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《剛腕》鈴木剛

「私も詳しくは知りませんが、東の国で行われていた実験の副産物らしいですよ。《青薔薇の女王》もその実験によって産み出された、アルラウネの変異種だそうです」

「そうですか」

 東の国は、たまに──いや、よく変な実験をしているので、そういった実験の一つなのだろう。


 手を貸したとはいえ、キャロルは西の国の住人であるため、あまり詳しいことは知らされていないのかもしれない。


 キャロルなら、調べようとすれば《青薔薇の女王》のことも調べられただろうが、別に調べる必要はないとでも判断したのだろう。


「さて、貴方に頼まれていた件ですが、一月後にストルワルツとの対談の場を設けました。勿論、私たちも同行させていただく予定です」

「ありがとうございます」

「いえ、これからしっかりと働いてもらうので」

 俺の言葉にキャロルがにこやかな笑みを浮かべて返してくる。

 キャロルに限って無茶振りをしてくるとは思えないが、少しだけ不安になった。


「それで、やってもらいたい事ですが、まだ少し先の話になるので、先に南の国に向かって頂いて大丈夫ですよ」

「はい……?」

 俺が頷いたところで、客間の扉が二度ノックされる。


「どうぞ」

「失礼します」

 キャロルが応えると扉が開き、給仕服に身を包んだ赤髪の女性が、一台のワゴンを押して部屋に入ってきた。


「折角ですし、少しゆっくりして行かれませんか?貴方方の冒険の話も聞きたいですし」

 仕事の話は終わりとでも言いたいのか、ワゴンに乗るクッキーを見たキャロルが柔和な笑みを浮かべる。

 王女が城に詰められて退屈することが多いことは知っていたので、こういった事態も予想しておくべきだったか。

 まぁ、俺としても、アルマたちの話を聞ける良い機会ではあるのだが。


「そういうことなら、俺は次の仕事が……」

 言いながら、アドルフが背を向ける。確かに彼はこういった催しが好みそうに見えないが、この状況からでも王女からの誘いを断るのか……。


「そういえば、今日は城の訓練施設が空いていたような……」

 キャロルの呟きに、アドルフが歩みを止める。


「──良く考えれば、次の仕事までまだ多少の猶予がある。急ぐ必要はないな」

 そんな期待に満ち満ちた圧を送ってこられても、俺には関係ないんだけどな。


 茶会の中で、ゴランが西の国の貴族であり、王女とも遠縁ながら血の繋がりがあることが判明した。

 本人が言うには、身分を隠していたわけでもないようだが、ひけらかすつもりもなかったらしい。


 適当なところで茶会(王女の暇潰し)もお開きとなり、俺たちが帰ると聞いて露骨にテンションの低くなったアドルフを置いて、剛の転移でメルゼブルグへと帰還する。


 茶会の中、王女にダンジョンでのことを根掘り葉掘り聞かれたが、それには適当に答えておいた。そもそも、何で王女がそんなことを聞きたがるのかがわからなかったしな。


 自身の予想が合っているかの確認をしたかったのか、それともそれを聞くこと自体に何らかの意味があるのか……。

 もしかしたら、そのことも王女に尋ねれば何か教えてくれたかもしれないが、敢えて聞くべき問題でも無いように感じていた。


「何だ、アドルフ。そんなに戦い足りないなら、一緒にダンジョン探索にでも来るか?」

 テンションの低いまま、自身の転移で遅れてウィルの鍛冶屋に来たアドルフに、冗談混じりにそう尋ねる。


「……良いのか?」

 俺の言葉を聞いたアドルフが、珍しく少し遠慮がちな視線を俺に送ってくる。


「あぁ。別に構わないよ」

 アドルフなら、いて困ることもないだろう。むしろ、戦力的にはただのダンジョン探索に連れていくのが勿体ないくらいだ。


「でも、何か仕事が残ってるんだろ?いつ頃終わりそうだ?」

「明日には終わらせる」

「アドルフ、あれは一日で終わる依頼では……」

 即答するアドルフに、王女が少し慌てたように抗議する。

 それを見た剛が明らかに殺気だっていたが、それに気づいたアドルフは、いつものニヒルな笑みを浮かべるだけだった。


「そうだ、剛。何なら、今から手伝え。()()()()()()お前がいれば一日で終わるだろう?」

 明らかに剛を小馬鹿にしたような言い方に聞こえるが、アドルフにはそんなつもりはなく、剛の実力を認めているからこその発言だ。


 アドルフは、キャロルの前でこうすれば剛が本気になってくれることを知っているからな。


「──お願いできますか?」

 アドルフに代わり、キャロルが憂いを帯びた表情で剛を見つめてそう懇願する。


「……お任せください!北の吸血鬼の城なんて、今日中なんて言わず、夕方には片付けます!」

 アドルフの依頼の内容を知っているからか、剛が一瞬何かを考えるものの、キャロルの頼みだからか、すぐに笑みを作ってそう答えた。


「無理はしないでくださいね……」

「大丈夫です!間違えても、敗走なんてしませんし、怪我をするつもりもありません」

 キャロルを安心させるように、剛はなるべく優しい声でそう伝える。


 アルテラノ大戦が起きていた時、王都──正確にはキャロルを守るために剛が無理をして半身を失う怪我を負っているため、彼女はそれを心配していたが、剛もそれがわからないはずがないので、無理だけはしないだろう。


