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東の晩餐

 焼けた肉と甘だれの匂いに釣られたオリビアが一件の隠れ家的な料理店を見つけ、そこに入ることにした。


 扉を開けるなり、店内の席の大半を埋めている冒険者たちが、ジョッキ片手に思い思いに騒いでいるのが見える。

 彼らの中には、以前食べた串焼きより少しだけ小さな木製の細い棒に刺された肉へとかぶりついている者もいた。


「へい、らっしゃい!」

 店に入るなり、そこから見える厨房、所謂オープンキッチンで何やら作業していた初老の男性が顔を上げ、にこやかな笑みを浮かべた。

 先の匂いの元は、そこのキッチンから漂ってきているもののようだ。


「五名様ですね、空いてる席ぇどうぞ」

 それだけ言うと、初老の男性は再び手元に視線を戻した。


「何にしましょうか」

 俺の隣に腰かけたオリビアが、早速メニューを手に伸ばす。


「ニコ、おすすめとかはあるのか?」

 メニューを見ると、大半の料理が東の国の郷土料理であることがわかったため、東の国生まれのニコにオススメを聞いてみる。


「この感じだと肝臓の塩、かな。ただ、癖があるから気をつけて」

 目を閉じ、少し鼻をひくつかせたニコは、澄ました顔でそう答えた。


「そうなのか」

 ──ん?肝臓?東の国では臓物を焼いて食べる習慣があるのか?


 オープンキッチンで調理をしている男性とは別に、注文を聞いて回っていた若い女の店員に、ニコが適当に選んでくれた注文を伝える。


「ニコ、この“お通し”って何だ?」

 ニコの頼んだ、“お通し”という謎のメニューを指し、聞いてみる。


「料理がくるまでの繋ぎみたいなもの。酒のつまみにもなる」

「そうなのか」

 つまりは前菜のようなものだろうか?何やら初老の男性も扇子のような道具で焼いている肉を煽っているし、中央にも西にもなかった東の国独特の文化が垣間見えた。


 暫くして、先の店員が人数分の酒と、赤い漬物が入った皿、緑の葉野菜が入った皿が運ばれてきた。

 謎の赤い漬物は、マスタードや胡椒等とも違う独特な辛味を帯びた匂いを発している。どうやら、多少スパイスを効かせているようだ。


 酒も届いたことなので、早速ビールを煽る。その横では、不思議そうに赤い漬物を見ていたレオナが、漬物に手を出そうとしていたので、少し様子を見てみることにする。


「ゴホッ‼︎」

「レオナ──⁉︎」

 謎の赤い漬物も口に含むなり、レオナが口を閉じたままむせた。

 何とか中の物をのっくみ、小さく咳をした後、慌てたように酒を流し込んでいる。彼女の目尻には、うっすらと涙が溜まり始めていた。


「大丈夫か?」

 むせかえり、肩で息をしているレオナの背中を擦りながら、そう尋ねる。


「うん……ちょっと辛かっただけ。ルシェフさんも食べてみればわかるよ」

 明らかにちょっと辛かった程度の反応ではなかったため伸ばそうとした手を戻していたが、微笑みながらそう言うレオナに、食わず嫌いも良くないからと一口食べてみることにする。


