帝都の再会 アヴィエス
翌日の昼前。俺は貴族街の東門でアヴィエスとの再会を果たしていた。
「アヴィエス!」
「兄さん、久しぶりです」
おお……アヴィエス、ずいぶんと背が伸びたな……! 軍学校を出るときにヴァルツァー領を出たときは、まだどんぐりのように小さな女の子だったのに……!
アヴィエスは少し前からすでに帝都に来ており、今は帝立アストラ学院の敷地内にいる女子寮に住んでいた。
学院が始まる前でも、手続きさえ済んでいれば寮が使えるのだ。
俺は黒熊の巣穴亭を出ると東門へ向かったが、アヴィエスは貴族街の中にある学院から東門へ向かってきたことになる。そんな彼女は検問所を通るとこちら側へと移動してきた。
「いやぁ、大きくなったなぁ! エグシス兄さんも驚いていたんじゃないか?」
グレーの髪は腰下まで伸ばしており、前髪は編み込んである。それに白いカチューシャをつけており、どこからどう見ても立派な貴族令嬢だ。
ヴァルツァー領にいたときは動きやすい恰好と髪も短めにしていたのだが、帝都に出るにあたり、イメチェンしてきたのだろう。これぞ学院デビューというやつか。
「……そうですね。ところで兄さん、わたしに何か言うことはありませんか?」
「んん? 言うこと?」
「手紙の件です。途中からまったく出さなくなったじゃないですか!」
「あぁ、いや……ちょっと仕事が忙しくてだな……」
これについては本当だ。たしかに手紙を出すくらいならできたけど。
でもまさか紋影官として見聞きしたことを書くわけにもいかないので、はっきり言って手紙に書くネタがないのだ。
「領地を出るとき、毎月手紙を出すって言っていたのに」
「わるかったよ、アヴィエス。そうだ、エグシス兄さんにアヴィエスへのお土産を渡しておいたんだけどさ、受け取ってくれたか?」
「もう、話をごまかして……。お土産は受け取りました、けど」
ちょっとだけアヴィエスの態度が軟化する。よかった、お土産作戦が効いたみたいだ。
アヴィエスは懐から香り袋を取り出した。
「これ、すごくいい香りがしますね。今はもう香りが落ち着いていますけど、わたしはこれくらいがちょうどいいです」
「あぁ、それな。なんとお城の空中庭園で採れた花を乾燥させた香り袋なんだぜ」
「お城の……!?」
城を上がったところには、城下町を見下ろせる屋外スポットがある。そこに築かれた広大な庭園を〈空中庭園〉と言うのだ。
普通の庶民はおろか、貴族でもお城の庭園に入れる機会は限られている。
俺は遠目に見たことがあるくらいだが、なんでも庭園の管理にはかなりの時間とコストが発生しているのだとか。
そしてその過程で間引きされた花も発生する。そうした処分する予定の花を乾燥させ、商品化されたものがこの香り袋なのだ。
「そうそう。たしか『帝都の風を閉じ込めた』がキャッチフレーズだったかな」
しかしここまで持ってくるとは……よほど気に入ったのかね。
アヴィエスの機嫌を取るためにも、定期的に送ってもいいかもしれない。
「それよりアヴィエス、まずはお昼を食べに行こう。お店はもう予約してあるんだ」
「…………兄さん、もしかして彼女とかできました?」
「んん? できてないけど……なんで?」
「いえ……香り袋をお土産に選ぶセンスや、すでにお店を予約している手際といい……ちょっと違和感があったので」
「なんでやねん」
いや、それくらいするわ! アヴィエスの中で俺はどれだけ気が利かない男なんだ……。
そして彼女でもできない限り、こうした気は使えないと思われていたのか……。
兄としての尊厳が落ちてしまう。今日は久しぶりの再会だし、アヴィエスの中のお兄さまゲージを上げていかないとな!
そんなわけでアヴィエスの手を取り、そのまま俺は来た道を引き返していく。向かった先はもちろん黒熊の巣穴亭だ。
「あー、レオン! おかえりー!」
「あらレオンくん。ひょっとしてその娘が……?」
「ああ、妹のアヴィエスだ。この春から帝都の学院に通うことになったんだ」
みんなには席の予約時に「妹を連れてくるから」と話してある。おかげでみんなも歓迎ムードだ。
「えっと……ここは……?」
「昼ごはんを予約した店だよ。ちなみにここの2階が俺の借りている部屋だから」
「そうなのですか!?」
しかし少し前までは予約などせずとも席を確保できたのに……今は事前に予約をしておかないと、少し待たされるときがあるんだよなぁ……。
アヴィエスは店内をきょろきょろと見渡す。ヴァルツァー領にも似たようなお店はあるが、やはり初めて来た場所ということもあり新鮮なのだろう。そんなアヴィエスは1つの席を指さした。
「どうしてあそこだけ、立ち入り禁止の看板が……?」
その席は床にラインが引かれており、その内側への立ち入りを禁ずるという看板が出ていた。
まぁ普通に見たら異様だよな……。
「あそこはねー! こーじょ様が座った席なの!」
「こーじょ……皇女殿下!?」
「そ! 特別な席だから、あそこのテーブルは予約しないと使えないの!」
「皇女様が……ここに食事をしに……?」
ああ……よかった。普通の反応だ……!
