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16. 弓使いの接近戦

16*


 もの言いたげな二人を急かして、僕たちはゴブリンロードのもとへと駆ける。こちらに気づいたフルルに向かって言った。


「フルルはいったん退いて! 僕たちが代わりに時間を稼ぐから、その間にあの魔法剣(・・・)の準備を!」


「ん。わかった」


 フルルはすぐに僕の意図を理解し、素早く戦線を退いた。魔法の準備をする間、フルルは完全に無防備になる。僕たちがうまく対処することを信じてそうするのだ。その信頼にきっちり応えないといけない。


 いなくなったフルルの代わりに、サシャちゃんとアトラ君がゴブリンロードへと走る。僕もそのすぐ後ろに続く。


 ゴブリンロードはまだ僕たちに気づいておらず、ガイさんへこん棒を振り下ろすところだった。こん棒は飛びのいたガイさんがいた地面を大きくえぐる。土煙が舞う中、サシャちゃんは補助魔法を使って素早くゴブリンロードの後ろに駆け寄り、その背中へ短剣を突き立る。


「かたいっ……!」


 サシャちゃんは顔をゆがめ、すぐに後ろに退いた。振り返ったゴブリンロードのこん棒は空を斬る。


 どうやら筋肉の塊のような背中には短剣の刃も通らないらしい。サシャちゃんに追撃を加えようとしたゴブリンロードの腕を、アトラ君が盾で防ぐ。すさまじい音を響かせて、大きく後ろに弾かれる。


 乱入してきた僕たちを見て、ガイさんが叫んだ。


「お前ら何しに来た! 足手まといはすっこんでやがれ!」


「ふ、フルルが魔法を構築するまでの時間を稼ぎます! ガイさんも手伝ってください!」


「ああ? お前、回復魔法使いのガキじゃねえか。こんなとこまで来ても邪魔になるだけだ! とっとと……うおっ」


 僕を手ぶりで追い払おうとしたガイさんにゴブリンロードのこん棒が迫る。とっさに転がって避けたけれど、そのせいで次の攻撃に防御が間に合いそうにない。


「いけない! アニマ、腕を! あと弓も!」


 僕は頭上のアニマに魔法の発動をお願いして、すぐに弓を構える。大目に魔力を渡したアニマが、任せろと言わんばかりに強く輝いた。


 僕は魔法の発動を確認するより早く、いつもより太くて全体が金属でできた矢を弓に番え、めいっぱい弦を引いた。弓は普通ではあり得ないくらいに大きくしなり、ぎりぎりと音を鳴らす。


 僕はガイさんへ振り下ろされるこん棒に狙いを定め、矢を放った。


 一瞬で標的との距離をゼロにした矢は、ごおん! ともの凄い音を出してこん棒に突き刺さる。そしてこん棒を握るゴブリンロードの腕ごと、勢いよく後ろへ弾いた。


 遅れて激しい風が吹く。


「なっ、何だ今のは!」


 ガイさんは驚きの声を上げる。僕はそれに構わず次の矢を番え、狙いを定める。


 今僕がやったのは、精霊魔法で強化した腕力と弓を使った、金属の矢による狙撃だ。命の精霊であるアニマは、生き物の身体に干渉する魔法を使うことができる。そのため怪我を癒したり、身体能力を強化したり、木でできた弓を強化したりすることができる。


 ただ、身体能力の強化に限っては、魔法の行使者である僕を対象にしてしか発動できない。これは魔法の発動原理の違いが原因で、身体を正常な状態に戻す回復魔法と違い、不自然な形に改変する強化魔法の方が難しいせいだ。強化魔法は正確に状態を把握できる自分の身体か、木のような単純な構造の生き物にしか使えない。


 それに、いつもよりずっと強い力で弓を引くから、ここまで敵に近づかないとうまく狙えないんだよね……。


「アニマ、脚の強化! 全力で!」


 もの凄い速さで僕に迫るゴブリンロードを見て、すぐにこの場を飛びのく。いつもはできない動きで回避した僕のいた場所を、ゴブリンロードの丸太のような腕が叩く。生き物の出す音とは思えない轟音が響いた。


