再会
夕食後、レオナの夕食の買い出しも済ませて宿に戻ってきた俺は、オリビアと別れてレオナの部屋へと向かう。
「レオナ、入っても良いか?」
「うん」
扉を開けると、ベッドに腰かけていたレオナの姿を確認することができた。
「夕食買ってきた」
「ありがと」
レオナの元まで歩き、彼女に帰り道で買ってきたサンドイッチの入った袋の一つを渡す。
レオナが袋の中身を見ているところで彼女の隣に腰掛け、彼女の頭をくしゃりと撫でる。
「?」
「その、あんまり思い詰めなくて良いからな」
レオナの方は見ず、自分用に買ったサンドイッチの方に目を向けながらそう伝える。
「うん……」
「──ねぇ、ルシェフさんは何でそんなに優しくしてくれるの?」
「……放っておけなかったんだよ。立場や方向性は違えど、俺は君と似た境遇にあったから」
「似た境遇?」
「あぁ。十年ほど前に西の国であった“アルテラノ大戦”のことは知っているか?」
「うん」
俺の言葉にレオナが神妙な面持ちで頷く。
「件の大戦のときに、一つの村がサイクロプスの群れに襲撃された。そこは田舎の集落であったこともあり、百を越えるサイクロプスの大群を討伐できるだけの戦力は有しておらず、一時間と経たずに村は半壊。一部逃げた村人もいたが、ほとんどの村人は彼らに虐殺された」
「……」
長い話になると察したのか、立ち上がったレオナが事前にポットへ作っていたと思われる紅茶を淹れ始めた。
「俺は、その村の数少ない生き残りの一人だ。庭先に幼馴染みといたときに数体のサイクロプスに襲われ、そのとき、俺は前世の記憶と共に、“あの力”に覚醒した」
「あの力?」
「あぁ、とてつもなく大きな力だ。それも、素手でサイクロプスの身体に風穴を作れるほどの。その力を使って、その場にいたサイクロプスを殲滅して、難を逃れた」
レオナがそっと差し出してくれた、紅茶の入ったティーカップを受けとる。
「俺たちが直接サイクロプスに襲撃されたところで、この村で何があったのかを察した俺は、近隣の家々を駆け回り、手当たり次第にサイクロプスを殺して回った」
「一通り村を一周した俺が家に戻ると、未だに家に残っていた幼馴染みが声にならない悲鳴をあげ、怯えた顔で後ずさった。妹も家から出てきたが、彼女も幼馴染みと同じような、まるで化け物でも見るかのような目で俺を見つめ、ただ震えている」
「俺も不安になり、少し引きつった笑顔を作って『ただいま』とだけ言ってみるも、どちらからも返答が返ってはこなかった。──まぁ、今思うと当たり前だけどな。少し前まで庭先で談笑していた奴が全身血塗れになって帰ってきたんだから」
「それから先は、想像に容易いだろう?直接地元を追われた訳ではなかったが、俺の高すぎる戦闘能力から“化け物”の烙印を押され、周囲から忌み恐れられ、居心地が悪くなって一週間も経たずに地元を離れた」
「力のことは極力隠しながら、各地を転々とする生活を続けるなかで、俺を受け入れてくれる存在が現れた。彼女たちが俺を受け入れてくれたこともあり、暫くはそこで生活をしていた」
「何で中央の国に来たの?」
「怖かったんだよ、そこでの生活を失うのが。だから、これが一時の良い思い出であるうちに終わらせておきたかった」
「そっか……」
「俺の話はこのくらいで十分か。詰まるところ、君の姓のことを知っていたからこそ、君が放っておけなかったんだよ」
「……今なら、この性も少しは好きになれるかも」
「そうか」
そう言って、小さく笑ったレオナの頭を軽く撫でてから、自身の分のハムチーズのサンドイッチにかぶりついた。
◇ ◇ ◇
翌日、近場で朝食を済ませて花鳥園に向かっていた俺たちは、憲兵に追われていた。何故、こんなことになったのか、それを説明するには、朝食を終える頃まで時間を戻す必要があるだろう。
「おはようごぜぇます。こんなところで会えるなんて、奇遇でさぁ」
俺たちが会計まで済ませて店を出たところで、明らかに俺たちが出てくるのを待っていたダウィドに声をかけられる。
「俺たちを囲ってどうするつもりだ?」
