迷路
二組に別れて探索をするといっても、索敵で互いの位置は確認できる状態だ。
俺とオリビアの索敵があるため、蝙蝠の奇襲に関しては万全の態勢で迎え撃つことが出来たが、この階層からは、索敵にかからない敵が現れていた。
仮に、ゴーストと名づけたその敵は、人型の半透明な肉体を持ち、索敵にかかることなく忍び寄ってくる。
物理系の攻撃は一切効かず、倒すのには魔法を使うしかない。
うちにはオリビアがいたため難なくゴーストの対処が出来ていたが、向こうは大丈夫だろうか?
「اريد ان اعيش!」
曲がり角から奇襲気味に飛び出してきたゴブリンを一太刀で屠る。
ゴブリンもそうだが、この階層からはさらに魔物の種類が増えてきていた。
能力の一部使用禁止に種類の多い魔物、そして小道や曲がり角の多いこの地形は、待ち伏せや奇襲に適している。
本当、良く作られてるな……。このダンジョンを作った存在の性格の良さが滲み出ているようだ。
「……」
ダンジョンの中を無言で歩く。
こういう時は、オリビアやアルマ辺りが何か話してそうだったが、如何せん奇襲を好む敵が多いため、オリビアは索敵に集中していた。
アルマに関してはゴーストが苦手なようで、目尻にうっすらと涙を溜めながら、何度も後ろを振り返ったりと挙動不審に進んでおり、そのお陰でゴーストの早期発見も出来ていたが、少し可哀想ではあった。
「また、別れ道ですか……」
少しげんなりとしたオリビアが、億劫そうにそう漏らす。
「一応、マッピングはしてるけど、気を抜いたら迷いそうだな……」
オリビアに釣られ、思わず溜め息を吐いた。
「ごめんなさい。私が天啓を使えれば良かったのだけど……」
「別に、君のせいじゃないよ」
申し訳なさそうに言ったリディアにそう告げる。この先【天啓】の価値は今以上に上がるだろうし、彼女には余力を残していてもらう必要があるからな。
マッピングをしながらダンジョンを進み、昼頃に昼食をとる。その時、予定通りにアドルフたちが顔を見せに来た。
「そっちはどうだった?」
「めぼしい戦果はない」
「そうか」
合流したアドルフたちの地図と俺たちの書いた地図の情報を合成し、地図をより精巧なものにする。
戦った魔物の情報も共有し、向こうの戦った魔物も俺たちと大差ないことが確認できた。
「……昼を食べたら、間の抜けている部分を埋めていこうか」
二つの地図を合成したところで、あることに気づき、地図の空白部分のマッピングを行う。
昼食後、空白のマッピングを終え、疑問は確信に変わった。
曲がり道や小道が多いとは感じていたが、やはりというか、俺たちの捜索していたルートとアドルフたちの捜索していたルートが、複数繋がっている。
つまり、俺たちは長い間探索をしていたが、マッピングさえしっかりしていれば、門からこの場所に来るまで十分とかからなかったのだ。
「一回、門の位置を調べてみるわ」
リディアはそれだけ言うと、その場で立ち膝になり、両手を組んで祈りを捧げる。
「……」
全員で見守ること数分、リディアがそっと目を開いた。
「どうだ?」
「……門が見える所にないみたいね。アーカム様が言うには、ダンジョン内に何かギミックがあるようなのだけど、ここのダンジョンは管轄外みたいで……」
「いや、そこまでわかれば良いよ。ありがとう」
まるで、アーカムの管轄内にあるダンジョンが別に存在しているかのような言い方を不審に思いながらも、一度引き返して今後の探索に必要な道具を揃えるべきではないかと思考を巡らせる。
「アドルフ、一回ひ──」
「まさか、引き返すなどと言うまいな?」
俺が引き返すと言う前に、アドルフに釘を刺された。
「だが、門の位置が分からないとなると、探しようがないぞ」
「地図を完成させてから改めてギミックを探せば良いだろう?それに、ここまで楽しめそうなダンジョンは久しぶりなんだ。帰るなどと言わせんぞ」
何が楽しいのか、アドルフは一人、ニヒルな笑みを浮かべた。
「──わかった。一度地図を完成させよう」
アドルフは、ああ言ったら聞かないだろうし、ここで彼の機嫌を損ねるのは悪手だしな。
再び二組に別れて地図の空白を埋め、夕食前には再び合流した。
「どうだった?」
「特にめぼしいものはなかった」
「そうか……」
向こうも何かを見つけられたりはしなかったようなので、一先ず地図の情報を擦り合わせた。
「なぁ、この×印は何だ?」
アドルフたちの探索していた地図には、何故か一ヶ所だけ印がされていることに気づく。アドルフが何もなかったと言っていただけに、余計に気になった。
