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うるわしの暗黒詩人

「……うつは僕の商売だからね」


 目を合わさずにうつむいて、詩人はぽつりつぶやいた。白衣を着た青年は詩人と向かい合わせに、困ったように微笑する。


「そう言われましても、ここは精神科ですからねえ……わたしも医者である以上、苦しむあなたをこのまま放っておくわけには……」

「……良いんです。放っておいてくださって構わない……」

「しかし、わたしはあなたと共通の友人に頼まれたのです……」

「……あいつは良いひとだからなあ……僕を心配してくれるのは嬉しいが、正直ありがた迷惑だ……」


 こちこちに親切をこばむ姿勢に、やっぱり手ごわそうな患者だなあと医者は思う。脳裏に『共通の友人』の『何とかしてやってくれよ、あいつを!』と叫んだ子どもみたいな泣きべそが浮かぶ。


 ……あんなに心配されているのに、とちょっと詩人を恨みに思う。医者の想いを知ってか知らずか、詩人はぼそぼそしゃべり続ける。


「……僕の詩はいんうつが売りなんです、血の香りがするの花園、魔王を崇める美しい堕天使たちのユートピア、そんな作風で今までずっと詩を書いてきた……」

「――詩と命とどっちが大事なんですか? このままではあなた、重い鬱に精神をやられて喰い殺されて……!」


 思わず声を荒げる医者に、シャルルという名の詩人は無表情にぽつり応える。


「いいんです」

「…………え?」

「あなたは治すのが商売だが、僕は詩を書くのが商売だ。いいや、僕のは生きがいだ。きんで両親を失ってからの孤児院暮らし……」


 いつになくシャルルが自分から自分のことを語り出す。はっとして口をつぐんで続きを待つ医者に向かい、詩人は()()()()と己の過去を語り出す。


「表向きは政府公認の慈善団体だが、孤児院の内部はまあそこそこ『腐敗』していて……読み書きは教わるが愛はくれない、親にもらった名よりも番号で呼ばれることが多いし、一日二回の堅いパンとぬるい水、いつだってお腹をすかせているような、そんなぎりぎりの幼い暮らし……」


 黙って聞き入る医者に向かい、初めて目と目を合わせた詩人が、うつろな瞳に医者を映して、ぼそりぼそりと言い重ねる。


「……僕が十歳の時、読み書きの課題でみんなして作文を書かされて……壁に貼り回された僕の作品が、たまたま取材で孤児院を訪れた作家の目に留まり……」


 シャルルは語る。他人事みたいに、熱のない口調で、生気を感じられぬ()()()()とした口ぶりで。


「僕はその作家のもとに引き取られた。将来ものを書く人間となるために……」


 後はもう語らずとも分かるだろうと、詩人はぷつんと口をつぐむ。そう、語らずとも分かる。この青年詩人は、引き取られてからも内側の鬱を『大事に育て』、己の作風に練りあげたのだ。


 作家にいろいろ教え込まれ、本を読んでは気に入った文章を勉強のためにノートにペンで書き写し、自分でも数限りなく書いてみて、それを繰り返しくり返し……そして作家が老いて亡くなった今、シャルルは作家の屋敷を受け継いで、ひとり陰鬱な詩を書き連ね、その暗く美しい作風で国じゅうに名を知られる詩人となった。


 医者はひとつ大きく息を呑み、それからゆっくり息を吐き……シャルルの内面をうかがうように問いかける。


「……鬱が治れば、書けなくなると?」

「もちろんそうは思っていない……何かしらは書けるだろう、書けるだろうけど、僕はもうこれで良いと思っている。世間はもう僕を『暗黒詩人』としてしか見ていない……」


 言葉を返せぬ青年医者に、ほんのわずかに年上の詩人は、もっとずっと大人びたような表情で、淡々と言葉を重ねていく。


「赤と黒の詩人、血と薔薇の詩人、闇と堕天使に愛されし詩人……いろんな愛称で呼ばれるが、どれも一緒だ、求められているものは。僕は幼いころからの鬱にとりかれ、鬱に書かされ、鬱と己の詩に喰い殺される。それで良いんだ、もうとっくにあきらめている」

「……何を?」

「己自身の、幸せを……」


 医者はもう何も言えなくなって、どこか泣きそうに口をつぐんで。この上もなく真剣な顔をしてしばし黙り込み、それからおずおず口を開く。


「……わたしは読んでみたいです。いつか鬱から解放されたあなたが、どれだけ明るく素晴らしい詩を書くものか……」

「……あなたひとりの望みでは、陰鬱詩人の称号をあっさりあきらめる訳にはいきません……」

「――ああ、どう言えば分かるのかなあ! つまりですね……」


 切なそうに身もだえた青年医者は、ほんのりとほおに赤みをさして、まっすぐ目を見て言葉を紡ぐ。


「……医者という立場を離れて、ぼく個人として言いますね。ぼくは……あなたが心底から笑った顔を、見てみたいんです、一番近くで……」


 詩人がかすかに目を見張る。息を呑み、それからゆっくり息を吐き、この日初めて微笑んだ。


「……考えておきましょう」

 それだけ応えておじぎをし、診察室を出ていった。去りぎわに残したあまりにもささやかな詩人の微笑が、医者の胸に甘く食い込んで、いつまで経っても消えなかった。


* * *


 そうして、それから二十年。


 壮年の見目(うるわ)しい男性二人が、お忍びで街をぶらついている。サングラスにつばの広いぼうしという姿でも、その美しさがよく分かる。


 二人はふらりと本屋に立ち寄り、その内一人がちょいちょいと相手を手招いた。


(……ねえ、見てシャルル! あなたの新刊、店に入って一番目立つとこにどーんと平積みで置かれてますよ!)

(名前を呼ぶのもこんな小声か……なんか前科者みたいだな……)

(なに言ってんですか! 世界的に名を知られた『にじと花々の詩人』様!)


 ちょいとサングラスをずらし、綺麗な瞳でこちらを見やるのは、二十年分歳を重ねた青年医者だ。詩人はくすぐったそうにい、今は自然な笑顔のままで愛しげに己の新刊をそっと手にとる。


 長年の鬱はなかなか手ごわくて、いまだに詩人の内を完全に出て行ってはくれないが……。


『誰より愛しいひと』として、全力で連れ添って治療を続けてくれるパートナーと一緒にいると、本当に少しずつ、わずかずつだが、鬱の影が薄くなっていくのを感じる。


 新刊の表紙、限りなく明るく優しいタッチで描かれた虹色の花々のイラストが、今の二人の幸せとこれからを、何より示してくれていた。

しばらくぶりに『代表作の改稿作業』からこちらの話に戻ってきました!


この短編はとりあえずリハビリで、これからいくつか話を書き溜め、また気なりに投稿していきたいと思います。気が向いたらのぞいてやってくださいまし!

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