ。コルヌコピアに何を願う?」
ルサス先生は私たちに投げかけた。
「私は先の戦いで様々な種族が傷つくのをたくさん見てきました。だから、これ以上もう誰も失わないために、私は少しでも多くの命を救える回復術師になりたいです。」
まずはシシリーが答えた。
「僕は、動物たちが、楽しく、生きられる、ように、動物たちを、助ける、回復術師に、なりたい。」
エドワードも答えた。
次は私だ。私はどうしたいのか。私がなりたいのは本当に回復術師なのだろうか。
「私は...」
思考よりも口が先に動いた。
「私は、ドクターになりたい。病気を知り、患者を知り、治療をし、寄り添う。そんな医師に私はなりたい。病やけがを的確に見分け、それに対して的確な治療を行う。それでいて疾病を見るのではなく、患者を診る。患者の言葉なき声にも耳を傾け、患者の思考をくみ取り、患者にどこまでも寄り添う努力を続けていく。そんな医師に私はなりたい。」
教室は静まり返った。誰も何も言わなかった。
医師とは、ドクターとはいったい何なのかをみんな知らないのだから当然だ。
そんな沈黙を一つの拍手が破った。
アヴィだ。アヴィが手をたたいていた。
次にクラテが、そしてその拍手は教室全体に広がっていった。
「そうか...みな、自分の夢に向かって励むがいい。」
ルサス先生はいつもよりもだいぶ静かな声で言った。
「さて、明日からは通常授業に戻る。くれぐれも魔法を使いすぎて倒れたりすることはないように!」
ルサス先生は思い出したかのような大きい声で言った。
教室中が笑い出した。
うつむいていたのは私とシシリーだけだった。2人で顔を見合わせて、苦笑いをした。
「そうだそうだ!みんな一般教養の授業は取ったか?」
唐突になんだというのだろうか。
「今さっき渡したコルヌコピアだが、その角はもともとオセ先生の角だ。」
なんだって?これは先生の角なのか。なんか気色悪いな。
「あの先生は本物の悪魔だからな、ご利益があるぞ!」
「オセ先生は獣人ではないのですか?」
シシリーが聞いた。
「見た目はそうだが、あれでも高名な悪魔だ。絶対に怒らせたり取引したりするなよ!魂を食い尽くされるからな!」
それが本当ならこの角にあるのはご利益ではなく呪いか何かではないのだろうか。
私は心底そう思った。
授業が終わり、いつも通り私は食堂に行った。しかし、いつもよりにぎやかだった。
私にクラテ、それにシシリーとエドワードにアヴィまでついてきた。
まあ、クラテはよく一緒に食べているのだが、同じグループの時にどっちかが寝込んでる期間が長くて交友があまりなかったからという理由でシシリーが来て、エドワードはそれに引っ張られてきた。アヴィはさっきのやり取り以降、早速私をズットモ認定している。そこまで濃い関係を求めていたわけではないんだがな。
いつもよりだいぶ騒々しかったが、なんだか悪くない気分だった。
前の世界では病院の控室で、1人でコンビニのサンドウィッチを貪るだけだった。
いや、うちにいるときもいつも一人。子供のころからほとんど飯は一人で食べた。
父も母もいない家でただ一人、箸で皿をつついていた。
そうすると今がとても楽しかった。友人と他愛もない話をして笑いあう。互いに傷つくことはあっても、存在をすり合わせていってちょうどいい距離を見つけていく。
なんだかとてもあったかくてわくわくした。
「ねえレピア君、聞いてる?アヴィったらネズミが死んだとき本当におかしかったんだから!」
「もう、やめてくれよ—」
「そんなー。死ぬな―!死なないでくれーって。それでそのあと暫くふさぎ込んじゃって。ほんとめんどくさかったんだから!」
「本当?アヴィ君って見た目とだいぶギャップがあるのね!フフ!」
「僕の、飼ってる、ケツァルコアトルも、餌を、あげないと、穴から、出てこなく、なる。」
「アハハ!何それ?エドワード君、私を笑い殺すつもりなの?」
アヴィは狼狽えている。狼の獣人だけに。
シシリーは手を口に当ててつつましく笑っている。
エドワードは相変わらず親指を加えている。
クラテはバカみたいに笑っている。
私もつられて笑ってしまった。
そうか、そうなんだ。
私は思った。これが人の温かさなのだ。私がずっと欲しかったものだ。私はいま、幸せなのだ。
何だい?騒々しいね。
『教えて!レピア君』?何だいそれは。
レピアってあの人間のガキかい?
まあいいや。
私はヘレナ。女子寮の管理人をやってるよ。
歳?そんなもんレディーに聞くもんじゃないよ。
まあ20と答えておこう。
私もここに勤めてから随分と長くなるね。
沢山の子たちがここに入って一人前になって出ていった。
全く、どいつもこいつも最初はちっこかったのにねぇ...
私にもそんな頃があったものだよ。全く懐かしいねぇ。
おっと、感傷に浸ってる場合じゃなかったね。
私はこれから寮の掃除をしなきゃならないんだ。
今回はここらへんで終わらしてもらうよ。
これからもうちの生徒たちのことを頼んだよ。
『教えて!レピア君。』おしまいだよ。