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普通の兵士になりたかったのに、皇帝直属の隠密として帝国の闇を任されすぎている  作者: ネコミコズッキーニ
3章 ちょっと市場調査をしに行くだけの任務ですよね?

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新たな任務は港町での潜入調査

 ヴァネッサ室長はもう一度わかりやすく次の任務を教えてくれた。


「そうだ。今回オルディア領へ向かう紋影官はお前のみになる。そこでブラックマーケットの実態を調査してもらいたい」


「ぶ……ブラックマーケット……?」


「その前に……オルディア領のことはどれくらい知っている?」


 いやぁ……こんな偶然、あるもんなんだなぁ……。ついこの間の同期会でちょうどその名が出たところだ。


「海に面する領地で港を持っていて、商業がとても盛ん。そこそこ広い領地で、封臣も何人かいる……という感じですかね?」


 同期のレイモンドがオルディア領に仕える騎士になったとユリウスから教えてもらったところだ。


「その通りだ。領都オルディーンは帝国でも随一の商業都市として知られている。それというのも港があり、他領や国外との交易が盛んなためだ」


 やっぱり港を持っている土地というのは強いんだなぁ……。しかし問題はそこではない。


「で……どうしてそこへ俺が単独潜入するんです……?」


 自慢ではないが、俺の異能は潜入任務向きではない。そもそも戦闘向きでもない。ほんと俺、どうして紋影官なんかやっているんだ……?


 潜入任務自体はこれまで何度か経験はある。身分を隠しての活動という意味では、リシェルと共にハグリアの街へ行った仕事も潜入任務の内に入るだろう。


 とはいえべつに得意というわけではないし、適性が高いだとかやりたいとも思っていない。


「そう身構えるな。時間はかかるかもしれんが、これまでの仕事と比べれば大した内容ではない」


「と、いいますと……?」


「まずブラックマーケットが何を指すかわかるか?」


 字面でなんとなく予想がつく。というかその名の通りだろう。


「後ろ暗いものを扱っている市場、ですよね?」


「その通り。横流し品や、黒夢晶ダークルシッドのような闇道具を扱うマーケットだな」


 とんでもねぇマーケットだな……。たぶん帝都にも似たようなものはあるんだろうけど。


「オルディア領の交易状況や市場規模は、情報院もデータを取っている」


「まぁそれだけ商業が盛んな街なら、当然データ収集の対象になるんでしょうけど……」


「ふむ……なぜ当然の対象だと思う?」


「え? 今言った通り、商業が盛んで港もあって、取引規模が大きい街だからですけど?」


 田舎の村……たとえば俺の故郷での交易状況なんかは、さすがに情報院もそこまで興味がないだろう。おおよその人口などは把握しているかもしれないけど。


「もっとよく考えろ。なぜ大きい街が対象となる?」


「……あぁ。ちゃんと税を納めているか、はっきり調べる必要があるからですかね?」


 領主は領民から税を取る。そしてその税の一部は帝国に収められる。これは割合で決まるので、当然収益の大きな領地ほど、帝国に多額の税を支払う。


 だからこそたくさんの税金を納める貴族と中央政府の癒着はなくならないのだ……たぶん。


「その通りだ。さすがに情報院といえど、帝国全土に目を向けるのはむずかしい……が、絶対に外せない領地というものはある」


 当然、オルディア領は情報院にとって外せない領地ということだ。


 かなりの収益が得られている領地だし、ちゃんと税金を申告漏れなく収めているのか確認する必要があるのだろう。


「さて……本題だが。近年、オルディア領の港の荷揚げ量は増加傾向にあるのに、税収は横ばいであることが確認された。そこで商務官を派遣し、実態を調査することとなったのだ。ちょうど定期監査の時期でもあったからな」


 なるほど……つまりこれは……。


「本来国に収めるべき税をごまかしているということですね!」


「可能性はゼロではないが、今のところ断定できる材料はない」


「え!? いやだって、荷揚げ量は増加しているのに税収が変わっていないんでしょ……?」


 どう考えても税をちょろまかしているようにしか思えないのだが。


「こういうことは珍しい話ではない」


「……と、いいますと?」


「安物……たとえば穀物や木材の取引量が増えていた場合だ。荷揚げ“量”は増えていても、税は“価値”にかかるものだからな。あとは倉庫管理の問題で品の破棄が続いているなど、そういうケースはよくある」


 さすがにヴァネッサ室長も、この手のケースは何度も経験してきているのだろう。慣れた口調で教えてくれる。


「過去に商務官が実態調査に乗り出し、何も問題なかったということは多い。今回もその可能性が高いとは思うが……古今東西、規模の大きな港町には他国からの密輸品が入り、それがブラックマーケットに流れるという話は多い」


