ラブルローン王国へ!
翌日の朝。俺は荷物の最終確認を行っていた。今回の任務に紋影官は関係がないので、ヴァネッサ室長の言う通り黒仮面は置いていく。これだけでもかなり気が楽だ。
オルディア領の時みたいに、突発的な事態に遭遇して紋影官として振る舞う可能性もないからな……!
正規の任務には違いないが、紋影官としての能力は求められていない。これにはかなりプレッシャーが和らぐ。
やっぱり今回の仕事はどこか観光気分が抜けない。そもそも目的が「〈王立古代遺物研究院〉の研究員に共同研究の打診をさせる」という、とくに切羽詰まったものでないというのが大きい。
しかもこの任務が発生した理由が「大国としてのプライドを守るため」というのだから、これで真剣味をもって取り組めと言われても無茶というものだ。
紋影官として帝国の闇に近づく必要もなく、異国でストライダーとして活動できる。うん、やっぱり楽しそうだ……!
「武装は〈蛇鎖の腕輪〉にナイフが2本あればいいか……。あとは携行食料に金と……おっと、そういやコレもあったか」
先日、新たに黒紋監察室に配備された道具が2つある。1つは変声アメ。バニィちゃんたち情報院がパイロットとして使用していたあのアメだ。
そしてもう1つが〈赤い息〉。オルディア領のブラックマーケットでもあった薬品で、技管局が開発したものになる。
あの時はまだ試薬ということもあり、副作用がすさまじく実戦配備されていなかったのだが、完成品(仮)として紋影官に1人1本ずつ配備されたのだ。
というか完成品(仮)てなんだよ。完成してないやん。これ、本当に飲んで大丈夫なやつ?
「飲めば一時的に仙勁レベルを上げられるという話だけど……本当かよ」
本当ならものすごいクスリだ。門外不出になるのも間違いない。
だが注意書きを読むと、本当に効果が発揮されるのか、また発揮されたとしてどれくらいの時間継続するのか、個人差が激しいらしい。それと人によっては腹痛が止まらなくなるのだとか。
使えるようで使えねぇ……! でももし本当に仙勁レベルを一時的でも上げることができれば、切り札として当てにできる代物だろう。
「ま、まぁ……かさばる物でもないし、一応こいつも持っていっておくか……」
それと服装は軽装でいく。そこまでガチなバトルをする予定はないし。
ただ〈蛇鎖の腕輪〉は少しゴツくて目立つので、長袖のローブを羽織って目立たないようにしておく。加えて新たに技管局に作ってもらった〈蛇鎖の腕輪〉のアタッチメントもリュックに入れた。
これまでの〈蛇鎖の腕輪〉は先端部に重りがついていたのだが、取り外して他のパーツに換装できるようになったのだ。具体的に言うと先端部を重りから刃物に変えることが可能となる。
射出時はそれなりの速度が出るし、いざとなれば投擲武器の要領で使用できるかもしれない。
ただ先端部の重さが変わるので、まだ俺が使い慣れていないという弱点はあるが……まぁ大丈夫だろ。
「よし……行くか! ストライダーレオンの旅立ちだ!」
意気揚々と自宅を出て南門へと向かう。するとすでにジェルトが待ってくれていた。
「フ……来たかレオン!」
「お待たせ、ジェルト」
「なぁに、私も今来たところさ! ところでずいぶんと軽装だな……」
「そう?」
思えば紋影官も兵士も軽装だ。帝国で重装備なのは騎士くらいかもしれない。
すっかり軽装でいることに慣れてしまったが、ストライダーからすれば軽装すぎるのかもしれないな……。
「ま、何はともあれテレシム運河に向かおう。あらためてよろしくな、ジェルト」
「ああ! さぁ行こう! ラブルローン王国が我らの活躍を今か今かと待っている!」
■
「おげえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「んげろげろげろげろおぉぉぉぉぉぉ……」
意気揚々とテレシム運河に到着した俺たちだが、即落ち2コマのごとく意気阻喪状態に陥っていた。理由は船酔いである。