「──⁉︎」

 ──熱っ‼︎

 謎の赤い漬物を口に含んだ瞬間、舌に焼けるような痛みが走り、思わずむせかえりそうになる。

 辛さのあまり、冷えている漬物が対し熱すら感じてしまった。

 このレベルの痛みを覚えたのは、蛇のような魔物と戦った時を除けば、以前起きたクーデターの時以来かもしれない。


「な、なぁ、ニコ……これって──」

「漬物」

 もそもそと葉野菜を食べていたニコは、こちらにも目も向けずぶっきらぼうにそう言うと、再び葉野菜を食べ始める。

 彼女はこの漬物が辛いことを知っていて手を出さなかったのだと、今になって理解した。


「どうですか?」

 じっと俺の様子を窺っていたオリビアが、感想を求めてくる。

 一思いにビールを煽ると、未だに痛む口を開いた。


「──旨いよ。一口食べてみたらどうだ?」


「……本当ですか?」

 謎の赤い漬物をオリビアに勧めると、彼女がジト目で睨んでくる。


「あぁ、本当、本当」

「なら、良いですけど……」

 納得していない顔でそう言いながらも、オリビアは謎の赤い漬物を一口食べる。


「──‼︎」

「……どうだ?」

「凄く、美味しいです」

 尋ねると、オリビアが幸せそうに頬を緩ませた。


「えっ」

 少し心配そうにオリビアを見ていたニコと共に、思わず声を漏らしてしまう。

 普段甘いものを食べていたため、苦手なのかと思っていたが、以外に辛いものも強いようだ。


「ニコさんもどうですか?」

 オリビアがニコの元に謎の赤い漬物が入った皿を近づけると、途端にニコの毛が逆立ち、表情も少し険しくなる。


「それ以上近づけないで」

「すいません……」

 ニコに吐き捨てるように言われ、オリビアがおずおずと皿を定位置に戻す。


 今更だが、レオナの一言が無警戒に謎の赤い漬物を食べる原因になった事を思い出し、彼女に抗議の視線を送る。


「……?」

 とろんとした目で不思議そうに見つめてくるレオナが、何か気づいたような表情をして小さく笑みを浮かべると、そのまま抱きついてきた。


 ……間違いなく酔ってるな。

 さっき流し込むように飲んでいたビールが早くも効いてきたのだろう。


「見ての通り辛いけど、アメリアはどうする?」

「うーん……いや、止めとく」

 オリビアと俺を交互に見て深く考え込んだアメリアは、最終的には食べない選択をした。


「お待たせしました」

「どうも」

 俺たちが謎の赤い漬物で騒いでる間に、ニコの頼んだ、木製の串に刺されている肉がいくつも届く。


「……旨いな」

 焼きたてであり、未だに少し湯気を発生させている串に刺された肉を一口頬張り、あまりの旨さについそう漏らす。

 口の中で適度に塩味を帯びた熱々の肉が躍り、一噛みすると中からほんのりと肉汁が溢れだしてきた。


「美味しい」

「そうですね」

 アメリアとオリビアもこの肉串に満足だったようで、上機嫌に酒を煽っていた。


「……」

 ニコも澄ました顔をしているが、肉の味が良かったことを証明するかのように、上機嫌に尻尾を揺らしていた。


「レオナ?」

「……」

 俺に抱きついたまま動かず、未だに肉に手を出さないレオナの名を呼ぶものの、返事が返ってこない。


 返事のないレオナの顔を覗き込むと、目を閉じてすやすやと寝息をたてていた。

 多分、酔いが良い感じに回ったのだろう。


 上機嫌に肉串を頬張っていたニコが、再び何の肉か分からない肉串に手を伸ばした。

 恐らくはあれが肝臓の塩なんだろう。試しに俺も一口食べてみることにする。


 一口肉串を頬張ると、適度に効いた塩の味と共に、肝臓独特の苦味が口一杯に広がる。肉を食べた後、一思いにビールを煽った。

 少し癖のある肉だが、この癖のある苦味が、酒の味を一層引き立てている。実に酒の進む逸品だ。


「レオナ、肉が届いたぞ」

 少しだけレオナの肩を揺さぶって彼女を起こしにかかる。このままだと、レオナが夕食を食い逃すからな。


「う、ぅん……」

 目を閉じたままのレオナから、小さく声が漏れる。


「るシェフさん……?」

 暫く肩を揺さぶっていると、目を覚ましたレオナが、眠そうに自身の瞼を擦る。


「っ!」

 目を開けて状況を理解したレオナが、耳まで真っ赤に染め、慌てて俺から離れた。

 大分触れているのにも慣れてきていたと思ったが、他人の目があるとダメなのかもしれないな。


「ブラウンさん、もう食べないんですか?」

 先程から、謎の赤い漬物と肉串を交互に食べていたオリビアが、少なくなった赤い漬物の皿を指しながらそう尋ねてくる。


「あぁ、もう食べないよ」

 レオナの方を見てみたが、彼女も赤い漬物は要らないようだったので、少し苦笑しながらもそう伝える。


「レオナ」

「え、っと……」

 未だに頬の赤いレオナの口元に肉串を差し出すと、彼女は少し戸惑いながらも、遠慮がちに肉串へとかぶり付いた。


「美味しい……」

「だろ?」

 レオナの言葉に、満足げに笑みを浮かべ、肉串を彼女に手渡した。


 夕食後は会計を済ませて宿に戻る。どういうわけか、オリビアは飲んでいるにも関わらず店であまり騒がなかった。悪目立ちしないから良かったが、少し心配にもなるな……。


 自室に着いてからは風呂に入ったり明日の支度をしたりと、暫く用事を済ませていると、オリビアとレオナが部屋を訪ねてきた。

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