 さっきの矢を脅威に思ったらしいゴブリンロードが、狙いを僕に変えて執拗に迫ってくる。


「脚と、腕と、並行して弓も強化……サシャちゃんやアトラ君、ガイさんに当たらない角度で……」


 僕は魔法を使いながら、ちょこまかと地を駆けて攻撃をかわす。ゴブリンロードを止めようとするみんなの動きを把握し、次の移動先を予測しながらまた矢を放った。


 ゴブリンロードは僕を警戒していて、矢が放たれた瞬間に回避行動に移る。空を切った矢は地面にぶつかって半ばまで埋まる。


 次の矢を番えていると、隙をついて目前まで迫ったゴブリンロードが殴りかかってきた。大ぶりの一撃をかわし、大きな隙ができたゴブリンロードを至近距離で撃つ。


 脇腹に矢が突き刺さり、ぱっと赤い血が舞った。


「ガアアアァアッァ!」


 苦悶の叫びを上げたゴブリンロードが無茶苦茶に腕を振り回す。ごうごうと凄まじい音が鳴る中、僕はすぐに後ろに退いた。


 隣にサシャちゃんたちがやってくる。


「セージ先輩、接近戦もできたんですね! さすがです!」


「あはは、接近戦って言うほどのものじゃないよ。弓使いなのに一人で活動してた時期があるから、それなりに戦えるようになっただけだから……」


「それにあんな威力の矢、見たことない! やっぱりセージ先輩すごいです……!」


 僕は目を輝かせるアトラ君に苦笑いして見せる。サシャちゃんとガイさんも意外そうな表情を浮かべている。


 いや、どちらかというとガイさんは面白くなさそうな顔してる……?


「おい、お前。さっきから邪魔しやがってなんのつもりだ? 回復魔法使いがしゃしゃり出やがって!」


 ガイさんは僕に近づき、脅すように言った。


「お前は大人しく後ろで見てろ!」


「な、セージ先輩のおかげで明らかに戦況が有利になったのに何言ってるんですか! こんな時に仲間に食って掛かるなんて……」


「うるせえ! お前らは他のやつらみたいに引っ込んで俺の活躍を眺めてればいいんだよ! あの女も急にどっか行きやがって……!」


 反論したアトラ君やフルルにまで怒りの矛先が向く。まだ戦いの最中で相手は強力な魔物なんだから、そんなことをしている余裕は――


「あ、危ない!」


 僕はガイさんの剣幕に怯みながら二人に落ち着くよう言おうとしたけれど、サシャちゃんの声で僕たちへ迫る影に気づく。大きな隙をさらしていた僕たちに、傷を負って怒ったゴブリンロードが勢いよく突っ込んできたのだ。


 気を逸らしていた僕たちは完全に回避が遅れてしまった。力いっぱい地面を蹴るけれど、ゴブリンロードの体当たりをかわし切れずに吹き飛ばされる。四人まとめてばらばらに地面へ倒れ込む。


 ゴブリンロードはそれを見てほくそ笑む。


 僕は突進の衝撃に頭をふらつかせる。立ち上がろうとするけれど、それもままならない。他のみんなも同じような有様だった。


 それを離れて見ていた他の冒険者たちが、僕たちを助けようと動き出す。


「魔法だ! 彼らが立ち上がる時間を稼げ!」


 誰かが叫んで、ゴブリンロードへと魔法が飛ぶ。けれど、ゴブリンロードはこん棒の一振りで炎の塊をかき消し、土の弾丸を砕いた。その隙に剣を抜いてゴブリンロードを囲んだ冒険者たちは、しかしゴブリンロードの威容に動けないでいる。


 ゴブリンロードは周囲の冒険者たちに対して警戒した様子も見せない。そして、まるで散歩にでも行くような様子で手近な冒険者に歩み寄り、逃げようとするその背中へとこん棒を振り下ろした。


「ぐあああぁあっ!」


 冒険者は吹き飛ばされ、地面に倒れたままぴくぴくと震えている。そのままゴブリンロードは、もてあそぶように冒険者たちに攻撃し始める。


 冒険者たちも抵抗するけれど、次々に攻撃を受けて地に伏していく。地面を流れる血が事態の深刻さを物語っていた。


 僕はゴブリンロードを止めようと、なんとか立ち上がる。心配そうに顔の横を飛ぶアニマに、魔力を渡して回復魔法を発動した。白い光が瞬いて、身体の痛みが少しずつ引いていく。


「まだ治りきってないけど……時間が、ない!」


 僕は立ち上がって、冒険者たちをいたぶるゴブリンロードに矢を放った。


「ほら、僕が相手だ……! これ以上好きにはさせない!」


 ゴブリンロードの肩に矢が突き立つ。けれど、まだ本調子でないせいでほとんどダメージが通っていない。


 ゴブリンロードはにやりと笑って僕を見る。そして、背中を向けて冒険者たちへの攻撃を再開した。


「えっ!? なんで、そんな……!」


 ゴブリンロードは僕を意に介さず、逃げ惑う冒険者たちを追い詰める。僕が弱っていることに気づいていて、わざと他の冒険者をいたぶっているのだ。


 急いで彼らのもとに行こうとする。けれど動揺する僕は、すぐ近くまで近づいている影に気が付かなかった。足を引きずって僕のそばまで来たガイさんが、駆けだそうとした僕の肩を後ろから掴んだ。


