狩人の心得
「ニコか?」
「うん。久しぶり」
俺の言葉に、ニコは彼女特有のハスキーボイスでそう返してくる。
この小柄な獣人の少女の名前は、ニコ・ネルソン。《ストワルツ・ブレイズ》のメンバーの一人で、中央の国でもトップクラスのレンジャーだ。
「あぁ、久しぶり」
そう言って手を出すと、ニコも俺の手を取り軽く握手をする。
その間、俺が彼女の肉球のフニフニ感を堪能していたのは言うまでもない。
「オリビアも、久しぶり」
「はい、久しぶりです!」
ニコが手を差し出すと、オリビアはその手に構うことなくニコに抱きつく。
「それで、どうしてこんなところに?」
「……売り込みに来た」
オリビアから解放されたニコは、俺たちを一瞥すると俺の目を真っ直ぐに見つめてそう告げる。彼女の仕草から真剣なのは伝わってきたが、それよりも時折ピクピクと動く耳の方に目をとられてしまう。
「売り込み?」
「うん。──レンジャー要りませんか?」
ニコがあざとく小首を傾げながらそう告げる。彼女の動きに合わせて、手入れの行き届いた艶やかなブラウンの髪が揺れた。
「……」
彼女を見てるとすごく撫で回したくなるな。本人は嫌がるだろうけど。
「ジャックさん、彼女を中に入れても?」
「信用できるのか?」
ジャックさんが俺の瞳を覗き込んでくる。
「はい」
「ならいい」
「ありがとうございます」
ジャックさんの許可も出たので、歩きながら話をすることにする。
「それで、どうして俺たちがここにいるって分かったんだ?」
「新聞見たから。多分、ここかなって」
ニコが自身の鞄から新聞を取り出した。彼女の取り出した新聞には、《西の国の悪魔》が巨大な黒竜に乗って中央の国に現れ、《沈黙の魔女》一行がそれに同乗したことが記載されていた。
「成る程、残りのメンバーはどうしたんだ?」
「私、辞めてきたんだよね。あのパーティー」
「そうなのか?」
売り込みに来た時点で多少わけありだとは思ったが、まさかパーティーを脱退しているとは思わなかった。
ニコの場合、あの二人とは別に仲が悪いわけでもないし、あのパーティーは実入りも良いはずなので、家族を養うために冒険者をやっているニコがあそこを辞める理由がないのだ。
「うん。新しいメンバーも来たんだけど、今まで通りに稼げそうになかったからね」
それは何て言うか……彼女らしい理由だな。
「俺たちと合流したら、向こうのギルドからちょっかい出されるかもしれないぞ」
「大丈夫。手は打ってある」
「そうか……?」
ニコがどんな手を使ったのかは知らないが、彼女が大丈夫というなら、大丈夫なのだろう。
「さっきの話だけど……」
「あぁ、歓迎するよ。優秀なレンジャーが必要だったからな」
「何かやるつもりだったの?」
俺の言葉の真意を汲み取ったニコがそう尋ねてくる。
「あぁ。魔石を求めて、カルレランにダンジョンアタックするつもりだった」
「カルレラン……勝算は?」
カルレランという単語を聞いたニコの表情が少し曇る。カルレランは、実力者の多い西の国でも有数の未踏破ダンジョンなので、彼女が難しい顔をするのは仕方がない。
「ある」
「そう、わかった」
俺の言葉に、難しい顔をしていたニコはコクリと頷いてくれた。
「ねぇ、ルシェフ。その娘は?」
話が一段落してきたところで、ニコを見てから少しそわそわしていたアメリアがそう切り出してくる。
「ニコ・ネルソン。俺たちが前にいたパーティーのレンジャーだ」
「そうなんだ!宜しくね」
アメリアが朗らかな笑みを浮かべて手を出す。明らかに肉球に触りたいだけなのが丸わかりだが、初対面ということもあり、ニコも仕方なくといった感じに手を出していた。
ジャックさん宅に着いた後は、レオナを中心にそのまま夕食の準備をすることになる。ジャックさんは用事があると言ってすぐに家を出ていっていた。
その間、フレディと野菜ジュース以外の調理がろくに出来ないオリビアの三人で、紅茶片手にテーブルを囲む。
俺たちの間にこれといった会話はなく、レオナたちの楽しげな会話が聞こえてくるのみだ。