 えぇ……マジか……。まぁ他国からの密輸品なんて、陸か海しか経路がない。


 リシェルは陸路を使って黒夢晶ダークルシッドを帝国内まで運ばせたけど、だからこそすぐ情報院にバレたのだろう。


 もしかしたら海から入ってくるもののほうが、ごまかしはきかせやすいのかもしれないな。


「領都オルディーンにブラックマーケットがあるのは確定なんですか?」


「まぁまったくないということもないだろう。禁制品の類でなくとも、横流し品が横行するマーケットは帝都にも少なからず存在している」


 帝都にもブラックマーケットが……? なぜ取り締まっていないのだろうか。


 そんな疑問が顔に出ていたのだろう、ヴァネッサ室長がうなずきを見せる。


「帝都のブラックマーケットを取り仕切るのはマフィアだ。さすがに禁制品が出回ればしっかりと取り締まりが行われるが、限度をわきまえているうちは見逃しているのが現状だな」


「そうなんですか?」


「ああ。マフィアも貴族とのつながりはそれなりにあるし、それに表では規模の大きな商会を経営しているケースもある。そうした商会は他にも取引のある業者がおり、そこにも労働者がいるわけだが……下手にブラックマーケットを取り締まった結果、大量の失業者が出る懸念もあるのだ」


「うへぇ……」


 ああ……なるほどな。マフィア側もそれがわかっているから、ぎりぎり摘発されない範囲でブラックマーケットを取り仕切っているのか。


 雇われ労働者の中には、まさか自分たちの商売がマフィアに関係しているとは思っていない人がほとんどだろうし……。


 あらためてこの帝国は、光と闇が共存しているのだと思わされる。


「さて、今回の仕事の内容に入ろう。お前の任務は2つ……1つは商務官が領主や商人、マフィアといった連中に買収されないかを見張ることだ」


 おっと……そういえばオルディア領へ行って、ブラックマーケットも含めて具体的に何を行えばいいのかを聞いていなかった。


「商務官と言うと、先ほどおっしゃっていた方ですよね。正しく税を納めているのか、調べに行くという……」


「そうだ。一部の街には抜き打ちで調査に出るが、オルディア領のような領地には定期監査が行われているからな。今回もその一環だ」


 で、監査に行った商務官が買収されてウソの報告をされたら帝国としても困るわけだ。なるほど、たしかに商務官の見張りも必要だろう。


「……ん? ということは、何か商務官に同行する建前というか……肩書きみたいなものが与えられるんですか?」


「話がはやいな。商務官はオルディア領へ向かう際に、軍から護衛をつけることになっている。お前には今回、その護衛……帝国一般兵として同行してもらう」


 おお……最初はガチで単独でオルディア領へ向かうのかと思ったけど、同行人がいるらしい。


 たしかに紋影官は俺1人だが、他にも兵士がいるのなら孤独も紛れるというものだ。


「わかりました。でもただの兵士で商務官を見張るのってハードル高くないですか……?」


「そこはお前の腕の見せ所だ。まぁ商務官は真面目な奴が多い、オルディア領の領主もそれはよくわかっているはずだからな。仮に後ろめたいことをやっていたとしても、買収を持ち掛けた事実を告発されるリスク……これを冒してでも商務官に言い寄る可能性はそうないだろう」


 どう仕事をこなすのかは現地で自分で考えろ……いつも通りと言えばいつも通りか。


 それにヴァネッサ室長の言う通り、領主も過去に定期的な監査を受けているので、商務官を買収するのはむずかしいと考えている可能性が高い。つまり……。


「商務官の見張りはついで。本命は2つめの任務ですね?」


「そうだ。そこで最初の話に戻るのだが、領都オルディーンにおけるブラックマーケットの実態を探ってほしい」


 ブラックマーケットの実態調査……! さすがに初めての任務だ。


「具体的には何をすれば? 帝都のブラックマーケットは見逃されているという話でしたけど……」


「わきまえているうちは、な。オルディーンのブラックマーケットも取り仕切っているのはマフィアだろうが……黒夢晶ダークルシッドのような闇道具が出回っていないとも言えん。どこから何が入りこんでくるのかわからないというのが港町の特徴だ」


「なるほど……」


「ちなみにどこから何が集まってくるのかわからないのが帝都の特徴だ」


「…………なるほど?」


 ま、今回の仕事内容についてはだいたい理解できた。


 きっかけがあって商務官がオルディーンへ行くので、それに同行してついでにブラックマーケットで危ないモノが出回っていないか調査しろというものだ。


 加えて商務官が買収されないか気にかけておけばよし、と。


「港湾帳簿、倉庫台帳、商会の申告書類……商務官が確認すべきものは多く、最低でも1週間は滞在することになる。調査はそれまでに済ませろ」


「ブラックマーケットの具体的な場所については?」


「現地に先行している情報院の密偵が調べてくれている手はずになっている」


「え!? 情報院との共闘ですか!?」


「何を言っている……黒紋監察室ブラックシジルは情報院の入手した情報をもとに動くのが基本だ。普段から共闘関係にある」


 いや、理屈はわかっているんだけど。


 ヴァネッサ室長のスタンドプレーは時に情報院の領分を侵すので、親密な関係にあるイメージがないのだ……とは思っても言わないけど!


