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ゴランの選択

「やっほー、ひさしぶりぃ。また会えて嬉しいよ」

 一瞬、チラリと横目にアドルフを捉えていたバートリーからは、微かな緊張が感じ取れた。


 アドルフの“圧”に当てられた──などでは決してないだろう。もしそうなら、彼女がアドルフを放っておく筈がないからな。

 彼女の緊張には何か別の理由があるのかもしれない。


「後ろにいるのはイリマ・グレーネで良かったか?」

 念のために確認を取る。もしかしたら、影武者を立てていて本人は別行動、なんて可能性もあったからな。


「……えぇ。合っているわ」

 少し間があり、イリマは重い口を開いた。彼女からも、バートリー同様に不審な緊張が見られる。


「……二人とも少し様子がおかしくないか?」

「そんなことないんじゃないかな?」

 言いながらバートリーは笑みを作っているが、どこかぎこちない。普段彼女から感じる余裕のようなものも見えなかった。


「……イリマ・グレーネと言ったな。剣には自信があるのか?」

 暫く無言で二人の力量を推し量っていたであろうアドルフが、数年来の旧友とでも再会したかのように口元を緩ませる。

 彼とは対照的に、イリマは大きく肩を震わせてた。


「いえ、それ程では……」

「──それ程では、とは、どれ程だ?」

 逃げ腰のイリマのことなど気に留めることもなく、アドルフは笑みを深める。いつの間にか、彼の手には一振りの剣が握られていた。


「おい、アド──」

「アドルフさん」

 俺が止めに入るのよりも早く、レオナがアドルフの前に出た。それを見たアドルフは、つまらなそうに剣を納める。


「まぁ、またの機会で良かろう」

「それで、一緒に来るのは誰なのかな?」

 今すぐにでもこの場を離れたそうなバートリーが俺たちを見回し、やがてアルマ達に目をつけた。


「──っ」

 遅れて、バートリーはアドルフの時とはまた別の反応を示す。気になって横目で見たが、それはイリマも同様だった。


「私たち三人です」

「そうなのか?」

「えぇ。王女様からそういう指示を受けているから」

 緊張した面持ちでバートリーと向き合うアルマに代わり、リディアがそう答える。

 ゴランはといえば、少し興味深そうにギルド内部──正確にはギルド内の冒険者達をそれとなく観察していた。


「そうか」

 具体的な内容が気になるところではあるが、これ以上二人をこの場に繋ぎ止めておくのも可哀想か……。


「バートリー、三人を頼むぞ」

「はいはい、任せといて〜」

 バートリーは普段の彼女らしく手をヒラヒラと振りながらこの場を逃げるように去っていく。


「──間違えても怪我なんてさせないから」

 別れ際、四人を先導して歩くバートリーは、彼女が平時には滅多に見せないような生真面目な顔でそう呟いていた。


「さて。レオナ、向こうは任せた」

「うん。また後でね」

 先行して敵の拠点の一つを叩く予定の彼女たちも二階へと向かうのを見送る。


「湊たちもギルドに残るんだよな?」

「そうだよ。臨時戦力としてというのもあるけど、早い段階でストルワルツを失うのは辛いからね」

 言いながら、湊が苦笑いを浮かべる。


 自身を臨時戦力と言う辺り、既にこのメンバーなら戦力的に防衛には事足りることを理解しているようだ。

 どう見ても過剰防衛だしな……。


「今回はオリビア──《沈黙の魔女(サイレント・ウィッチ)》も防衛組だ。俺たちは表に出るから、宜しくな」

「りょうかい」


「よろしくお願いします……!」

 少し緊張気味のオリビアが彼の前に手を差し出す。

 西の国──いや、この世界規模で見ても指折りとまで言われている魔術師を前にしているんだ。無理もないか。


「うん。よろしく」

 言いながら、湊が差し出された手を取る。

 湊も冒険者にしては珍しく人当たりのキツい性格はしていないから、問題が起こることもないだろう。


「お父さんたちも、臨戦態勢に入ったみたいだね……」

 ジャックさんたちの気配を察したらしいアメリアがそう漏らす。

 俺の索敵ではまだわからないが、彼女がそう言うからにはそうなのだろう。

 アメリアは自身の保有する莫大な魔力量から細かい扱いが難しいものの、索敵範囲だけならオリビアの索敵さえ超えるからな。


「あぁ。俺たちもそろそろ出ようか」

 ジャックさんの方もそろそろ戦闘を始めそうなので、受付にいた馴染みのギルド員に報告をして表に出ることにする。


「すぐに戻ってくるから、そんな心配そうな顔しないでくれ……」

「はい……」


「ニコも、後でな」

「うん」

 少し不安気なオリビアの頭を軽く撫でてから彼女らと別れ、アメリアと二人でギルドを後にした。


◇ ◇ ◇


「アンナちゃん、入るよ〜」

 コンコンと、軽快に二度扉をノックしたバートリーは、躊躇うことなく扉を開いた。


 その先には、アンナと《中央の影》のメンバーが。

 中央の長机を囲むように配置された椅子の横にそれぞれ立っていた彼らは、ゴランの姿を確認し、誰からとはなく一斉に頭を垂れて片膝をついた。

 遅れて、三人を手引きしてきたバートリーとイリマも片膝をつく。


「ご健勝であらせられ何よりです。──魔王様」

 頭を垂れたまま、ウェイスが口を開いた。


「お二人にも感謝を申し上げます」

「いえいえ!私たちも魔王様には助けられてばかりで……!」

 先程までの平坦な声色とは打って代わり、言葉には収まらない程の感情の込められたアンナの声色は、最早涙声にも近い。そんな彼女に、アルマは慌ててそう返した。


 王女からゴランの正体を明かされたその日、彼女達の間ではゴランと今まで通りに接するという約束をしていたが、ゴランに対する彼らの対応を見たアルマには、普段通りに彼の名を呼ぶことなどできるはずもなかった。


「どうぞ、中へ」

 一人立ち上がったバートリーは、三人に部屋へ入るように促す。元々魔王軍にいた訳でないバートリーにはゴランに敬服する理由もなかったが、この場の雰囲気が彼女をそうさせていた。


「……」

 バートリーに入るように促されるも、ゴランは立ち止まったままだ。

 立ち止まったまま、彼は室内にいる《中央の影》の面々を見やる。


 ゴランは魔王だった頃の記憶を取り戻してからも、他のメンバーとの再会を果たせていなかった。

 そんな彼に訪れていた変化は記憶と知識くらいのもので、彼は魔王ではない第二の人生を謳歌していた。


 初めは世界のために他のメンバーを集め、来るべき決戦の時に備えるという女神との約束を果たす為、そうするべく立居振る舞っていた。

 そんな彼の使命感も数年の時を過ごす間に薄れ、あの出来事やこの記憶自体が泡沫の夢幻であったのかとさえ疑うようになっていく。


 ルシェフとオリビアとの再会は彼にあれが夢ではないという証明にはなったが、いくら自分に言い聞かせても、彼にはまだ自身が魔王だったという自覚がない。

 ゴランは、再び魔王として現在《中央の影》に所属している彼らと共に戦うべきか否かを悩んでいた。


 彼らとの再会が突然だったこともある。

 そして何より、王女から事情を聞かされている二人を巻き込むことにもなりかねない。


 彼らに対してどう接するべきなのか、この場で自分がどう立ち回るべきなのか、その迷いが、彼の足を止めていた。

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