03 後編
普通ならば婚約者が家まで妹を迎えに来るものだが、今回は俺が妹を夜会まで連れて行く。
緊張した妹の顔は婚約で喜ぶ娘の顔ではなく、真っ青になっていた。
「シャルロット。そんなに恐ろしいならば婚約をやめていいんだぞ」
「違いますお兄様。恐ろしいのはカイン様との婚約ではなく……あの男爵令嬢のことです」
何がそこまで妹を怯えさせるのか。正直俺にはわからなかった。
馬車の中で妹の手をギュッと握り締める。妹は俺の顔をすがるような目で見た。
「男爵令嬢がお前にどれほどのことが出来るのかとは思う。しかし、もしお前が傷つくようなことになるならばもう夜会に出る必要はない。勘当はしないが領地に帰っていい旦那を探そう。カインには俺から断りを入れるし、両親も気にしなくていい。次期伯爵からの言葉として受け取れ」
「お兄様……」
俺の言葉に妹は勇気付けられたようだ。とはいえカインは狙った獲物を逃がすような性格じゃないし、男爵令嬢から妹を守れないほど甲斐性ナシでもないはずだ。
「わかりました。頑張ります」
「困ったら、全てカインに丸投げしろ」
「ふふ、そうですね!」
*****
昔の妹以上の馬鹿がいたらしい。
夜会の会場に入った瞬間、清楚な雰囲気の女と顔のいい男たちが俺と妹を取り囲んだ。
「オールストン伯爵令嬢、よく夜会に顔を見せることが出来たな!」
「オールストン伯爵子息もそんな妹と一緒に来るなど何を考えているんだ!」
いや、普通に仲の良い兄妹が一緒に夜会に来ることなど何も問題ないのだが。
ちなみにオールストンは我が伯爵家の名前である。
かなりの剣幕で怒鳴り散らしているのは第二王子殿下と騎士団副団長だ。
「シャルロット様、私、私、あなたにそんなにまで嫌われることをしていましたか……」
「ローレンシア、君が悲しむことはない。全てはその女が悪いのだから」
清楚な雰囲気の女が男爵令嬢なのだろうな。それを宰相補佐が慰めている。
その後ろにいる公爵子息と魔法兵団団長が黙って俺たちを睨んでいる。
カイン、すぐ来い。いますぐ来い。
こいつらのせいで妹が失神寸前だ。
なるほど、これが妹の言っていた悪夢か。
こんな胸糞悪いものを夢で見たならば、改心もしたくなるだろう。
悪夢を回避出来なかったが、せめてと思い、後ろに妹を庇う。
五人の男たちは、いかに卑劣な手段を使って男爵令嬢を妹が苛めてきたかを朗々と語っている。
夜会でワインをぶちまけたり、ドレスを切り裂いたり、階段の上から突き落としたりとその嫌がらせは多岐に渡る。
ちらりと妹に目線で確認すると、首をぶんぶんと横にふった。
だよなあ、この半年夜会に一切参加してないし、茶会だって俺が監視をつけたやつしか参加してないからな。
一体誰と勘違いしているのかと呆れていると、さらに男どもの怒りが増した。
「そもそも、シャルロット嬢が伯爵令嬢というのがおかしい! 次期伯爵としてウィズワルト殿は彼女を勘当すべきだろう!」
騎士団副団長ともあろうものがそんな世迷言を言う。
ここでも夢と同じ台詞が出てきたな。確か夢では勘当されて修道院送りだったか。
上位貴族や王族に目をつけられたから、俺が保身に走ったということか。
胸糞悪い。
「何も反論なさらないということは、異議なしということですね」
宰相補佐が愉悦を感じたような笑みを浮かべる。新手の詐欺師か何かかお前は。
妹はじっと耐えている。俺は……茶番を終わらせる英雄を待っていた。
「シャルロット、来てくれたんだね!!」
カインはこの修羅場の中、両手を広げて満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
さすがだ。この程度の修羅場はこいつには意味がないらしい。
「ウィズ。君がシャルを隠してしまわないか心配だったんだよ」
「正直連れて来なければよかったと反省していたところだ」
顎でしゃくって相手さんに注意を向けさせる。
カインはちらりとそちらを見ると、妹の両手を握り締めた。
「ごめんね、シャル。ちょっとだけ待っていてね」
「え、あの……」
「カインザート様! オールストン伯爵令嬢はローレンシアに酷い仕打ちを……」
「黙ろうか」
おっと、久しぶりに全力で叩き潰す気のカインになっている。
あー、多分この修羅場お膳立てしたのはカインだな。
もう心配はいらないと俺は妹の頭を優しく撫で、茶番が終わるのを静観していた。
*****
結局、妹が嫌がらせしたというのは男爵令嬢の嘘だったということがわかった。
カインが夜会という場で制裁を食らわせたのにも勿論理由があった。
男爵令嬢が誰か一人にアプローチするための嘘だったならばまだ救いがあったのだが。
全員から愛されている自分に酔いしれていたため、圧倒的な悪役が必要だったらしい。