「現地で密偵との情報交換方法については後ほど共有する。規定の場所で合言葉を言うことで、向こうにお前が紋影官シジル・シャドウであることが伝わる」


 なるほど……さすがにブラックマーケットの開催場所については、情報収集のエキスパートが済ませてくれているようだ。


 これぞ適材適所……いや、俺は紋影官シジル・シャドウとしての適性があやしいから、適材適所とは断言しづらいんだけど。


「……ん? ならその情報員のエキスパートが、そのままブラックマーケットの実態調査をすればいいのでは……?」


 俺がするよりもよほどうまくやってくれそうな気がするんだけど。


 そう考えたのだが、ヴァネッサ室長は盛大にため息を吐いた。


「それで済むならわざわざ紋影官シジル・シャドウを派遣するはずがなかろう。お前は何年紋影官(シジル・シャドウ)をやっているんだ?」


「3年ちょいです、すみません」


「今回の任務にお前を使う理由は2つ。1つは禁制品のリストについてすべて網羅できている点にある」


「ああ……なるほど」


 一言に禁制品と言っても、その種類は莫大だ。すべての名前や特徴を覚えるのは困難だろう……普通であれば、だが。


「2つ目だが、“黒入り”となった際に即座にその権力を発動できるようにしておきたいのが理由だ」


 今回の任務、時間はかかりそうだけど比較的楽そうだな……と思ったのに、ものすごく不穏な単語が聞こえてしまった。


「え……今回、黒入りになる可能性とかありそうなんですか……?」


「ゼロではないな。たとえば仮に本当に税収面で不正があったとして、商務官のほうから貴族らに取引を持ち込む可能性も否定できん」


「うわぁぁ……」


 商務官は真面目である……という前提が崩れていた場合のケースか。


 むしろ監査して不正を見つけたことで、商務官が「黙っててやるから俺にも旨い汁吸わせろよ、なぁ?」と、話を持ち込む可能性もある……と。


「そうなった時、その場で取り締まれるほどの強権を発動できるのは……」


紋影官シジル・シャドウっすね……」


「そうだ。貴族から買収を持ち掛けた場合は、そのまま黙って帰還して事の成り行きを報告しろ。あとで政治的な取引に利用できる。だが商務官は陛下から他領の監査を行うという、いわば権力を委任されている立場だ。その権力の乱用を見逃すわけにはいかん」


 同じく陛下の直属としてさまざまな特例措置を認められている紋影官シジル・シャドウとしても、身が引き締まってしまう。


 というか貴族から買収の話を持ち掛けた場合は、その場は見逃していいのか……。


 まぁ商務官がウワサ通り真面目な人であることに期待しよう。頼むから俺に余計な仕事を増やさないでほしい。


「以上だ。何か質問はあるか?」


「……ブラックマーケットに本当に禁制品が流れていることが確認できた場合はどうすれば?」


「その場合は何が流れているのかを記録し、帰還後に詳細に報告しろ。本格的にブラックマーケットを根絶やしにするには準備が必要になる、下手に突いたところで場所を変えられてしまっては意味がないからな」


 ブラックマーケットの根絶にも入念な準備や根回しが必要ということか。


 しかし帝都にもブラックマーケットがあるとは……。でも見逃されているということは、禁制品は出回っていないのだろうし、今度探してのぞいてみようかな。


「他に質問は?」


「ありません」


「では今回の任務内容について述べよ」


「はい。商務官の護衛兵士としてオルディア領へ潜入。そこで商務官と貴族の間で不正行為が行われないか見張りつつ、現地で情報員のエージェントと接触。ブラックマーケットの実態調査に移ります」


「よろしい」


 まぁヴァネッサ室長の話だと、そもそも本当に税をちょろまかしているかどうかは断定できないという話だし。


 もし何もなければ、貴族も商務官を買収しようとは思わないだろう。逆もしかりだ。


 そして仮に税をちょろまかしていたとしても、貴族が買収に動く可能性は低い。だからこそ本命のブラックマーケット調査に集中せよということなんだろうけど。


「また今回の護衛につく兵士は10人だが、剣尉はおらず、一般兵のみの隊で構成される」


「士官がいないということですか?」


「そうだ。“精剣兵”が代わりの指揮を執ることとなる」


 帝国軍の一般兵にも階級はある。下から粗剣兵、鍛剣兵、精剣兵、鋭剣兵だ。精剣兵や鋭剣兵はたしかに階級の低い一般兵を指揮することがある。


「お前の階級は“鍛剣兵”だ。うまく兵士として溶け込み、任務をこなせ」


 そう言うとヴァネッサ室長はピカピカの黒仮面を取り出し、俺へと差し出してくる。どうやら2週間の休暇期間中に新たな仮面が完成したらしい。


 俺はそれを受け取ると懐へとしまう。


「かしこまりました。レオン・ヴァルツァー、新たな任務に就きます」

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