10.地下闘技場の無限ループ
放課後。レンの案内で王立魔法学園の裏手にあるスラム街を抜け、私たちは薄暗い地下闘技場へと足を踏み入れた。
むせ返るような熱気と、鉄錆の匂い。そこはならず者たちが違法な賭け魔導決闘に熱狂する、まさに裏社会の掃き溜めだった。
「ひゃはは!これでお前のレアカードは俺のモンだ!」
闘技場の中央で、一人の男が下劣な笑い声を上げていた。蛇の意匠が施された黒いローブ。間違いない、魔導結社ウロボロスの幹部だ。
「……ひどい。俺の全財産をつぎ込んだパンダドラゴンが……」
対戦相手の平民らしき少年が、涙を流しながらカードを奪われている。
「あいつが噂の【無限ループ】使いですの?」
「ああ。結社幹部の『死霊使いのザルド』。相手に何もさせずに、延々と定数ダメージを与え続ける極悪コンボの使い手だ。……公爵令嬢が首を突っ込むには、少しばかり環境が悪すぎるんじゃないか?」
「あら、最高の環境じゃありませんこと?おあつらえ向きに、ちょうど場も温まっているところですし」
私は扇子を広げ、優雅な足取りで闘技場の中央へと歩み出た。
背後では、アンナが「それでは私は周囲の柱に魔導地雷を設置してまいりますね」と不穏な言葉を残して闇に溶けていったが、今はコンフリクトに集中するべきだ。
「ちょっと、そこの結社の方。随分と楽しそうじゃありませんか」
私が声をかけると、ザルドは品定めの嫌らしい視線を向けてきた。
「あぁ?なんだお前、ドレスなんか着て。ここは貴族のお遊びの場所じゃねえぞ。怪我したくなかったら――」
「貴方が勝てば、このカードを差し上げますわ。昨日、貴方たちの下っ端から巻き上げたものですけれど」
私は懐から『光輝の大精霊』のカードを取り出し、ヒラヒラと見せつけた。
「なっ……!?それは、我々が探し求めていた精霊のカード!なぜ貴様のような小娘が持っている!?」
「詳しい話は魔導決闘の後で。私が勝てば、貴方の持っているレアカード、全て置いていっていただきますわよ」
「……ひゃはは!いいだろう!身の程知らずの小娘に、真の闇の恐怖と絶対の絶望を教えてやるぜぇ!」
『――魔導結界、展開!』
【ザルド】 MP:4000
【セレスティア】 MP:4000
「俺の先行だ!ドロー!」
ザルドのターンが始まる。彼はニヤリと笑うと、手札から次々と不気味なカードを盤面に並べ始めた。
「俺は魔法カード『死霊の埋葬』を発動し、山札から『怨念の呪術師』を墓地へ送る!さらに『不死の祭壇』を設置!これで準備は完了だ!」
レンが眉をひそめて呟く。
「……まずいな。あれは『怨念の呪術師』が墓地に存在し、フィールドに『不死の祭壇』がある時にのみ発動できるループコンボだ。あと一枚、起爆剤となるカードを出されたら、セレスティアのMPがゼロになるまで無限にダメージが飛んでくるぞ」
「ひゃはは!その通り!そして俺の手札にはすでに最後のキーカードが揃っている!見よ、これぞ絶対無敵の戦術!魔法カード『無限の輪廻』を発動!!」
ザルドが高らかにカードを掲げた。
「このカードの効果で、墓地の『怨念の呪術師』を蘇生!呪術師の効果で相手に400ダメージを与え、さらに『不死の祭壇』の効果で呪術師を生け贄に捧げて『無限の輪廻』を手札に戻す!そして再び『無限の輪廻』を発動!これが永久に続く無限ループだァ!!」
闘技場の観客たちが「出た!ザルドの無限ループだ!」と沸き立つ。
「さあ、絶望しろ小娘!お前のターンが来ることは永遠に――」
「――その『無限の輪廻』の発動に、チェーン(連鎖)して効果を発動しますわ」
私は、一切の動揺を見せずに冷たく宣告した。
「は……?」
「相手が魔法カードを発動した時、手札の『儚き光兎』を捨てることで、その発動を無効にできますの。……さらに」
私は極上の悪役スマイルで、ザルドをねっとりと見つめた。
「この効果で無効にしたカードは、墓地へは送らず、ゲームから『除外』しますわ」
パキィィィンッ!!
ザルドが掲げていた『無限の輪廻』のカードが、光の粒子となって魔導盤から完全に消滅した。
「なっ……!?じょ、除外だとォォォッ!?」
ザルドが目玉が飛び出るほど見開いて絶叫した。
カードゲームにおいて「墓地」は第二の手札と呼ばれるほど再利用が容易な場所だ。しかし「除外」は違う。ゲームの枠組みから完全に消し去られ、二度と触れることのできない異次元送り。
「『無限の輪廻』を何度も使い回すのが貴方のコンボの要でしょう?そのカードはコンボ前提であり、強力過ぎるため制限とされているカードですわ。つまりデッキには1枚だけ。それを完全に消し去ってしまえば、貴方のデッキはただの『紙束』に成り下がりますわ」
「あ、あぁぁ……俺の、俺のコンボパーツが……異次元に……!」
無限ループというロマンは、たった一枚のコンボパーツが欠けるだけで、デッキの全システムが崩壊する脆さを孕んでいる。それをピンポイントで、しかも再利用不可能な『除外』で消し去られる絶望感は、カードゲーマーなら誰もが吐き気を催すものだ。
「さあ、私のターンですわ。……とはいえ、キーカードを失った貴方に反撃の手段はありませんわよね?」
そこからは、いつも通りの無慈悲な時間だった。
私は『静寂の魔石像』で魔法を封じ、『平和への誓い』で攻撃を封じ、もはや抵抗する気力すら失って白目になっている幹部を、罠カードのバーンダメージでチクチクと焼き殺した。
「おほほほ~!」
【ザルド】 MP:4000 → 0
『勝者、セレスティア・フォン・オブシディアン』
「……うわぁ。相変わらず、相手の一番嫌がる部分をピンポイントで抉りやがる。無限ループ使いが、ループに入れずただのサンドバッグにされてるの、初めて見たよ」
レンがドン引きしながらも、どこか楽しそうに拍手をした。
「ふふ。相手が一番気持ちよくなろうとした瞬間に、その希望の核を消し去る。これが妨害の真髄ですわ」
私は気絶したザルドの魔導盤から、約束通りレアカードの束を引っこ抜いた。
「お嬢様、周囲の柱への魔導地雷の設置、および導火線の敷設が完了いたしました。いつでもこの地下闘技場ごと、裏社会のゴミどもを圧殺できます」
気がつけば、いつの間にか戻ってきていたアンナが、起爆スイッチを手にニッコリと微笑んでいる。
「だからダメだって言ってるでしょ!闘技場が潰れたら、次に結社の幹部を狩る場所がなくなるじゃないの!」
「チッ。……かしこまりました。では爆薬は幹部を根絶やしにするまで取っておきますね」
こうして、世界を脅かすはずだった魔導結社の幹部は、私の手によって名誉も尊厳もコンボパーツも全て『除外』され、セレスティアは新たなレアカードの束をホクホク顔で持ち帰ることになったのだった。




