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精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~  作者: 忌野希和
6章 領地開発のすゝめ

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306話 最期の夜

 イザベラ・サンルスカは人生最期の時を迎えた。

 諦めの境地にあった彼女は、ぼんやりと短い生涯を振り返る。


 ノーグ侯爵家の長女として生まれたイザベラは箱入り娘だった。

 成人する十五歳までは蝶よ花よと育てられる。


 とある公爵家の嫡子と婚約関係を結び、十七歳で嫁ぐ予定になっていた。

 ところが成人直後に事態は一変した。


 突如公爵家との婚約は破棄。

 会ったこともないサンルスカ侯爵の甥であるダナンの元へ、何の説明もなく嫁がされた。


 ダナンはオークのように丸々と太り、頭頂部が禿げ上がり脂でテカテカ。

 年齢は四十歳と親子ほどに離れ、イザベラは側室扱いで他に妻が四人もいる。


 性格は邪悪。

 金に汚く、格下の者を蔑む。

 女性を物のように扱い、妻たち以外にも女を侍らせていた。


 イザベラは幸福から絶望の底へと突き落とされる。

 どうして私がこんな目に遭うのだろうか。


 ダナンに弄ばれ、他の妻たちからは若さと美貌を妬まれいびられる。

 新雪のように無垢だったイザベラの体と心は、真っ黒に塗りつぶされていった。


 もう耐えられない。

 生きることを諦めようとした時、義理の従姉であるジーナから真実を知らされる。


 ノーグ侯爵家は裏で様々な悪事に手を染め、もう後戻りできないところまで来てしまっていた。

 だからイザベラを裏世界を支配していた、サンルスカ侯爵家へ売り渡したのだという。

 ノーグ侯爵家が裏世界から逃げられないようするための人質として。


 イザベラは成人するまで幸せに暮らしてきたが、そのための金は他者を傷つけ、誑かし、犠牲にして得たものであった。

 優しかった父親も兄も、裏では悪行の限りを尽くしていたのだ。


 つまり自分は最初から真っ黒だったのだ。

 自分を構成しているものすべてが邪悪で醜く罪深いものだと知り、イザベラは絶望する。


 今度こそ死んで詫びようとナイフを手に取ったが……できなかった。

 直前になって死ぬのが怖くなる。


 ああ、なんて自分勝手なのだろう。

 結局父親や兄と同じだったのだ。


 自分は深窓の令嬢なんかではなく、穢れた卑しい存在である。

 そう気が付くと、少しだけ心が救われた。


 真実を知ったイザベラは裏世界に足を踏み入れ、罪に手を染めていく。

 イザベラに与えられた仕事は暗殺。


 表向きには深窓の令嬢を続け、裏ではサンルスカ侯爵家の敵対勢力を葬っていく。

 主な手口は毒殺。


 可憐な少女を装い、油断した相手に遅効性の毒を盛った。

 夜会のような不特定多数が集まる場所であれば、犯人の特定は難しくなる。


 暗殺対象は裏世界の住人に限られていた。

 ちなみにこれは少しでも罪の意識が和らげばと、ジーナが裏で手を回したからであったが、本人はそのことを知る由もない。


 これは罰なのだろう。

 自分と同じ穢れた貴族を粛清し、そしていつか自分が粛清される番が回ってくる。


 先にその番が回ってきたのは兄だった。

 違法奴隷に手を出し、迷宮で略奪行為を繰り返し、冒険者に返り討ちにされたという。


 失態を犯した兄は粛清及び口封じの対象となり、その処理がイザベラに回ってくる。

 イザベラは喜んで兄殺しを請け負った。


 震える指先は見ない振りをして、拘留中の兄に対して毒殺用の魔術具を仕掛ける。

 確実に葬ったはずだったが……何故か魔術が不発に終わってしまう。


 どうして魔術具が発動しなかったのだろうか。

 訝しむのと同時に、兄をこの手で殺さなくて済んだと安堵している自分に腹が立った。


 その後、兄のサーライトは公の裁判で極刑が決まり、数週間後には刑が執行された。

 兄が死に、イザベラは自分の背後まで死神が迫っていることを自覚する。


 自分の番が来た時には、兄のように公の場で処刑されるのだろうか。

 それとも秘密裏に粛清されるのだろうか。


 答えは後者であった。

 王都に亜神ベリーズが襲来。


 王国滅亡の危機であったが、とある男爵によって守られた。

