シャル
「いらっしゃいま──あ、アドルフさん!」
少し離れたところから、店員と見られる若い女性のハツラツとした声が聞こえ、声の元へ視線を向けると、東の国の民族衣装に身を包んだ黒髪の女性が、トレイを手に持ったまま軽い足取りでこちらへと来る。
アドルフの事を認知しているところを見ると、どうやら、アドルフの来たことがある店のようだ。
彼も躊躇いなく店に入っていたし、来たのも数回などではないのだろう。
「お久しぶりです!」
「あぁ。九人だ」
先よりも少し高いトーンで話す店員に、アドルフが平坦な口調でそう答える。
「かしこまりました!こちらへどうぞ」
やたらとニコニコとした店員に着いていき、奥の個室へと案内される。
個室が用意されている辺り、かなり有名な店のようだ。個室があるということは、それが必要な客がいることを示しているからな。
「ご注文が決まりましたら、またお声掛け下さいね!」
「あぁ」
店員はそれだけ言うと個室を後にする。
「アドルフ、さっきの娘、やけに親しげだったが知り合いか?」
「あぁ」
俺の問いに、アドルフが小さく頷いた。アドルフに非戦闘員の知り合いがいるのってかなり珍しい例、だよな……。
「あの、このオススメって、何かわかりますか?」
メニューを見ていたオリビアが、アドルフにそう尋ねる。
「日によって変わるから知らん。基本は、旬の“天ぷら”という揚げ物か生魚の切り身が出てくる」
「そうなんですか……」
生魚の切り身と聞いて、少しだけオリビアの表情が曇る。生魚の切り身を食べるのは東の国独特の文化だし、食べ慣れていないから仕方がないのだが。
「アドルフ、因みにこの寿司フライってな──」
「食えばわかる」
俺が言い終わる前に、アドルフが意味ありげな笑みを浮かべる。
その異様に不安を煽ってくる笑みは何なんだ……。
西の国では珍しいメニューが続いただけに、少し決めるのに時間がかかってしまったが、ニコの提案したバラバラの物を頼んでシェアをするという形で落ち着いた。
「承りました。暫くお待ちください!」
注文をとり、再び部屋を出ていこうとした店員を、アドルフが呼び止める。
「シャル、今度はいつ頃都合がつきそうだ?」
アドルフの言葉を聞いたシャルが口元を綻ばせた。
「私はいつでもいいですよ」
「そうか──明日でも問題はないか?」
「はいっ!」
アドルフの言葉に、シャルは屈託のない笑みでそう返した。
「アドルフ……」
「後で説明する」
明日はダンジョンへと戻る予定だったので、そのことを問いただそうと思っていたが、アドルフに止めれる。どうやら、彼にも何か事情があるようだ。
「明日、迎えに来る」
「わかりました!なら、こっちで待ってますね」
「あぁ」
店員が一度大きく頭を下げると、そのまま個室を後にする。
「信じられないかもしれないが、彼女は戦力になる」
「そう、なのか……」
アドルフの言葉に、少し寒気を覚える。アドルフが他人を戦力として評価することは少ないし、何より俺は彼女を見て非戦闘員にしか見えなかったからな……。
九人という大所帯であったため、それなりに雑談に花を咲かせながら注文した品が届くのを待つ。
「お待たせしました!」
「うむ」
シャルが注文した品を運んでくる。そのとき、チラリと彼女の様子を窺ったが、やはり戦闘員のようには見えなかった。
「サンクレイア」
どこか東の国を彷彿させるような、西の国では珍しい郷土料理の品々が並べられたところで、食前の挨拶を済ませる。
「そうだ。剛には話をつけて、物資の融通は三日後にさせた」
「そうか。ありがとう」
しっかりと剛の方にも連絡をしておいてくれたようだ。
東の国の郷土料理に舌鼓を打った後、オリビアとレオナの二人を含めた三人でウィルの鍛冶屋を訪ねる。
「……ぅあ?ルシェフか?」
カウンターで肘をついて寝ていたウィルが、顔を上げる。
「おう。武器の方はどうだ?」
「あぁ、それなら出来てるぜ」
言いながらウィルが腰を落とし、カウンターの下から何かを取り出す。
「ほら、新しい【アクワグラシェリア】だ。前よりも耐久度も高くなってる筈だ」
「ありがとう。いくらだ?」
ウィルから【アクワグラシェリア】を受け取り、鞘から剣を抜いてみると、いつもと同じ、淡く発光する刀身が目に入る。
