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アトラス

 アドルフへ一直線に青い閃光が駆ける。彼の体勢が崩れるタイミングを待った一撃だったが、それでもアドルフはそれを難なく避けてみせた。


 常人なら避けられないだろうが、まぁ、アドルフなら避けるだろう。

 そこまで予想ができていたので、予想した彼の回避先へと斬り込む。


 アドルフは未だ着地すらしていなかったが、中空で【アクワグラシェリア】の横腹に回し蹴りを繰り出してきた。


 蹴りの衝撃で後ろに飛ばされそうになる【アクワグラシェリア】から手を放し、完全に隙のできたアドルフに回し蹴りのお返しを──。


「そこまでです!」

 鈴の音のような女声が聞こえ、そこで踏み留まった。


「王女……」

 声の元を辿ると、訓練施設の入り口に寝巻きであろうローブ姿のままである王女の姿を確認できた。この様子だと、俺たちのことに気づいて慌てて駆けつけたようだ。


「アドルフ、貴方も剣を下ろしなさい」

「……はぁ」

 歩きながら放たれた王女の言葉に、アドルフが露骨にため息を吐き、剣を鞘へと戻す。


「ルシェフ・ブラウン。状況の説明を」

 いつもとは違い、どこか険のある表情をした王女が、俺に説明を求めてくる。


「……すいません。安い挑発に乗りました」

 色々と思うところはあったが、ここで王女に事情を説明すると次の機会が無くなる可能性があったため、取り敢えず謝っておくことにした。


「嘘は良くないですよ……貴方がアドルフの挑発になんて乗るわけないではないですか。──一体、何を言われたのですか?」

 俺の言葉に、少し悲しげな表情をした王女が、寄り添うように優しい声で語りかけてくる。


「別に、大したことでは」

「そう、ですか……」

 諦めたのか、王女がアドルフの方に向き直る。


「アドルフ、貴方は少し勝手が過ぎますよ?昨日もシャルトリエを探索に勧誘していたこと、知っているんですからね」

「相変わらず、耳が早いな」

 王女と向かい合うアドルフが、いつものニヒルな笑みを浮かべる。


「──バカにしているのですか?」

「気のせいだ。そう聞こえたのなら、謝ろう」

 何とも調子を狂わされる返答だが、これがいつものアドルフなので慣れるしかない。

 言葉通り、本人にその気はないからな。


「貴方が謝るべき相手はルシェフです。私ではありません」

 アドルフの言葉に、王女がきっぱりとそう返す。


「だ、そうだが?」

「……別に、お前のせいじゃない」

 形だけでも謝る姿勢を見せるアドルフにそう伝える。少なくても、次の機会が無くなるなんていう事態は絶対に避けたかったからな。


「ルシェフ……」

 王女が少し不安そうな、何とも言えない表情を向けてくる。


「本当に、大したことではないので」

 そう言って【アクワグラシェリア】を【四次元空間】にしまった俺に、王女はそれ以上は何も言わなかった。


「アドルフ、皆も起きる。そろそろ帰ろうか」

「あぁ」

 転移で宿に戻り、他のメンバーが起きたところで、昨日訪れた食事処へと向かう。

 俺がアドルフと別れた後に風呂に入っていたことと、珍しくニコの起きるのが遅かったことで、既に表町にはかなり人が行き来しており、それなりに活気だっていた。


 食事処カジキに着くなり、未だに営業準備中である店内へと、アドルフがずかずかと入り込む。聞いた話だと、昨日の少女はこの店を間借りして働いているらしく、大抵はここにいるのだとか。


「シャル、いるか?」

 人のいない店内にアドルフが声をかけるものの、勿論返事は返ってこず、店内にアドルフの声だけが響いた。


「おはようございます!」

 アドルフが声を発してから少し間があり、ドタドタと階段を駆け下りる足音と共に、聞き覚えのある声が聞こえる。


 それから間もなく、黒髪を風に靡かせながら、深紅のドレスに身を包んだシャルが、店内奥の階段を駆け下りてきた。

 昨日の民族衣装とのギャップのせいか、昨日とは別人のようにさえ見える。


「シャル……」

「どう、ですか……?」

 彼女のドレス姿を見て、難しそうな顔をしたアドルフに、シャルが少しだけ不安そうにそう尋ねる。この様子だと、ダンジョン行きだということを理解していないのかもしれないな……。