前々から嫌味を言い、評判の悪い妹を悪役に仕立て上げ、男どもの同情と庇護欲を引き出していたということだ。
しかし、実際の実行犯は妹ではない。というか、妹の知り合いですらなかった。
男爵令嬢は男どもに気のある令嬢を捕まえ、自分に対して嫌がらせをさせた。
そして男爵令嬢が実行犯の令嬢が懸想している男にだけ、実行犯の令嬢の名を明かすのだ。
勿論男は男爵令嬢のために実行犯の令嬢を問い詰める。
そして令嬢は言うのだ。「オールストン伯爵令嬢に脅されて……」と涙ながらに。
実行犯の令嬢は意中の男に慰めてもらえる。あわよくばそのままお知り合いになれると男爵令嬢は実行犯の令嬢たちを唆したらしい。
玉の輿を狙っていた令嬢たちはこの策に飛びついた。本当に結ばれることを夢見たわけではないが、憧れの男どもと二人っきりで話が出来るのだ。男爵令嬢は実行犯の令嬢を決して責めないし、致命傷になるようなことは一切起こらない。しかも全ての罪はオールストン伯爵令嬢に被せられる。
カインは全ての証拠を揃えてきた。勿論妹が実行犯の令嬢と面識がないことや謹慎中で家から出なかったこと。ここ半年の手紙は全て俺が検閲していたことも証言した。
話が進む度に、お馬鹿な男女の顔が真っ青になっていく。
一体何をしてしまったのか。そしてどんな処罰が待っているのか。
王族ならば、上級貴族であるならばわからないはずがない。
「貴殿らは誤った情報を鵜呑みにしてオールストン伯爵令嬢に汚名を着せた。色恋に目が眩み判断を誤るような人間を国の中枢に置いておけるはずがないだろう」
上から下まで、貴族子女全体を巻き込んだ大騒動。それを男爵令嬢が成したというのだ。ある意味尊敬する。
実行犯の令嬢たちは謹慎処分を言い渡され、各家の親が責任持って躾け直すことになったという。婚約者は親が決めることになるだろう。つまらない夢を見た罰だ。
「レジナルド、サディアス。お前らは隣国に留学だ。第二王子と公爵子息としてしっかり外交して来い」
第二王子であるレジナルドは首をフルフルと横に振る。
留学する隣国というのは、実力主義だ。それは肉体的な実力を意味する。
軟弱なレジナルドの性根を叩き直してもらうには良い場所といえるだろう。
公爵子息のサディアスは救いを求めるように公爵を見やる。勿論公爵はいい笑顔で行けと頷いた。
隣国では女性も肉体的に逞しいらしい。たおやかな女性が大好きなサディアスには厳しい場所だろう。
「騎士団副団長、宰相補佐、魔法兵団団長はそれぞれ降格処分だ。それぞれ所属部隊で罰を受けて来い」
残りの三人も呆然とした顔をしているが、それぞれの上役がとてもいい顔をしていたので明るい未来は考えられないだろう。
「そして、ローレンシア嬢」
カインが名を呼べば、ビクリと肩が震えた。しかし、男どもは誰も慰めようとはしない。
「君は欲張りすぎた。強欲は身を滅ぼすとはよく言ったものだ。
貴族社会に混乱を招いた咎は軽くないが、成人して間もない君に全ての責任を押し付けるのも大人気ない」
その台詞に希望を見出したように男爵令嬢は顔をほころばせた。
カインはにっこりと笑って判決を言い渡す。
「男爵家から勘当。修道院送りで許して欲しいと君の親に頼まれたよ」
男爵令嬢の顔色がなくなった。
「嘘よ……こんなの嘘……だって私は選択肢間違えてないもの。逆ハー状態からカインザート様に告白されて私は王妃に……」
「君を王妃に? 何の冗談だい、男爵令嬢如きが王妃の重責に耐えられるはずがないだろう」
カインは反吐が出るとつぶやいた。
妹を見ると「やっぱり……」と独り言を言っている。
何だ、夢の続きか?
「王妃は貴族社会の女性のまとめ役だ。男性とは違う完全な女性社会がある。男を頼りに夜会を泳いできた君に出来るはずがないだろう」
「シャルロット嬢なら出来るっていうんですか!?」
男爵令嬢が金切り声を上げた。その耳障りの悪い声は少し前の妹に似ている。
「ああ、シャルなら出来るよ。そりゃ君に対して嫌味なことも言っただろうけど、シャルは女性社会の生き抜く術を知っている。優しいだけじゃ貴族社会は生きていけないからね」
そういうと、カインは妹を抱き寄せた。
「カインザート・エイミスは、シャルロット・オールストンとの婚約をここに発表する。
次期国王として今回の沙汰をこれで一度終結とする。
仔細は後日知らせる故、本日はこれにて解散としよう」
「嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ!!!!!」
男爵令嬢が髪を振り乱し叫ぶ。
妹がカインにすがり付いている。幽鬼のように見える男爵令嬢を誰も止めようとしない。
「あんたが! あんたが悪役令嬢なのに! シナリオを勝手に変えるから!
