オルディア領へ 兵士隊長と2人の商務官
それからは任務に取りかかる準備に入る。
情報院より回された事前資料でオルディア領や今の領主に対する情報を頭に入れていき、またノア先輩には薬を調合してもらう。
「……ん、はいこれ」
「ありがとうございます、先輩」
「いい。むしろタイミングがよかった。わたしも明日から任務に就く予定だったし」
どうやらノア先輩も仕事を言い渡されたようだ。紋影官はみんななんだかんだで忙しいよな……。
「後輩は……オルディア領だっけ」
「そうです。ノア先輩は?」
「帝都」
「え、いいなぁ」
オルディア領は片道おおよそ2週間くらいの距離だ。
さすがに帝都までの街道はしっかりと整備されているので宿などには困らないのだが、それでも距離はある。
「ん、でも面倒。技管局絡みだし」
「技管局というと……帝国軍技術管理局?」
「そう」
帝国軍技術管理局……さまざまな兵装や薬などの研究が行われている部署だ。組織図では帝国軍に属しているが、独立性が強くあやしい研究者が多いというイメージがある。
まぁあやしさだけで言えば、うちもかなりのものだとは思うけど……。
「試作品の薬が盗まれたか、あるいは横流しされている可能性がある……らしい」
「その調査ですか。そりゃまた難易度が高そうな……」
「ん。試作品の薬も種類が多くて覚えられない」
そう言うとノア先輩は懐から紙を取り出して俺に渡してくる。興味があったので中身を見せてもらうことにした。
「へぇ……たしかに数が多いですね。というかこんなに試作品があるんですか……」
相変わらずあやしいクスリを開発しているな……。
しかも色や匂い、空気に触れたら色が変わるなどの特徴はあるが、いちいちどれがどの薬なのか特定していくのも時間がかかりそうだ。
でもある意味でノア先輩とは相性がいい任務かもしれない。
この人の異能【心象薬理】は、条件がそろえば自らが望む薬を調合できてしまうというものだし。
「……そ、大変。だから後輩、オルディア領に行ったらお土産に海塩結晶と甲殻香油をよろしく」
「…………なんすか、それ?」
「両方ともオルディア領で有名な特産品。行けばどこでも手に入る。手に入りやすい物をお土産に選んであげるわたし、できた先輩」
「まぁノア先輩には日頃からお世話になっていますし、べつに構いませんけど……」
そんなわけで強制的にお土産を買ってくることになってしまう。
それからもしっかりと準備を整え、そしていよいよ帝都を発つ日がやってきた。
商務官の護衛任務に就く一般兵たちは南部エリアにある兵舎、その一室に集められていた。部屋の中にいるのは俺を含めて10人。女性兵士は2人だ。
その中で最も年上……おそらく30歳になっているかどうかくらいの男性が前に出る。
「おぃーす……俺はランドだ。聞いていると思うが、俺たちは商務官殿を護衛してオルディア領へと向かう。とりあえずこの中で最も階級が高い俺が指揮官ということになるみたいだから、まぁよろしく頼むわ」
表情と声色からして、覇気というかやる気みたいなものを感じねぇ……! きっとのらりくらりと兵士として過ごしてきたのだろう。
ある意味で俺が当初目指していた理想の帝国兵なのかもしれない。
「まぁ指揮と言っても、そうそう大したもんはできねぇ。そもそも護衛といっても、帝国軍の軍旗がついた馬車を街道で襲うようなバカもいねぇだろうし」
「それじゃランド隊長、俺たちは何から商務官殿を守れば……?」
「さぁ? ま、たまに商務官殿からお手伝いやお使いを頼まれることもあるだろ」
ランドに緊張感がない……。ベテラン兵士の余裕もあるのだろうが、俺も街道で襲撃にあう可能性はほぼないと見ている。
帝都から各地に伸びる街道は幾本もあるが、その中でも大きなものは6つ。他領の大都市に繋がっていたりと、1年を通してしっかりと整備されている大きな街道だ。
そうした街道は軍はもちろん、領地内の騎士団も巡回している。それに宿泊所も多いし、めったなことでは魔獣もでない。
帝都からオルディア領へ伸びる街道もその中の1つだ。
治安がいいのはもちろん、ランドの言うようにわざわざ帝国軍の軍旗を掲げた馬車をターゲットにするような賊などいないだろう。
「いやぁ、お前らラッキーだったなぁ~」
「と、いいますと……?」
「今回は往復でそれなりの日数がかかるが、言ってしまえばそれだけだ。そしてオルディア領といえば商業が盛んで海の幸でも有名な土地。どうせ領都についたら忙しいのは商務官殿だけだ、俺たちは時間に余裕ができるだろうよ」
ランドの言葉に若手兵士たちが笑顔になっていく。ランドが高圧的な隊長でないことや、オルディア領で自由時間があることに気が緩んでいるのだろう。
