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帰郷

 二人が部屋に来てから小一時間程経ち、騒ぎ疲れたのか、我らが《饒舌の魔女》はグラスを握ったまま眠ってしまっていた。


「……ルシェフさん」

 オリビアを部屋に運ぼうと立ち上がったところで、先程まで机に突っ伏していたレオナが眠たげに声をかけてきた。


「どうかしたのか?」

「ねぇ、ルシェフさんの話聞かせて」

 頬こそ少し赤く染まってはいるが、彼女の真剣な眼差しは、到底酔っているようには見えなかった。

 粗方、酔いに任せて聞いてきたのだろう。オリビアが眠るのを待っていた可能性もあるな。


「また昔の話か?」

「ううん。今のルシェフさんのこと」


「……何を話そうか」

「難しく考えなくても良いよ。子守唄みたいなものだから」

 少し考え込む俺に、レオナは少し苦笑しながらそう言った。


「じゃあ、少し家族のことでも話そうか」

「うん」

 俺の言葉に微笑んだレオナが小さく頷く。


「まず、実家は西の国のアルフィードにある。家族構成は両親と妹の四人家族だ」

「妹さんはいくつ?」

 妹の存在を知らなかったレオナにそう聞かれ、今年で十六だと教える。


「オリビアより少し若いくらいだね」

「あぁ。俺の家は普通の農家だったが、妹──アルマって言うんだけど、彼女は幼い頃から冒険者に憧れていたんだ。年の近い《沈黙の魔女》に強い憧れを持っていたのを覚えてる」

 齢十歳程度で立てた功績によって二つ名持ちになった彼女の話を、アルマから永遠と聞かされていたのが、未だに昨日のことのようだ。


「妹さん、アルマちゃんとは仲が良かったんですか?」

 どうやら目を覚ましたらしいオリビアが、唐突に尋ねてきた。


「仲は良かったよ。昔は、な。大戦の後からは、気まずくて家族とは連絡を取ってないから」

「気まずい、と言いますと?」

 オリビアが得心いかないと、首を傾げている。


「色々あったんだよ」

「その、事情は良く分からないですけど、一回連絡取ってみたらどうですか?親御さんも心配してるでしょうし……」


「今のところは、連絡を取るつもりはないよ」

 連絡を取ろうと思えばいつでも取ることはできたが、俺が家を出るきっかけになったあの視線が、どうにも頭から離れなかった。


「ブラウンさん!」

 急な怒声に、どうしたのかとオリビアを見つめる。真っ直ぐに俺を見つめ返すオリビアの瞳には、怒気以上の哀愁が感じられた。


「しっかりしてください!ブラウンさんは、まだ間に合うじゃないですか!私は、もう……」

 天涯孤独であるオリビアだからこその言葉だ。涙ながらの叫びに、どう答えようか迷う。


「オリビア……」

「私も、ついていって、あげますから……元ストルワルツの《沈黙の魔女》が、直々に会いに行くんです。文句なんて言わせません!だから……!」

 だいぶ酔いも回っているだろう。脈絡もなく思いの丈を叫ぶオリビアに、すぐに会いに行くと言えれば良かったが、それには少しあの時の視線が鮮明すぎた。


「ルシェフさん、アメリアさんから聞いてるよ。大戦の時に、行く先々で魔族を倒して回っていた《西の国の悪魔(ウェストデビル)》って本当はルシェフさんのことなんでしょ?」

 レオナとアメリアは、ある時期からそれなりに仲良くはなっているようだったが、そのことまで話す仲になっていたのか。


 《西の国の悪魔》は、元々大戦中に魔族が俺につけた名前だった。それが、西の国の人々の間に広まり、『彼を二つ名冒険者に』という声が強まったわけだが、ここで彼らは一つの勘違いをしていることに気づかなかった。


 ──当時の俺は、そもそも冒険者登録なんてしていなかった。

 魔族の討伐に関しても、行く先々に奴等がいたから仕方なく戦っていただけで、好きで倒して回っていたわけではない。

 戦うときも、【ロニギスメイシュ】をかけての奇襲が殆んどだったので、面が割れていないことに救われた形だ。


 俺としてはこの力を隠しておきたい節があったので、国家公認冒険者として魔族を倒して回っていたアメリアと出会ったとき、彼女に《西の国の悪魔》の名前を背負ってもらうため、俺から冒険者ギルドに密告してアメリアは晴れて《西の国の悪魔》になるという経緯があった。


「持ち主がアメリアさんだとしても、二つ名持ちの冒険者なんて、ハイランク冒険者と違って、人望がなかったらなりたくてなれるものでもないし……だから、胸を張って会いに行けば良いんじゃないかな?アルマちゃんにも、両親にも」

「……」


「ブラウンさん……」

 オリビアが、目一杯に涙をためて不安そうに見つめてくる。


「……わかった、降参だよ。一度手紙を書いてみる。西の国に戻ったら、一回会ってみるよ」

「絶対ですよ!」

「わかってる」

 言いながら、泣きじゃくるオリビアの頭を撫でる。


 それからもポツリポツリと話をしていたが、次第に睡魔が強くなっていき、気づいたら眠りについていた。


 翌朝、早くに起きたオリビアに引きずられながらギルドへと向かう。オリビアには逃げるつもりはないと伝えていたが、納得してはくれなかった。


「お願いします」

「かしこまりました」

 家族、主に(アルマ)に宛てた手紙を一筆したため、それを受付に渡す。

 返事はべッキースのギルドに送って欲しい旨も、忘れずに記載しておいた。


 三日が経ち、ある鉱石を求めてベッキースに来ていた俺たちは、荷馬車組合へと立ち寄り、そこで馬車を返す。

 一先ず宿を確保して近くで夕食を済ませた後、再び宿に戻り部屋に籠って鉱石の生成を始めた。


「ブラウンさん、いますか?」

 まだ夜も浅い時間にオリビアが部屋を訪ねてきた。


「いるよ。鍵も開いている」

 俺の声を聞いたオリビアが部屋に入ってくる。


「また鉱石の生成をしてるんですか?」

「あぁ。真鉱石は作れる人間が少ない分、高く売れるからな」

「そうなんですか」

 何より、火廣金(ヒヒロカネ)を買うとなると、かなりの金が必要になるからな。もし、売っていればの話だが。

 駄目なら、直接採掘に出向かないといけなくなる。


「ルシェフ、いる?」

 扉をノックする音と共にアメリアの声が聞こえる。


「あぁ」

 俺が返事をしてすぐ、アメリアとニコとレオナの三人が、どこか気迫のようなものを纏って部屋を訪ねてきた。


「ねぇ、ルシェフ。明日から森に行かない?」

「森?」

 思いもしなかった単語につい首を捻る。


「うん。私の集落があるって話したら、来たいって」

 アメリアの代わりに、ニコが手短にそう答えてくれた。


「そこに、この娘の兄弟姉妹がたくさんいるんだって!」

 あっ。これ、獣人の子供たちと戯れたいだけのやつだ。


「でも、鉱山とは道が反対だからな……」

「──駄目?」

 俺の言葉を聞いたレオナが、哀しそうな瞳で見つめてくる。


 森は火廣金の採掘されている鉱山とは真逆の方向だ。ニコの帰郷を考えれば森に行くのも良いが、鉱山行きを取り止めるのも悩みものだった。

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