魔法のドア
「もー! いるなら返事くらいしろよ!」
何日も開いていなかったドアを開けると、隣の家に住むリックが立っていました。
エルムはリックに何の用かとたずねました。
「用がないと来たらいけないのかよ? あるから来たんだけど」
怒っているような呆れているような様子でリックは自分の腰に手をやります。
「母さんが、たまにはウチに食べに来いってさ。母さんのシチュー、昔から好きだっただろ?」
開いたドアから風と一緒に美味しそうな匂いが流れてきて、エルムのおなかがぐうと鳴りました。思わずリックが笑いを零します。
「どうせ硬いパンと干し肉ばっかり食べてたんだろ? 来なって、その方が姉さんの機嫌も良くなるから」
「マギーの? どうして?」
リックの笑い顔が、また呆れた顔に戻りました。
「エルムは相変わらず、近くにあるものを見ようとしないな」
エルムにはリックの言いたいことがよくわかりませんでした。
「最近は買いに来る人を見かけないけれど、まだ窓作りは続けてるんだろ? どんなの作ってるか、食事しながら話を聞かせろよ」
リックに腕を引かれて、エルムはドアから引っ張り出されました。
そして、目の前に広がった光景に目を奪われました。
「どうした?」
リックが不思議そうに振り返り、エルムは我に返りました。
「とても綺麗で、見とれていたんだ」
「昔から何度も見てるじゃないか。珍しくもなんともないだろ。ほら、行くのか? 行かないのか?」
リックに急かされて、エルムは開いたままのドアを閉じました。
「行くよ。僕もたくさん話したいことがあるのを思い出したんだ」
その日からエルムは自分のためだけに窓を作るのをやめました。
だけど、窓を作ることをやめたわけではありません。
エルムはまた以前のように誰かのために窓を作っています。
窓を手に入れた人たちはみんなとても喜んでくれて、とても丁寧にお礼を言ってくれました。
エルムは嬉しい気持ちになって、もっとたくさんの窓を作りました。
四角い部屋を埋め尽くした窓はすっかり取り外してしまいましたが、東の壁に取り付けた質素な窓だけは今もそのままにしてあります。
あの窓の向こうに見た麦畑は、今まで見てきたどんな世界よりも美しくて、懐かしい気持ちになれました。
だけど、エルムがもう一度あの窓を開くことはありませんでした。
窓を開かなくても、ドアを開けばあの金色の海は目の前に広がっているのですから。