「今から向かうのはダンジョンだ」

「……はい?」

 アドルフの言葉に、刹那の間キョトンとしていたシャルが、状況を理解したのか、耳まで真っ赤に染める。


「もう!だったらそうだって言って下さい!」

 着替えにでも行くのか、シャルが慌てて階段を登っていく。


「なぁ、ダンジョン行きだって話さなかったのか?」

「いや、遺跡探索だとは話していたんだがな……」

 俺の言葉に、アドルフが考え込むように眉間にシワを寄せる。昨日のシャルの様子を見た限りだと、舞い上がってアドルフの話をちゃんと聞いていなかった可能性もあるな……。


「すいません、お待たせしました!」

 暫くして、店で働いていた時とは違う、黒と赤の民族衣装に身を包んだシャルが再び階段を駆け下りてきた。


「それじゃあ、行こうか」

 全員の準備が整ったところで、転移で半日ぶりにあの室温の変化が激しい階層へと続く門の前まで来ていた。


「リディア、向こうは大丈夫そうか?」

 門の前に来たところで、リディアに確認を取る。


「うん。室温は、前と同じくらいまで下がってるみたい」

「そうか」

 次の階層に敵がいないことはわかっていたが、念のために【四次元空間】から【アクワグラシェリア】を出してから門を潜る。


「先ずは、アドルフがダンジョンの内壁を壊したところに向かおうか」

 一先ず、昨日アドルフが破壊した場所へと向かう。そこに門があれば一番楽だったが、そこまでは望めないだろうな……。


 十分ほど歩き、アドルフの破壊した場所へと着いたが、やはりと言ってかそこには瓦礫しかなく、門や何か特別なものの姿は見られなかった。


「一応、この瓦礫も貰っておこうか」

 町に戻ったときにこの鉱石が何なのかを解析できるだろうとの判断で、瓦礫の一部を【四次元空間】へとしまう。


「……アドルフさん、どこに向かおうとしているんですか?」

 瓦礫の前で悩む俺たちを他所に、シャルが小首を傾げる。


「次の階層だ。この階層の何処かに門があるようだが、場所はわかるか?」

「はい!あちらの方に」

 シャルの指した先を見ると、ダンジョンの壁が目にはいる。やはり、壁の向こうに門があるようだ。


「距離は近いのか?」

「近いどころか、この壁の向こうです」


「だそうだが。ルシェフ、どうする?」

「……前は、壁を壊してからどのくらいで気温の変化があったんだ?」

「壊してから三十秒位だ」

 なら、別段問題はないのか。何故、シャルには門の場所がわかったのかはわからなかったが、それを信じるなら、やらない手はないからな。違っても、転移で帰れば良いだけだし。


「一回やってみようか」

 俺の言葉に小さく頷いたアドルフが壁の前まで行くと、拳に魔力を集中させ、壁に渾身の一撃を叩き込む。


「っ!」

 次の瞬間、地揺れと共に轟音が響き、目の前の壁が瓦礫と化す。その先には、見覚えのある赤く塗装された門の姿があった。


「あったな……」

「あぁ。気温が上がる前に、急いで移動しよう」

 アドルフの呟きに返し、移動後の開幕戦闘の可能性を考慮して、一応きちんと武装をしてから門を潜る。


「敵はいないか……」

 開幕戦闘は避けられたようだ。索敵にも反応がないため、この階層にも敵がいないと見て良いのだろうか?


「ルシェフさん、あれ」

 数刻ほどリディアの案内でマッピングをしながら進み、大部屋の前でレオナが声をあげる。


「تصاريحتصاريح……」

 レオナの指す先には、複数体のゴーストのような存在がいた。彼らは呻き声をながら部屋を徘徊しており、現状俺たちに気づいている様子はない。


「アトラス……」

「知っているのか?」

 少し憎々しげに呟いたシャルに、思わずそう尋ねる。


「──え?はい!少し事情がありまして!すぐに片付けてしまいますね」

 急に話しかけたからか、少し反応のシャルが慌てたようにそう返すと、その場で両ひざをつく。

 ん?もしかして、リディアと似たような類いの能力が使えるのか?


「……」

 シャルが何かをしているようだったので、少し様子を見ることにする。

 シャルが祈りを捧げてから少し間があり、大部屋床のほぼ全体を覆う大きさの魔方陣が描かれ、その場にいたゴースト──アトラスはすべて消滅した。


「なぁ、アドルフ。彼女って……」

「あぁ。【天啓】()()()()()()も持っている」

 ニヒルな笑みを浮かべ、何やら意味深な言い方をするアドルフに、少しイラッとしたが、今は黙っておくことにする。


「この辺りで、一度夕食にしませんか?」

「……そうだったな」

 少しハニカミながらのオリビアの言葉に、昼食を忘れていたことを思い出した。

 剛の置いていった食料があるので、門の前で食前の挨拶を済ませ、昼食を摂ることにする。


「アドルフさん、あの……一応簡単なものを作ってきたんですけど……」

 先程までの元気は何処へやら、急にしおらしくなったシャルが少し頬を染めながら、バッグから五段ほどに積まれた黒塗りの弁当箱を取り出す。


「そうなのか?」

 明らかに簡単なものという量ではなかったが、アドルフは平坦な声でそう返した。


「はい!」

 アドルフの言葉に、顔を綻ばせたシャルが弁当箱を開けると、今回は焼き物が多かったが、昨日夕食時に食事処カジキで見たものと遜色のない品々が弁当箱の中から顔を覗かせた。


 遠目で二人のやり取りを見ていたオリビアが、弁当の中身を見て花の咲いたような笑みを浮かべる。


「……オリビア」

「大丈夫です。わかってますよ……」

 本人はわかっていると言っていたが、目が弁当箱に釘付けになったままだった。

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