「研究費込みで二千万ガレスだ」
「わかった。ギルドに振り込んでおく」
人工魔剣一本でこの値段なら、大分安い方だろう。
「おう、頼むわ」
ウィルが小さく笑みを作り、軽く片手をあげる。
「じゃあ、またな」
それだけ言って、鍛冶屋を後にする。彼が眠そうにしているのは基本的に忙しい時なので、そっとしておくことにしよう。
「おー」
遅れて、後ろからウィルの声が聞こえてきた。
「ルシェフ、終わったか?」
店を出ると、唯一宿に戻らなかったアドルフに声をかけられる。
「アドルフ……」
俺たちが出てくるのを待っていたと思われるアドルフに、思わずため息が漏れそうになる。
アドルフの期待に満ち満ちた目を見れば、彼が俺たちを待っていた理由など一目瞭然だったからな。
「あぁ。新しい【アクワグラシェリア】をもらってきたよ。明日になったら、また感触を試してみるつもりだ」
「そうか」
俺の言葉に、アドルフがいつものニヒルな笑みを浮かべる。
間違えても、お前相手に新しい愛剣を試すつもりはないから安心してくれ。
アドルフも合流したところで宿に戻り、明日も早いので早々に寝ることにした。
「ルシェフ、起きてるか?」
「……アドルフか?」
翌朝、まだ日も昇りきらない時間に肩を揺さぶられ、目を開けると琥珀色の双眼が目に入る。
「あぁ。少し面を貸せ」
「……わかったよ」
少し──いや、とても気乗りはしなかったが、仕方なく付き合うことにする。
俺がベッドから降りたところで、アドルフの転移により見覚えのある空間へと連れていかれた。
「また、エライところを選んでくれたな……」
転移後の空間を見て、愚痴気味にそう漏らす。
無駄に広い室内にはアドルフの姿しかなく、視界の端には、少し昔の型の騎士鎧や武具の類いが映る。足元はびっしりと隙間なく大理石が敷き詰められていた。
「安心しろ、キャロルには何も話していない」
「なら良いんだが……」
王城内に併設された訓練施設ということもあり、王女の姿がないかと探していたら、アドルフがそう教えてくれた。
アドルフはこう言ってくれていたが、正直王女が影から見ているような予感がしてならなかった。
まぁ、俺の索敵にも何もかかっていないし、多分大丈夫なのだろうが。
「なぁ、アドルフ。俺は別に新しい剣を試せれば良いだけだから、別にお前とは──っ!」
いきなり斬り込んできたアドルフに、少し驚きながらも【アクワグラシェリア】で彼の剣を受け流す。
「危ねぇじゃねぇか!」
「うむ。腕は鈍っていないな……」
叫ぶ俺を他所に、アドルフは満足げに一人頷く。
「おい、アドルフ!」
「……そうだな。お前が勝ったら、ヴィオラの所在を教えてやる」
考える素振りを見せるアドルフが、何か閃いたようにニヒルな笑みを浮かべた。
「──そもそも何でその事を知っている?」
一度深呼吸を挟み、平静を装ってそう尋ねる。キャロルの入れ知恵ではなさそうだしな。
「勝てば教えてやる」
──これ以上の問答はいらないか。
自身に【ロニゲスメイシュ】かけ、アドルフへと斬り込むものの、彼に難なく受け流される。
「やっとやる気になったか……!」
【ロニゲスメイシュ】は踏み込みだけで使えれば良かったので、【リズスワデ・スマアベル】に切り替えながら、足を止めるためにアドルフの足を踏みつけ、振り返り際に剣を斜めに斬り上げると、さすがにこれは受けたくなかったのか、アドルフが半身で剣を避ける。
それから間髪入れずにアドルフが剣を横凪ぎに振ろうとしてきたため、跳んで後ろへと後退した。
いつもに比べてやけに軽い戦い方をするな……。
いつもなら、もう少し地に足のついた戦い方をしていたはずだが。
「……」
普段のアドルフとの違いに警戒した俺が動かないことを見た彼が斬り込んできたので、タイミングを計ってアドルフと俺の間の空間に【不可避の一閃】を放つ。
新しい【アクワグラシェリア】を受け取ったときに薄々気づいていたが、やはりこの一撃を放っても耐久出来る仕様になっているようだ。
「っ!」
これが概念的な攻撃だということを理解しているのか、アドルフは避けずに、剣を振って応える。
「ユプシロン──!」
アドルフの剣が振り切れるのよりも早く、左手の平を前に出し、俺の持つ中で最速の一撃を放った。