「じゃあ、明日の昼前にここで落ち合おうか?」

「うむ」

 俺の言葉にアドルフが頷く。

 今更だが、比較的に仲の悪いこの二人がパーティーを組むのは珍しいな……。

 もしかしたら、俺やノアたちと臨時パーティーを組んだ時以来かもしれない。


「では、行くか。場所はわかるな?王女を送ってからついてきてくれ。──その頃には、吸血鬼なぞ八つ裂きになっているかもしれないがな」

 アドルフが、剛に対抗してかニヒルな笑みを浮かべてそう告げる。


 本当、北の吸血鬼とやらも嫌な奴等に目をつけられたな……。この様子だと、件の城も一刻と経たずに落ちるのではないだろうか。

 アドルフもああ言っている以上は、周囲への被害が大きすぎる関係で普段使わない自身の魔剣(あいけん)を使うつもりなのだろうからな。


「一先ず、俺たちは宿に戻ろうか」

 三人がいなくなったところで、誰にでもなくそう伝える。ウィルはまだ用事でいないみたいだったが、明日には帰ってくるだろう。


 二刻程が経ち、夕食にでもでかけようかというところで、アドルフとの力の差を再認識したらしい剛が少し不機嫌そうに、俺たちの泊まる宿を訪ねてきていた。


 どうやら、北の吸血鬼の城とやらもきちんと落城したらしい。

 剛が宿に来たのは、俺に会いに来たわけでないことくらいわかっているので、リディアたちも呼んでくることにする。


 全員揃った所で、折角だからと剛を含めて夕食にでもと誘ったら、俺の屋敷に来ないかと逆に誘われたので、彼の屋敷で夕食をいただくことにする。


 何でも、彼の家にいる(あおい)というメイドの作る料理が絶品なのだとか。

 以前共に食事をしたときに、剛はオリビアが料理にうるさいことを知っていたので、その上での誘いなのだろう。


 剛の転移で彼の屋敷に着く。そういえば、彼の屋敷に来たのは初めてかもしれないな。

 屋敷に入ってすぐの広間の隅々には、無駄に高そうな絵画の類いや、骨董、少しアンティークな鎧などが見える。

 窓からは、夕日に照らされる、ココアやベラリア等のカラフルな花々が顔を覗かせていた。


 そこから歩いてすぐのダイニングには、十数人ほどが座れる大きなテーブルが用意されており、その直上にある大きなシャンデリアが部屋を照らしている。

 テーブルには、既に食器の準備などができているようだった。


「……」

 ダイニングに入るなり、ニコの表情が少しだけ険しくなった。俺も気配で薄々感づいてはいるが、以前一度だけ会った少女がこの部屋にいるようだ。見回しても、姿を確認することは出来ないが。


「申し訳ありません、遅れました」

 部屋の奥にある厨房から、給仕服に身を包んだ黒髪の女性が姿を表し、剛に短くそう告げる。


 肉料理の乗った大皿を運んでいることから、彼女が葵と呼ばれるメイドなのかもしれないと気づく。

 肉料理からは、ほんのりとハチミツの匂いが漂っていた。


「構わない。俺こそ、無理言って悪かったな」

「いえ、貴方の使用人です。このくらいのことができなくてどうしますか」

 黒髪の女性は、料理の皿を運ぶと、眼鏡の位置を少し直し、淡々とそう告げる。

 何ていうか、使用人の割には雇い主に冷たくないか……?


「──ハチミツですか?」

 ハチミツの匂いに気づいて顔を綻ばせたオリビアが、黒髪の女性の元に近づく。


「はい。本日は剛様から、中央の国の郷土料理を中心にと言われておりましたので」

 オリビアの言葉に、黒髪の女性は柔和な笑みを浮かべ、優しい声でそう答える。剛と話すときとは、対応が大違いだ。


「すいません、急に押しかけてしまって。冒険者仲間のルシェフ・ブラウンと申します」

 あまりきつい性格の人物でないことはわかったが、相手のことがまだ良くわかっていない状態なので、なるべく丁寧な口調でそう伝える。


「いえ、この度はご足労いただき、ありがとうございます。鈴木家で使用人をしております。山下葵と申します」

 葵は、片足を斜め内側に下げ、スカート両端を軽く摘まみ、深く頭を垂れた状態──所謂カーテシーと呼ばれるお辞儀をした後、そう告げる。

 オリビアの時と同様、声は年頃の少女のものとなり、一言一言、丁寧に挨拶をされた。


「なぁ、その優しさを少しくらい──」

「私まで貴方に甘くなったら、貴方を律する人間が家内にいなくなるでしょう?」

 剛のぼやきに、葵は端的にそう返す。


「失礼致します」

 料理を運びにか、葵は厨房の方へと戻っていった。


「シズク、夕食だ。そろそろ出てきたらどうだ?」

「……」

 全員の視線が葵に向いていた中、唐突に発せられた剛の声に、以前会ったことのあるフードで顔を隠した少女が、彼の後ろに姿を現した。

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