「ぐ、いてえ……。おい、クソガキ、どこ行こうとしてやがる! とっとと俺の怪我を治せ! 骨が折れやがった!」


 ガイさんはドスの利いた声でそう言った。アニマがガイさんを威嚇するようにちかちか瞬いている。


 ガイさんは僕の肩を痛いほど強く握り、顔を目の前まで近づけてくる。僕をゴブリンロードのところへ行かせないつもりなのだ。とっさに離してと言おうとしたけれど、ガイさんに「早くしろ!」と凄まれ固まってしまった。


 ――僕は、昔からこうだった。


 気が弱くて怖がりで、ガイさんのような押しの強い人と接するとしり込みしてしまう。言われたことにすぐ頷いて、何度も自己嫌悪した。ガイさんみたいな人にすごまれれば、きっといつもの僕なら一も二もなく従っている。僕はそんな駄目な人間なのだ。


 ――だけど。


 だけど今回ばかりは、そんな声に構っている暇はない。


 目の前で傷ついている人がたくさんいる。僕が行かなきゃいけない。


 正しいと思ったことをすると、そう決めたばかりなのだ!


「おい聞こえてんだろ! さっさと――」


 ガイさんが怒鳴りながら僕の肩をゆする。


 僕はその手を、思いっきり払いのけた。


「――少し、黙っててください!」


「なっ」


 僕は叫んだ。


「アニマ、めいっぱい腕と脚の強化! それと回復魔法の準備を!」


 魔力を出し惜しみせず、あるだけアニマへ受け渡す。アニマが光って魔法が発動するのと同時に、僕は強化した脚力で駆けた。


 後ろでガイさんの怒鳴り声が聞こえるけれど、そんなこと今は気にしてられるか!


 森の木々が視界を一瞬で流れる。巨大なこぶしが振り下ろされようとしている冒険者のもとへ、僕は全速力で飛び込んだ。


 冒険者の身体を抱え込み、勢いそのままに地面を転がる。背後でもの凄い衝突音が響き、ずんと地面が揺れた。地面を転がった衝撃で頭が揺れている。


 けれど、僕は痛みをこらえて立ち上がり、素早く金属製の矢を弓に番える。腕も肩も痛むけれど、構っていられない。追撃をかけようと迫ってくるゴブリンロードに矢を放った。


 大して狙いを付けられなかったけれど、幸運にも矢はゴブリンロードの肩に当たった。衝撃でゴブリンロードはたたらを踏む。痛みで悲鳴を上げていた。


 僕はその隙に助けた冒険者に声を掛ける。


「動けますか? 他の大丈夫な人と協力して、倒れた人を運んでください! 時間は僕が稼ぎます!」


「あ、ああ。助けてくれてありがとう! 任せてくれ!」


 冒険者は頭を下げて、すぐに怪我した人のもとへと走る。それを横目で確認しながら、僕はゴブリンロードと向かい合う。忌々しそうな視線を向けてくるゴブリンロードは、休む間もなく僕に向かってきた。


 それから何度か同じ光景が繰り返された。僕は時間稼ぎに徹して、小刻みに回避を行いながらちまちまと矢で傷を与える。わざと怒らせて、注意を僕だけに引き付けた。狙い通り怒りをたぎらせたゴブリンロードは、苛立った様子で僕を追い続ける。


 そうしてもう何度目だろうか、僕は振り下ろされるこん棒をまた避けようとして、とうとう失敗してしまった。腕にかすっただけでもの凄い衝撃が走る。僕は地面に倒れ込んで、骨が折れた腕を抱えた。


 やっちゃった。早く立ち上がらなきゃ。


 僕は地面に手をついて体を起こそうとした。けれど、腕から力が抜けてまた倒れてしまう。ダメージの蓄積した体が限界を迎えていた。そしてそんな僕に、ゴブリンロードはゆっくりと歩み寄ってくる。


 さっき助けた冒険者が「逃げろ!」と声を上げている。でも、体が動かない。


 けど僕は、自分が正いと思うことをやったんだ。やられそうな冒険者たちを救った。そんな自分を今だけは誇ることができる。だからこれで終わりでも、僕は――


 もう一巻の終わりかと思った、その時だった。


 ――涼やかな声が、森に響き渡る。


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