く……! う、うらやましぃ……! 俺は紋影官としての仕事が待っているというのに……! あぁ、普通の兵士になりたい……。
「ランドさん。そんな気持ちで護衛についてこられても困ります」
「おっと……」
ここで新たな人物が2人入ってくる。
1人は40代くらいの男性、もう一人は俺とそう年齢が変わらなさそうな女性だ。
「アーミックさんにアリアシアさん。集合時間よりもお早いですね」
なるほど……服装からしてこの2人が商務官か。というか商務官、1人じゃなかったんだな……。
アーミックと呼ばれた男性は少し小太りで、常に額に汗をかいていた。ビシッとランドに物申した女性を見て少しオロオロしている。
その女性……アリアシアは対照的でキリッとした目つきをしており、紺色の髪を肩上で真横に奇麗に切りそろえていた。
メガネをかけているためか、賢そうかつ気が強そうな印象がある。
「いいですか、ランドさん。それにあなたたち。我々は遊びに行くのではありません。定期監査というのは重要な仕事なのです。決して気を抜いていいわけでは……」
「ま、まぁまぁアリアシアくん。彼らとはしばらく一緒に旅をするのだし、それくらいで……」
「アーミックさん、あなたがそんな態度を取れば余計に規律が緩むでしょう! この中で最も上の立場なのですから、それに相応しい態度をお願いします!」
「あ、あぁ……わかったよ……。ハァ、ハァ……」
な……なんだ……このアーミックというおっさん……。自分よりもかなり年下のアリアシアになじられて、目が悦んでいないか……?
なんか息が荒くなっているし。頬も赤くなっているし。
……もしかしたら深く考えないほうがいいのかもしれない。
「こほん……それではあらためて。私はアーミック、今回定期監査でオルディア領へ向かう商務官だ」
「わたしはアリアシア。同じく商務官よ。聞いているでしょうけど、あなたたちには道中の護衛の他、必要に応じて領都オルディーンでも護衛を続けていただきます。何か質問は?」
なるほど……女性兵士が2人配属されていたのは、同性であるアリアシアへの配慮だろう。
うんうんと納得していると、俺の隣の兵士が手を上げる。
「あの……どうして商務官殿がお二人もおられるんですか……?」
俺もそこは少し気になっていた。てっきり1人だけだと思っていたし。
でもわざわざ聞くほどでもないか~……と、手を上げなかったのだが。
加えて言うと、監視対象が増えたことにげんなりしていたというのもある。
まぁヴァネッサ室長の言うことがたしかなら、商務官は職業柄、そうそう不正行為はしないみたいだし……あくまで監視は本命の仕事のついでだ。
「あなたね……オルディア領がどういった領地か知らないの?」
「まぁまぁ、アリアシアくん。えぇとだね……オルディア領はとても経済規模の大きな領地でね。1人で監査するのはかなり大変なので、例年2人以上の商務官が出向いているんだよ」
「そうなんですか……わかりました、ありがとうございます」
そういうことか……。言われてみれば1人でなんでもかんでも調べるのも大変だもんな……。
でも話ぶりからして、アーミックは定期監査の経験が豊富なようだ。年齢的にも実際、これまで何度もこなしてきているのだろう。
若手商務官を育てるため、ベテラン商務官が組まされた……そんなところかな。俺も最初はいろんな先輩とよく一緒に仕事をしていたし。
「他に質問は? …………ないみたいね。ではランド隊長、さっそく向かいましょう」
「え、もうですか? まだ出発予定時間まで少しありますが……」
「そうだよアリアシアくん。もう少しゆっくりしてからでも……」
「何を言っているんですか、アーミックさん! 早く行けばそれだけ早く仕事が終わります! 当たり前のことじゃないですか! そもそももう全員そろっているんです、ここに留まって何をするっていうんです!?」
「そそ、そうだね……ハァ、ハァ……。う、うん。ではオルディア領へ向かおうか……ハァ、ハァ……」
……うん、俺は深くは突っ込まない。そもそも今回の任務ではいつも以上に目立つようなことをしたくないし。俺はどこにでもいる一般的なモブ帝国兵士だ。
そうして予定よりも早く帝都を出立する。街道はしっかりと整備されており、2台の馬車は順調にオルディア領へと進んでいく。
道中ではあらためて全員で自己紹介を行うなどして親睦を深めるシーンもあった。
そんななんの問題もない日々を過ごすこと2週間。
「わぁ……!」
「俺、海って初めて見た……!」
いよいよ俺たちはオルディア領の領都オルディーンへと到着したのだった。