 その影響を受けて政変が起きた。


 裏世界に通じていた第二王子派が消滅し、粛清の嵐が巻き起こる。

 第二王子派だったサンルスカ侯爵家も粛清対象になりかけたが、他に裏世界をコントロールできる貴族もいなかった。


 なので自らの膿を出し切ることを前提に地位は守られた。

 イザベラは膿として切り捨てられる側である。








「くそっ、ジーナの奴め。ふざけやがって」


 ダナンが目の前にあった椅子を蹴飛ばす。

 巨体から繰り出された蹴りはなかなかに強力で、壁に激突した椅子はバラバラになった。


 ここは王都近郊にあるダナンが所有する隠れ家の一つ。

 ダナンとイザベラ、数名の護衛たちが潜伏していた。


 数日はやり過ごすことができたが、ついにジーナたち粛清部隊に見つかってしまう。

 隠れ家の外は既に包囲されていた。


「ここまでサンルスカ侯爵家が大きくなったのは、誰のおかげだと思っている」


「旦那様、最期くらい潔さを見せては如何ですか? もうこうなってしまっては粛清は免れません」


「ガキが偉そうな口を利くな!」


「……っ」


 怒鳴り声と共に血走った目で睨まれ、イザベラは思わず身が竦む。

 毒による暗殺を実行してきた彼女だが、戦闘能力は皆無で十六歳にしては体も小柄なほうだ。


 日頃からの加虐も相まって、イザベラにとってダナンは恐怖の対象でしかなかった。

 しかも他の妻たちは早々にダナンを裏切り逃げ出したこともあり、ダナンの怒りの矛先はすべてイザベラに向けられている。


「俺はこんなところでは終わらん。イザベラ、俺の妻だったら役に立て。最後までな」


「それはどういう―――」


 イザベラが聞き返したところで隠れ家と扉が蹴破られ、ジーナの粛清部隊がなだれ込んでくる。

 ダナンの護衛たちと戦闘が始まった。


「こっちにこい!」


「きゃぁっ」


 ダナンに腕を掴まれ、引きずるように移動させられるイザベラ。

 奥の部屋に逃げ込んだが、こちらも既に窓から粛清部隊が侵入していた。


「近づくな! こいつがどうなってもいいのか」


「あぁ……っ、うぅ……」


 振り回すようにしてダナンの体の前に引き寄せられると、イザベラの華奢な体は耐えられなかった。

 肩からぼきりと嫌な音がして激痛が走る。


「ダナン、もう諦めてイザベラを離しなさい」


「ジーナァァァァ! 貴様さえいなければ。侯爵家は俺のものだったものを!」


 粛清部隊と共に現れたジーナに対して、ダナンが咆える。

 怒りで手に力が入り、掴まれているイザベラの腕がみしみしと悲鳴を上げた。

 激痛で涙が零れ視界が歪む。


「碌に裏世界の管理もせず遊び惚けていた癖によく言うわ。まぁそんな貴方を生け贄にすることで、私は助かるのだけれど。せめて楽に殺してあげるから抵抗はやめなさい」


「ぐふ、ぐふふふふ……」


「ダナン?」


「どいつもこいつも俺を舐めやがって! 俺が偉い、一番偉いんだぁぁぁぁ!」


 追い詰められたダナンは完全に正気を失っていた。

 癇癪を起こして地団太を踏む。

 そしてイザベラを持ち上げると、頭から床に叩きつけた。


 ―――ああ、やっと終わる。


 スローモーションで周囲の景色が流れる中、イザベラの心は凪いでいた。

 このまま床に激突すれば、自分の細い首は間違いなく折れて死ぬだろう。

 心残りも……なかった。


 零れた涙が軌跡を描き、視界一杯に床が広がり―――


「やれやれ、女性の扱いがまるでなっていないな」


 不意に低い男の声が聞こえた。

 次の瞬間、イザベラの体が一瞬無重力になり、無骨だが優しい何かに抱き止められる。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 直後にダナンが悲鳴を上げた。

 イザベラが首を回らせてそちらを見やると、両腕を肘のあたりから切断され、床に倒れ込むダナンの姿があった。


「……え?」


「大丈夫か?」


 再び声がしたので、イザベラが今度は見上げる。

 するとそこには夜に溶け込むような、黒ずくめの人物がいた。


 全身に漆黒の板金鎧(フルプレートアーマー)を纏い、頭部も円錐型の兜(バシネット)を被っているため顔は見えない。

 見るからに怪しいが、不思議と安心感があった。


 王族より〈漆黒〉の称号を賜った男。

 ゼーレである。

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