「ゆ、揺れ……揺れすぎいぃぃぃぃおげろぉぉぉぉぉ」
「はげ、し、すぎりゅうぅぅぅぅおごおぉぉぉぉぉぉ」
テレシム運河では予定通りに試験運用されているという龍導舟が待ってくれていた。運河を進む他の船よりも一回り小さいのだが、外観はスタイリッシュな印象がある。
その龍導舟の後ろには木材を積んだ荷台がくくりつけられていた。
急遽乗る人数が1人増えたことに対して船頭は「後ろの木材についでに乗せるだけだから構わねぇよ」と言ってくれたので、俺たちは遠慮なく木材と一緒に乗せてもらう。
だがそこからが地獄の始まりだった。たしかに龍導舟は速い。これだけの速度が出るのなら、ラブルローン王国なんてすぐだろう。
しかしよく跳ねる上に、後ろの荷台にいる俺たちは上下だけでなく左右にも大きくふらつかれたのだ。その結果。
「う……ぶぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………!」
「し……しにゅうぅぅぅぅぅぅ…………!」
2人そろって盛大に船酔いしてしまうことになる。おかげで俺たちは龍導舟に引っ張られながら、荷台の最後尾でゲロを運河に垂れ流すという環境破壊行為を働いていた。
いや……ワンチャン魚の栄養になるのか……? もしかしたら食卓に並ぶ川魚のうちの1匹が、俺たちのゲロを栄養にしていたかもしれないと思うと、まだ見ぬ消費者に対して申し訳ない気持ちがわいてくる。いや、そんなことないわ。
「れ……れお、レオォン……! わ、私は……! も、もう、りゃめぇぇぇぇぇぇぇえおごおぉぉぉぉ!」
「お……俺、も……こい、つはぁ……! ひゅぐうぅぅぅぅぅぅぅおおおぉぉぉぉぉ……!」
こうして俺たちは運河をたどってラブルローン王国内に入った……が、目的地に着く前に下りる決意を固める。
そう……俺とジェルトは負けたのだ。龍導舟の覇気に。
胃の中のものをやさしく受け入れてくれた器のでかいテレシム運河に感謝を捧げつつも、同時にその恐ろしさも体感してしまう。
水路を使わないことに少しの後悔はあったが、俺たちは船を下りるとフラフラになりながらも王都へ続く街道を目指した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……! ひ、ひどい目にあった……!」
「ぜぇ、ぜぇ……! ま、まったくだよ……! この〈歩く大剣〉ジェルトを……ここまで、追い詰める……とはぁ……!」
うぅ……本当に気持ちわるい……。どれだけ時間がかかっても構わない、帰りは陸路にしよう……。
というか龍導舟の方に乗せてくれよ! まだそのほうが酔いもマシだっただろ!
「ふうぅぅ……。しかしここはどのあたりなんだろうね……?」
「あぁ……たぶんだけど、王都まではそう遠くないと思う。このまま西に進めば王都に続く街道が見えるだろうし、宿場町で乗合馬車を捕まえられれば、そんなに時間もかからないんじゃないかな……」
テレシム運河は南北に延びているが、地図では運河の西には帝都アイゼンスタッドと王都ラブルリアを繫ぐ大きな街道が走っている。このまま西を歩けば街道に行き当たるだろう。
それに下ろしてもらった場所も運河に面する小規模な村であり、街道までの小さな道が敷かれているので迷うこともない。とにかく街道に出さえすれば、あとは南に下れば問題ないだろう。
そう考えていたときだった。道から少し外れた茂みから女性が出てくる。
「はぁ、はぁ……! あ、あんたたち! もしかして……ストライダーかい!?」
なんだ……妙に焦っているようだが……。俺はしゃべるのも億劫だったが、ジェルトは顔を青くさせたまま笑顔を見せる。
「フ……その通りさ! どうかしたのかね、レディ?」
「よかった……! 助けておくれよ! あたしの仲間がこの先で、賊に襲われちまって……!」