そうだよな、おかしいよな! なんだって皇女殿下ともあろう方が、こんな下町で飯を食おうとするんだよ!
「皇女というと、基本的に行事以外でお城や皇宮から出ないものだと思っていました……」
「あぁ、アヴィエスの通うアストラ学院には2人の皇女が在籍しているぞ」
「っ!?」
驚くアヴィエスの背中を押してさっさと席に座らせる。
トーマスさんはすでに少し前から調理にとりかかっていたので、すぐに料理が運ばれてきた。
「はい、どうぞ。こちらレオンくんのお気に入りで、皇女殿下もお召し上がりになられた一角ウサギのステーキセットよ」
「おお、きたきた!」
「あ、ありがとうございます……」
ちなみにセレニアンたちの多くはこの一角ウサギのステーキセットを食べるらしい。
おかげでこのメニューを頼むと、周囲から「むむむ? さてはおぬし……同志ですかな?」と話しかけられる頻度が増えてしまった……。
中には何も言っていないのに、セレーネ皇女のすばらしさを延々と語り続ける奴もいる。あの皇女様、ほんと大した人望の持ち主だよな……。
「ん……! これ、すごくおいしい……! とくにソースが濃厚なのに、どこかさっぱりしていてお肉ととてもあう……!」
「だ、だろ!?」
あ……アヴィエス……。てっきり俺と同じで「おいしい」としか言わないと思っていたのに……! なんかそれっぽい感想を述べてる……!
未だに俺は「うまい!」しか感想が出てこないぞ……。今度から俺もこういうシチュエーションに出会ったら、アヴィエスのマネをしようっと……。
食事を進めながら久しぶりとなる妹との会話を楽しむ。アヴィエスからは父や兄、母の最近の様子や村での出来事について教えてくれた。
「これからまた魔獣が増える季節だもんなぁ。まぁみんななら心配いならいだろうけど」
ヴァルツァー領はかなり魔獣の発現頻度が高い。だが北の辺境にはストライダーも寄り付かないので、魔獣に対してはそこに住んでいる者たちでなんとかするしかないのだ。
結果、罠の種類がいろいろ増え、領主一族はだれもが最前線に出て領民たちを率いて魔獣討伐を行う姿が当たり前となった。
もう何代も前からずっとそんなことをしているので、領民たちも非常に戦闘意欲が高い。
帝都に出た俺は、他の領地ではまったくそんなことがないと知って衝撃を覚えたものだ。きっとアヴィエスも似たような衝撃を受けていくだろう。
「父さんももういい年齢だし、ルディオ兄さんがレオン兄さんに帰ってきてもらえると助かるって話していたけど……」
「ん~、まぁ俺もこっちでいろいろ忙しいからなぁ。仕事もすぐには手放せそうにないし」
エグシス兄さんみたいに長期の休暇でももらえたら、ちょっと帰郷するのもアリだけど。
帝都からだと往復だけで2ヶ月かかるし、なかなかそんな暇はないよなぁ……。
「兵士の仕事ってそんなに忙しいの?」
「ああ。……そうだ、青風の月から俺もアストラ学院で巡回兵士として働くから。どこかでアヴィエスと会うかもしれないな」
「え!? 兄さん、学院に兵士として配属されるの……?」
「ああ、といっても10日だけだと聞いているが。何か困ったことがあれば言えよ。といっても俺もアストラ学院に入るのは初めてなんだけどな!」
「もう……」
まぁ敷地内の地図は全部覚えたし、簡単な道案内くらいならしてやれるだろう。
そんなわけで昼食を済ませたあとはアヴィエスから「部屋を見せてほしい」と言われ、自室を案内した。いろんなところをマジマジ見ていたが、学院の女子寮と比べて汚いとか思われたのだろうか。
部屋に来たついでにノア先輩が調合してくれた石鹼をアヴィエスに渡してやる。
そうして部屋ツアーを終えたらそのまま帝都を案内し、門限に間に合うように貴族街へと送ったのだった。
「さて……いよいよ来週から学院での調査任務か……。アヴィエスもいるし、張り切って仕事に取りかかるかね!」
あぁ……戦闘がなくルード先輩のフォローまである仕事なんて、もう楽勝じゃねぇか! それとなくアヴィエスの様子も見守りつつ、サクッと仕事を終わらせないとな!
そうしてあっという間にアストラ学院入学日がおとずれたのだった。