あんたが悪いのよ! あんたが、あんたが、あんたがああああああああああああ!!!!」
なりふり構わず妹に掴みかかろうとした男爵令嬢を数人の護衛騎士が慌てて止めた。
目が血走り、唾を吐きかけようとしている彼女の化粧は酷いことになっていく。
「断罪されるのはシャルロットよ! 悪役令嬢はシャルロットなの!
私には輝かしい未来が、素敵な男が、幸せが!!」
「連れて行け。必要ならば後で報告しろ」
カインが命令すると、護衛騎士が男爵令嬢を引きずって退場した。
同時に問題児たちも別室に連行されていった。こちらは憔悴はしているが、取り乱すことなく静かに退場していく。
会場に沈黙が落ちるが、しばらくすればざわめきが戻ってくる。
「シャルロット、大丈夫か?」
「お兄様。はい、大丈夫です」
「シャル、ごめんね。お待たせ。でもさすがシャルだね。うろたえたり騒いだり一切せずに傍にいれたんだから」
カインはニコニコとしている。それに妹は首を傾げた。
「私、何も出来ませんでしたけど」
「今回のことは大事になりすぎた。今のシャルの身分では捌ききれなかっただろう?
シャルに求められた役割はただ黙って僕の傍にいること。悪意にさらされても平然といれるって結構大事な資質なんだよー」
自分の力量と問題の難しさを理解できなければ、待つのは破滅だからな。
会場を見回した。どうやらカインはこの騒動をきっかけにして愚かな貴族を掃除したらしい。
実行犯の令嬢たちは男爵令嬢に唆されただけでなく、親からも唆しがあったのだろうな。
「今日の夜会はこれで終わりにするからね。事情をわかっていない馬鹿につかまる前に早く帰ってね」
「会場に入って数歩しか動かなかった夜会は初めてだな」
「もう、大粛清だったんだから仕方ないだろう」
「じゃあ、帰るとするか。行くぞシャルロット」
「あ、はい。わかりました。カイン様、失礼いたします」
「はいはーい。またねー」
そして、俺たちは馬車に乗り込んだ。
「え? 家に帰るのでは?」
「道中が危険すぎるからな。囮を使って俺たちは王城に宿泊だ。ああ、カインが夜来ないように手配はするから心配するな」
「いえ、そんな心配は……!!」
顔を赤らめた妹を連れて、俺は王城の客室に向かった。
*****
事態を収拾していただろうカインは夜遅くになってから客室に現れた。
いつも余裕があるやつなのに、今日は少し不機嫌で疲れている。
「お疲れ。どうだった?」
「ああ、もう! こうも見事に引っかかるとは思っていなかったよ!
おかげで早く片付いたけどさ! 僕としてはシャルを慰めに来たかったのに!!」
シャルロットはもう寝せてある。カインが来るまで起きていると話していたが、心労が重なっているはずだと無理に部屋に下がらせた。部屋付の侍女からはもう寝入ったと報告があった。
「で? 結末は?」
「男爵令嬢と馬鹿な弟が脱走をはかり、落馬事故で死亡。
公爵子息は大人しく牢に入っていたけど脱獄補助をしたとして実刑。
後の三人は衝撃の結末に声も出ないとさ」
「シャルロットの夢に良く似ているな」
「夢? 何の話?」
妹の夢だと死ぬのは妹だった。改心したおかげでその定めから抜け出せたといったところだろうか。
脱獄は意図して行わせたものだろう。あの男爵令嬢が生きているのに妹に復讐しないなど考えられない。
しかし、第二王子が死亡とは穏やかじゃないが……
カインにとってはたいした問題じゃないだろう。継承権に関しては早く自分の子を産めばいいとでも思っていそうだ。
「そのあたりはまたシャルロットに聞いてくれ。明日はじっくり慰める気なんだろう」
「勿論だよ! ああ、シャル……」
「シャルロットの部屋には立ち入り禁止だ。夜這いは許さないとシャルロットには言ってあるからな」
「何だって!! そんなの生殺しじゃないか! 城にシャルがいるのに寝顔すら拝めないのかい!?」
「明朝一緒に食事が出来るな」
「寝ぼけ顔のシャル! 朝日の中で一緒にテラスでお茶を飲んで……よし、寝よう!」
カインは退出の挨拶もせずにバタバタと去っていった。
あんなに惚れ込んでいるとは知らなかった。というか、あまりに誘導しやすくて国の将来が心配になる。
「やっぱり苦労しそうだぞ、シャルロット」
俺は苦笑して冷めたお茶を飲み干した。
というところで終了です。
勿論シャルロットはこのままカイン様と結婚します。
マトモなシャルロットと溺愛のカイン様では普通の恋愛になることでしょう。後日談は予定していません。
ちなみに、主人公とカイン様は友達設定。
伯爵が王子様とタメ口でいいの?というのは、幼馴染だから、という設定を思っていたんですけどねえ。入れるの忘れてた。
おそまつさまでした。