ダウィドの姿を確認した時点で索敵魔法を起動させていたため、彼を含めて六人ほどの男女に囲まれていることは事前に察していた。各人の実力的にはAランク位だ。最悪、戦闘になっても逃げ切る自信があった。
「おや、気づかれてたんですかい?なら、元の口調で問題ないか。こっちにも事情があってな。お前たちにペルシャンまで同行願いたいんだが、来てくれるか?」
「断るって言ったら?」
「実力行使に出させてもらう」
ダウィドがそう言い終えると、その場でホイッスルを鳴らす。そのホイッスルの意味がすぐに分かった俺は、一瞬出遅れたレオナの手を引いてオリビアと共に走り出した。
彼の鳴らしたホイッスルは、憲兵が連絡用に使うもので、音によって意味が変わってくるのだが、今回の音は、所謂実力行使に出るときに使われるものだった。
そして、このホイッスルを持っていたということは、彼らが憲兵であるという証明でもあった。
彼らが他の憲兵団と協力せずに一団体のみで行動している点や、各人Aランク以上の憲兵団なんて中々無いことから、《フォルツェ・ヴァリアンテ》と呼ばれる中央屈指の検挙率を誇る憲兵団と見て間違いないだろう。
結局のところ、どうして彼らが俺たちを追ってきているのかは分からないが、とんだ不運に見舞われたものだ。
──もしかして、偽の依頼書のことでもバレたのか?それとも、カニ男の件か?或いは、オリビアの……。
駄目だ。心当たりが多すぎてどれかわからないな……。
いくつか疑問は残りながらも、取り敢えず彼らから逃げ回りながら今に至る。
憲兵団の方に話し合いをする気が一切なく、ホイッスルを駆使して俺たちの居場所を確認しあいながら、何やら焦ったように追ってくる。
彼らのしつこさに少し嫌気が差してきたので、一言断ってからレオナを抱え、俺とオリビアに身体強化を使って一気に距離を離しにかかる。
暫く走り続け、ようやく彼らを振り切ったところで、遠方から近づいてくる無駄にデカイ黒馬に牽かれた馬車に遭遇した。
「──よう、ルシェフ。元気そうじゃないか」
荷台から降りてきたアリスが、屈託のない笑みを浮かべながら俺に近づいてくる。
「──っ!」
「くたばれ、糞野郎‼︎」
いつもならあり得ないアリスの行動に警戒を強くしていると、案の定、目の前に来たアリスが斬りかかってきたので、それを寸前で回避する。
危ねぇな。俺かノアじゃなきゃ避けられなかったぞ。
「アリス!」
「っと」
俺に抱えられていたレオナが、俺から飛び降りてアリスに抱きつく。
「息災だったか?」
「うん!」
「ルシェフに変なことされなかったか?」
「……ぅん」
「貴様ぁ‼︎」
アリスが剥き出しの怒りを鋭い目付きに乗せて睨んでくる。
「いたぞ!」
返答に困った俺がアリスに愛想笑いを浮かべていると、声と共に甲高い笛の音が響いた。どうやら、振り切った憲兵に見つかってしまったようだ。
「逃げるぞ!」
そう言ってレオナの手をとり、オリビアを連れだって逃げ始める。
勿論、憲兵も俺たちを追ってきたが、彼はアリスの目の前を通ったところで、腕を掴まれていた。
「おい、うちのレオナを追い回すなんてどういう了見だ⁉︎」
「あ!もしかして、《|スピリッツ・サーヴァント《おうえん》》の……ちょうど良かったです!実は……」
アリスが憲兵を止めたこともあり、少し彼らの様子を見ていると、憲兵がひそひそアリスと何かを話しているようだった。
「実は………で………なら、ちょうど……」
「何?………ナが………」
「………」
「………った」
……何か、雲行きが怪しくないか?
「……れ」
アリスが《スピリッツ・サーヴァント》のメンバーに何か指示を出し、次の瞬間には総出で俺たちの事を追ってきた。
「お前ら、何しに来たんだよ!?」
良く分からない《スピリッツ・サーヴァント》の行動に文句を言いながらも再び走り始める。
「なっ、お前らは!」
何とか彼らを振り切ることには成功したものの、小路地から大通りに出ようとしたところで、俺たちの行く手を阻む、数人の男の姿に気づいた。