「……なぁ、カルレランに行くのか?」
何とも言えない重々しい空気が包むなか、フレディが口を開く。
フレディは、元々何か用事があると言っていたので、彼にはカルレランのことは話していなかった。
「あぁ」
「だとしたら、戦力は多い方が良いよな」
「それもそうだな……?」
彼は何を言いたいのだろうか。
「だから、その……どうしてもってい──」
「夕飯出来たよ~」
フレディが言い辛そうに何か言おうとしていたが、その前にアメリアが鍋を運んでくる。
「サンクレイア」
フレディもそれ以上何も言わなかったので、全員で食前の感謝を済ませて食事を始める。
結局、夕食後もフレディはあの言葉の続きを言うことはなく、明日も早いからと、自室に戻って寝ることにした。
翌日、朝食を終えた俺たちは、偶然行き先が近かったフレディに乗せてもらってカルレランの前まで向かい、そこで彼と別れる。
フレディの代わりにニコが先頭にいること以外は、昨日と同じ隊列で門を潜る。
「不気味なところだね……」
転移が済んだところで、レオナが俺たちを頭上から怪しく照らす二つの紅い月を見上げ、何かを恐れるように肩を縮める。
辺りを見回すと、周囲には短い雑草に紛れて少しの枯れ草が生い茂り、疎らに墓標のようなものが見受けられた。
さらに遠方には、既に複数の黒いスケルトンの姿が見受けられる。
相手は黒色変異種のスケルトンであり、スケルトンでもBランクの冒険者ほどの実力を持っていた。
「撃って良いですか⁉︎」
レベルの高そうなスケルトンの群れを見たオリビアが、キラキラした瞳でそう尋ねてくる。
「朝に言っただろ?目的はスケルトン・ナイトだけだから、極力戦闘は避ける。幸い向こうに気づかれてないから、戦わないでやり過ごそう」
スケルトン・ナイトとの戦闘時に魔力枯渇を起こされても困るしな。
このダンジョンのスケルトン・ナイトには、懸賞金が懸かっており、その額は四億ガレスだ。その上で魔石の換金額が上乗せされるので、かなりの稼ぎになる。
ただ、ここのスケルトン・ナイトに懸賞金が懸けられるまでに、西の国の主要三ギルドの精鋭班が奴とその取り巻きに返り討ちにされているという経緯がある。
だからこそ、万全の体制で挑みたかった。
「左右後方からも一組ずつのスケルトンがいますね……遠巻きから包囲されてます」
歩きながらも索敵を維持していたオリビアがそう漏らす。
「……仕方ない。このまま前進して次の階層を目指そうか」
「つまり、撃って良いんですね⁉︎」
「まだ早い。言ったろ?ここのスケルトン・ナイトには、周囲にスケルトンを生み出す能力があるから、その時まで極力魔力は温存するって」
「私が行ってこようか?」
今にも撃ち出しそうなオリビアに慌てて制止をかけると、ニコがそう言ってくれので、彼女に頼むことにする。
「あぁ、頼む。──そうだ。強化魔法かけるから、少し感触を試してみてくれ」
「ありがと」
ニコがそう返したところで、彼女に【ロニゲスメイシュ】をかける。ニコは元々速度主体の戦闘型だから、相性は良いはずだ。
「かなり速度出るからな」
「うん」
ニコは小さく頷くと、そのまま音もなくスケルトンの群れに駆け寄る。
ものの二、三秒でスケルトンの群れに接敵した彼女は、魔力を集中させた小振りのナイフを振るい、一体目のスケルトンを一撃で屠る。
ニコには相手の脆い部分、所謂弱点を視認する能力、【狩人の心得】があるため、小振りのナイフでもスケルトンを屠るには十分だ。
「مرحبا هناك!」
彼女の存在にスケルトンが気づき、何やら呻き声をあげているが、それは既に他のスケルトンが倒された後のことだった。
「ただいま」
「お疲れ」
スケルトンを倒して魔石まで回収したニコが戻ってくる。
何て言うか、行動のほとんどが目で追えなかった。初めて【ロニゲスメイシュ】を見たオリビアもこんな感じだったのだろうか。
「行かないの?」
「……あぁ、先に進もうか」
ニコの異常な行動速度に少し戸惑いつつも、次の階層を目指して進み始めた。