「アメリアが見つけた、落とし穴のあるところ」
俺の問いに、ニコが淡白に答える。見つけたというよりかは、また引っ掛かったんだな……多分。
「アメリア……」
俺の視線に気づいたアメリアが乾いた愛想笑いを浮かべた。
「……アドルフ、この落とし穴の下は確認したか?」
「いや、確認はしていないが──」
アドルフを含む他のメンバーも、俺と同じ可能性に気づいたようで、一度例の落とし穴の場所に向かうことにした。
「……何も見えんな」
落とし穴のある場所に着き、落とし穴を覗き混んだアドルフが、苦々しくそう漏らす。
「あぁ……」
索敵を使っているにも関わらず、穴の下がどうなっているのかが全く分からない。一つ言えることがあるとすれば、先が見えなくなるくらいには深い位置にあるということくらいか。
試しに、ダンジョンの外壁である煉瓦の一部を削り、穴に投げ落としてみた。
「……」
暫く見守るも、穴からは何も反応がない。石の落ちた音が聞こえない程深くに繋がっているようだ。
「……降りてみるか?」
見ているだけでは埒が明かないので、取り敢えず降りてみないかと提案してみる。
「なら、俺が先行しよう」
「あ、おいっ!」
言うが早いか、アドルフが穴に飛び込んだ。
アドルフの姿はみるみるうちに遠くなり、彼の姿は闇に消えた。
「アドルフ、聞こえるかー!」
「……」
少し待ってみるものの、アドルフからの返事はない。
「おい!アド──」
「呼んだか?」
俺が叫ぼうとした所で、目の前に見覚えのある魔方陣が出現し、その中心にアドルフが現れた。
「──どうだった?」
「当たりだ。光源の一切ない、大きな空間に繋がっていた。広すぎて、部屋の全貌はおろか、外壁すら見ることができん」
言いながら、アドルフが心底楽しそうに笑みを浮かべる。
「魔物は?」
「見た限りは大丈夫そうだ」
「そうか。なら、夕食だけ食べてから降りようか」
昨日のように二組に別れて西の国で夕食を済ませ、アドルフの転移で下の階層へと降りる。
オリビアが目一杯に光球体を光源として展開したが、それでも部屋の全貌を確認することはできなかった。
「少し時間をちょうだい」
それだけ言うと、【天啓】を使うときのようにリディアが祈りを捧げる。
それから間もなく、オリビアの使う【アトラフェニクス】程の巨大な光球体が俺たちの頭上に現れ、部屋を照らした。
部屋が照らされたことを確認したオリビアが、一度光球体を消す。
辺りが十分に照らされたところで、周囲を見回した。
比較的大きなこの部屋には、疎らに柱が立っており、左にある道以外には、特にこれといったものは見つけられない。
部屋の外壁は、上層と同じくレンガで出来ているようだ。
「ブラウンさん、ブラウンさん」
移動を始めようとしたところで、オリビアに袖を掴まれた。
「どうした?」
「さっき、無意識に詠唱を省いてたんですけど、ここは能力が使えるみたいなんです」
「──え?」
バッグに手を入れて【四次元空間】が使えるかを試すと、確かに能力を使えることが確認できた。
「ルシェフさん」
【四次元空間】の確認が済んでからすぐ、俺と視線も合わせないレオナに小声で声をかけられた。
「どうした?」
「勘違いだと思うんだけど、何かから見られているような気がして……」
「そうなのか?」
俺にはわからないし、索敵にも何もかかっていないが、先のゴーストのような存在もあるため、警戒するに越したことはないか……。
エルフである彼女だからこそ感じる何かがあるのかもしれないからな。
柱の影など、敵が隠れられる場所が多くあるため、そういった所を警戒しながらゆっくりと左に見える通路に向けて進む。
「……」
俺たちの雑踏以外、これといった音は聞こえない。
レオナの言っていた視線のことも気になるし、視界を遮るように屹立する柱の裏でほくそ笑んでいるであろう何かの存在への警戒を怠ることはできなかった。
半刻ほどかけ、通路につく。その間、敵の襲撃などはなかったが、集中しているからか、やけに体力を消耗したように感じた。
通路に抜けたところで、リディアが巨大な光球体を解き、代わりにオリビアが手の平サイズの光球体を数個浮かべる。
「ここで、少しだけでも休もうか」
アドルフは事前に気づいていたようだったが、このダンジョンが他のものに比べて異質な造りになっていることが、俺にも理解でき始めていたので、念のために一度休憩をとることにした。




